こんにちは!ビッグイシューオンラインの小林美穂子です。

春らしい日差しが降り注ぐようになり、桜の開花も間近となりました。お花見の計画は立てられましたか?

さて、今日ご紹介するのはドラァグクィーンを撮った若手映画監督アレックス・ベリーのインタビューです。彼の制作した『Drag Becomes Him』はポートランドのドラァグクィーン、ジンクス・モンスーン(本名ジェリック・ホッファ)の生活を追ったドキュメンタリー映画で、国内外の映画祭で上映されているそうです。

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ビッグイシュー雑誌版の283号(3月15日号)では「リリーのすべて」(20世紀初頭に、世界で初めて性別適合手術を受けた女性リリー・エルベと、彼女を支えた妻の実話)でリリーを演じたエディ・レッドメインのスペシャルインタビューが掲載されています。
「人」が持つあらゆる側面に迫りたいという監督や俳優達の探求心と熱意が現れた映画二本。雑誌のインタビューと併せてお読みいただき、自分の中にもたくさん存在するいろんな側面を見つめていただけたらと思います。

シアトル在住の映画作家アレックス・ベリーの監督作、『Drag Becomes Him』はポートランドのドラァグクィーン、ジンクス・モンスーン(本名ジェリック・ホッファ)の生活を追ったドキュメンタリーだ。本作は米国内だけでなくギリシャや南アフリカの映画祭でも上映されている。
ベリーが地元シアトルのストリート誌『Street Roots』のインタビューに答え、この映画を作った理由、ジェンダー、文化、ドラァグクィーンについて語った。

ジェンダーの境界に踏み込み、両性具有性を楽しむ人々

シアトル在住の映画作家アレックス・ベリーが監督したドキュメンタリー映画“Drag Becomes Him”。ドラァグクィーンのジンクス・モンスーン(本名ジェリック・ホッファ)の生活を追った作品だ。

ホッファはポートランド出身で、モンスーンの名前でTVのリアリティ番組「Rupaul’s Drag Race」(※)シーズン5に出演、優勝者となって一躍有名人となった。(※アメリカのドラァグクィーンのスター発掘リアリティ番組) 映画のテーマはドラァグクィーンだが、ベリーがこの映画を企画したのは、個人の生活の様々な場面を撮りたかったからだという。そしてその人物がたまたまドラァグクィーンだったのだ――。

(英語公式サイト)http://www.dragbecomeshim.com/

Q: 映画製作を始めたきっかけは?

A: 10歳か11歳のとき父親のビデオカメラを見つけて、映画作りのとりこになったんです。最初の頃は妹と一緒に作っていました。ジンクス(・モンスーン)と撮影していて、その頃のことを思い出しました。妹はいつもハチャメチャで風変りな役柄ばかり演じていましたから。僕が11歳で妹が7歳でした。ふたりで短編映画をいくつか撮ったのですが、いつも思いつくままに作っていました。脚本もなければ何のプランもありませんでした。それと同じように、このドキュメンタリーをジンクスと作ったんです。

Q: ジンクスのストーリーに興味を持ち、この映画をつくろうと思ったのはなぜですか? 

A: ジェンダーの境界に踏みこむ人々、両性具有性を楽しむ人々に関心がありました。
はじめて会ったときのジェリックは……なんというか生き生きとしていて、すぐに興味をかきたてられたんです。知り合ったときは、ジンクスのことは知らなかったので(本名の)ジェリックとしてでした。いつか一緒に映画を作れたらと思いました。
シアトルにQuiet Productionsという小さな映画製作会社があって、私の作品をとても気に入ってくれて、映画祭のために映画を1本撮らないかと声をかけてくれたんです。
ジェンダーをテーマにと言われて、まず思い浮かんだのがジェリックでした。カメラを持って彼を訪れ、僕自身が関心をもっていた事柄について、いくつか質問をしました。 

YouTubeは、見た人の反応がすぐに届く。最初は長編作品になるとは想像もしなかった

Q: 各地の映画祭に出品されていますね。シアトルだけでなく、ギリシャ、南アフリカでも上映されています。反響はどうですか?

A: 観客の感想が私のところに届くことがあまりないんです。残念ですが。この映画は最初、YouTubeでエピソードごとに公開していました。YouTubeでは、見た人の反応がすぐに届きます。匿名で投稿できるので、多くの人が率直な感想をくれます。そうした反応はありがたいものです。厳しい意見であれ好意的なものであれ、(僕の作品が)どのように受け取られたかを知りたいですから。ですが、映画館での上映では、そうした意見を聞く機会がほとんどありません。聞くところでは、作品はかなり気に入ってもらえているようです。

Q: YouTubeは映画作家にとって、多くの点で作品を発表する場のひとつになっているわけですね。

A: 短編を撮っていたときは、楽しいから作っていただけでした。長編の劇場公開作品になるなんて想像もしませんでした。それが目的ではありませんでしたから。友人の生活の様々な場面を記録していたという感じです。楽しかったし、映画撮影の練習、実験の機会になっていました。それが結果的に、上映に結びついたんです。
ジンクスという人物に惹きつけられた人も多くいましたが、映画撮影技術に興味を持ち、評価してくれる人もいました。そういった経験を通じて、この作品の観客を発見したといえるでしょうね。

Q: 『Drag Becomes Him(ドラァグは彼によく似合う)』、いいタイトルですね。

A: 最初のエピソードの撮影をしていたとき、ジンクスは『永遠に美しく…』(原題は“Death Becomes Her”※)について、ドラァグクィーンとしてこの映画にどれほど影響を受けたかについてよく話していました。あの映画は彼の生き方に決定的な役割を果たしましたし、僕自身も子どものときに見てすごく好きな作品でした。
(※1992年のアメリカ映画。永遠の美しさを追求し、争う2人の中年女性の姿を描くブラック・コメディ)

編集作業に入って、タイトルを何にしようかと考えたときに、「Drag… Becomes…Him」がひらめいたんです。頭に浮かんだときすぐに、ぴったりのタイトルだと思いました。

少数派の視点や経験を無視することで、我々は大事なものを失っていると思います。

Q: (ジンクスのような人のことを)彼と呼ぶべきなのか、彼女と呼ぶべきなのか悩ましく感じることがあります。ジェンダーを的確に、敬意をもって扱いたいからです。また、二重性についても考えます。たとえば、ジェリックでもありジンクスでもあるように。その二重性、あるいはジンクスに限らず、ドラァグクィーンの、女装をしているときとしていないときの自我についてどのように考えますか?

A: 言ってみれば、誰にもそうしたグレーの部分があります。白黒がはっきりつくわけではありません。どちらか一方の性を指向する人もいれば、両方の性を内包することができる人もいるということです。
誰もが男性的な面と女性的な面を持っていて、経験やその場の状況に応じて、どうふるまえばそれぞれのジェンダーに適切かを決めています。周囲に合わせうまくやっていくために、自分自身を一定の型にはめているといえるかもしれません。
だから、そうした型にはまらない人をみると興味を惹かれます。自分自身に正直で、自分が何者かを見失わないからでしょうね。

ドラァグクィーンはアーティスト、パフォーマンスアーティストです。自分たちが見た「女性らしさ」というものを、男性や自分自身のレンズを通してフィルターにかけ、ジェンダーとは何か、「女らしさ」とは何かを示し、そうした「らしさ」が「ふり」でありパフォーマンスであることを教えてくれます。特定の要素を誇張して見せることで、我々の文化におけるジェンダーの姿を提示するのです。

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Q: ドラァグクィーンは、トランスジェンダーやシスジェンダー(※トランスジェンダーの対になる概念。身体的な性別と性自認が一致している人をさす)とは異なるということですね。その存在は、一般的なアメリカ人が、ジェンダーや性的なアイデンティティについて考え、議論するきっかけになっています。ポップカルチャーメディアにおいて、多様なジェンダーや性的アイデンティティを登場させることが重要なのは何故でしょう?

A: そのほうがずっと興味深いからですよ。色々なタイプの人がいて、人のあり方もまたとりどりですから。
多数派だからという理由で3つか4つのタイプにしか注意を払わないとしたら、人間というユニークな存在の他の要素を見落としてしまいます。見落としがちな要素こそ、我々の行動やふるまいを理解し、物事をよくしていくためのヒントをくれるというのに。
少数派の視点や経験を無視することで、我々は大事なものを失っていると思います。
映画には力があります。地球上でもっともパワフルなツールのひとつでしょう。映画を通じて自分自身を発見する人は多いですし、映画がアートセラピーと同じように癒しになることもあります。

ジェリックの両親をインタビューしたとき、父親が息子との関係、息子がカミングアウトしたときやドラァグクィーンになったときの気持ちについて話してくれました。
僕自身はドラァグクィーンではありませんが、ジェリックと父親の関係にはとても共感しました。話を聞きながら、何度か自分が癒されるのを感じました。そのシーンには多くの人が感動したと聞きました。
両親のインタビューの撮影に立ち会っていなかったジェリック自身にとっても、父親の話は驚きだったそうです。そうした話を父親としたことがなかったからです。映画はまさに癒しの機会となるのです。

Q: そうした機会は必要ですね。若い世代に対して、多様なロールモデルを提供する必要があると思います。ネイティブアメリカンの子どもたちは、幸せな生活を送っているネイティブアメリカンの大人の姿を見るべきですし、トランスジェンダーの子どもたちにとっても同じことです。彼らも成功したロールモデルを見る必要があります。ハッピーエンドだってあり得るんだということを知る必要があります

A: そのとおりですね。そして、私たちのような味方はいて、しかもあちこちに存在していることを知ってほしいと思います。私たちは特別なところのない普通の人間にすぎませんが。だから、同性愛者やトランスジェンダーや、ドラァグクィーンが何もみんなドラマチックである必要はないのです。
私は、人という存在の全体像を示したいと思っています。普通の人々の、いい面も悪い面もです。

Q: ケイトリン・ジェンナー(※元オリンピック陸上選手のブルース・ジェンナー。モントリオール五輪金メダリスト。リアリティ番組のスターだったが、性転換手術を受け、ケイトリン・ジェンナーとして、『ヴァニティフェア』誌の表紙を飾った)のことをどう思いますか?

A: その話ですか…… 今でも時々考えてしまいます。僕には、たくさんの苦労を乗りこえてきたトランスジェンダーの知り合いがたくさんいます。そして彼らが成し遂げた話をなんども耳にしてきました。だから、僕としては、なぜこのたった一人の人物がトランスジェンダーの運動やコミュニティの代表のように扱われるのか不思議でなりません。
僕が惹かれるのはむしろスポットライトを浴びない人々、もう少し地に足のついた、自分が共感できる相手です。現実世界で生きている人ですね。それに、ブルース・ジェンナーのことはよく知りませんし、彼の人生についても詳しくはありませんから。若いときからずっと有名人なわけですが。

Q: 私に言わせれば、ケイトリン・ジェンナーが重要なのは、私の父のような世代にとってはブルース・ジェンナーがヒーローだということでしょうか。そして、奇妙な形ではありますが、私の父などにとっては、アスリートとして尊敬していた人物が、性別のアイデンティティを変えるということについて考えざるを得ない状況をつくっている。つまり、ケイトリン・ジェンナーは大衆に関心を持ってもらうのに一役買っている……。

A: 言おうとしていることはわかりますよ。普段ならトランスジェンダーの文化に接点のなかった人々に、この問題を知らしめる効果があるということですね。

トランスジェンダーの人々の貧困率はそうでない人々の4倍。失業、ハラスメント、偏見に苦しむケースも多い。

Q: National Center for Transgender Equality とNational LGBTQ Task Forceの報告書によれば、トランスジェンダーの人々は、そうでない人々の4倍の確率で貧困状態にあります。失業、ハラスメント、偏見に苦しむケースも多い……。

A: それほど単純な問題ではないと思います。性転換をすれば、ある面では精神的に安定するでしょうが、他方で予想もしていなかった問題にぶつかることもあります。きっと、どちらも少しずつ経験するのではないでしょうか。
僕は最近、トランスジェンダーの人々で、性転換手術を受けて、後悔している人々……気持ちが変わった人々についてリサーチをしていました。そうした人々のことはあまり話題になりませんが、とても興味深いです。

Q: アーティストとして、アイデアが湧かなかったり、才能が枯れはててしまったと感じるとき、どうしますか? どうやって新鮮な気持ちを維持するのですか?

A: じっとアイデアを探しつづけます。
体調がよくてエクササイズを欠かさないでいると、そのうちにアイデアがわいてきます。一方で、怒りに満ち、不安にさいなまれているときにアイデアが浮かぶこともあります。大事なのは、アイデアが浮かんだら頭から否定しないことですね。
人との交わり、本物の人間的なつながりや出会い――特に風変りな人や、これまでの考えを覆すような人との出会いはインスピレーションをかきたててくれます。
それに音楽ですね! いい音楽はアイデアをくれます。

Q: どんな音楽を聴くんですか?

A: エイフェックス・ツインなどのアンビエントミュージックや、クロノス・クァルテットのダークな現代音楽をよく聞きます。
それから日本のサイケバンドのアシッド・マザーズ・テンプルも好きですね。彼らの曲を映画で使用したことがあります。許可がもらえたときは嬉しかったですね!

Q: 映画製作にかかわる女性がほとんどいないのは何故だと思いますか?

A: どんな世界も男性優位ですから。映画製作はタフな仕事です。でも、ストーリーを語る素晴らしい視点とレンズがあれば、関係ありません。素晴らしい女性監督もたくさんいます。ミランダ・ジュライやソフィア・コッポラ――思い浮かぶのはその2人だけですが。どうして、女性監督がほとんどいないと思うんですか?

Q: 私の方が質問されてしまいましたね。女性は肉体や外見に注意をひくために甘い声で話したり、身を飾るだけの存在と見られることが多いからではないでしょうか。一部の男性には、女性をお飾り以上の存在だと考えるのが難しいみたいですから。
それから、ひょっとしたら、よく言われるように、人は女性の指示より男性の指示のほうをよく聞くからかもしれません。私からすればまったくおかしなことですけれどね。

A: 映画業界は歴史的に男性優位だからかもしれません。昔はこの業界で女性の仕事といえば編集だけだったそうです。本当かどうか知りませんが。

Q: 作品が完成した時というのはどうやってわかるのですか?

A: 僕はじっくりと時間をかけるほうですが、感覚でわかるものです。変えるべきところが何もなくなると、すべてがぴったりとおさまっていて、悪目立ちしているところがありません。そうとわかるんですよ。これで完成だって。
この作品の場合は、もう少し長尺にしてもよかったかもしれません。ですが、ジンクスはあちこちで予定があって忙しかったので、無理でした。映画の終盤にはもっと彼女の出演シーンが欲しかったんですが。

撮影中、彼はどこを撮ってほしいとか、どこをカットしてほしいとか追加してほしいとか、一切言いませんでした。ただ、僕の好きなようにさせてくれたんです。彼は撮影現場に現れると、ありのままにふるまっていました。
本当に飾り気のない、自然な様子でした。何の予定も脚本もなく、僕とカメラだけで撮影にのぞんだんです。
もともと長編映画として構想していたものではなかったので、具体的な筋立てもなく、成り行き任せで撮影を進めました。そうして撮った短編をつなぎあわせたら、エネルギッシュな作品、1人の人物の生活に起こる出来事のコラージュになりました。

INSPニュースサービスの厚意により/ Street Roots





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