主原憲司さんが警告する奥山破壊の現状:「丹波山地のツキノワグマは、もうすぐ絶滅します」

(2009年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 110号より)

奥山から生物が消えていく。奥山破壊、駆除、そして温暖化

あるはずの植物がなくなり、いるはずの昆虫が次々に姿を消した。そして、人里に出没するツキノワグマたち…。今、日本の奥山で、いったい何が起きているのか? 芦生の森で長年にわたり原生林を観察し続ける在野の研究者で、日本熊森協会の相談役でもある、主原憲司さんが警告する奥山の危機。

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奥山破壊と、クマの処分規制のない有害鳥獣法

「丹波山地のツキノワグマは、もうすぐ絶滅します。むしろ、絶滅しない理由を探すほうが難しいくらいです」

丹波山地の北部に位置し、全国で唯一、標高1000メートル以下の地域に原生状態の自然林を残す芦生の森。その森を30年以上にわたって観察してきた主原憲司さんの言葉は、あっけないほど簡潔だ。同山地のツキノワグマは現在、推定40~60頭。わずかそれだけのクマを養う自然環境さえ、今の奥山にはないというのだ。

日本の原生林は、国主導の拡大造林、製紙会社による紙・パルプ材としての伐採などによって失われてきた。主原さんは言う。

「野生動物の視点からみれば、奥山も里山も同じです。1960年代から薪炭林はスギの植林地に転化され、野生動物との境界を山腹より上に押し上げてしまいました」。

しかし、このスギ林や雑木林は現在不経済林と呼ばれて放置されている。

「この里山問題と人里に下り始めたクマを、研究者は『里山の放置』に関連づけているのですが、この説は放置された年代や山の実り年(木の実などが豊作な年)との関連性がまったくありません」。

国策に翻弄されるのは、林業家も野生生物も同じだ。奥山が昔のように健全なら、クマは里に下りる必要がない。

「奥山にエサがなく、エサを求めて里に下りて来るクマを危険だと殺す。人身事故につながる学習放獣(クマを対象にした獣害対策の一つ。農作物などを荒らしたクマを罠で捕獲したのち山奥などに運び、撃退用スプレーや爆竹などで脅して人間や人里を忌避するように仕向けてから自然に帰す方法)も無策の証明です。現在の有害鳥獣法では捕獲したクマの処分には規制がない。つまり有害鳥獣の捕獲は別枠の狩猟であるともいえ、北陸地方では統計にない捕殺が横行しています」

兵庫県や京都府では、保護対策も少しずつ改善されているものの、絶滅を防げる効果的な対応ではないと、主原さんは言う。

「特に、丹波山地のクマはスギやヒノキの皮をはぐクマハギという林業被害を起こすため、林業家から嫌われています。もともとクマハギは奥山では普通のことで、天然林を伐ってしまったことが原因なんです」

広葉樹は穿入昆虫や材腐朽菌が多いので、芯が腐って空洞ができ、そこがアリや蜂の巣などクマのエサ場になります。でも、針葉樹は腐らないので、クマは歯で削り取って腐らせ、豊かな昆虫の成育場所を作っているんです」

芽吹かない樹木、 虫に出合わない森

日本の奥山で起きているのは、原生林の破壊や野生動物の駆除だけではない。なにより、ここ数年の間で、生物に深刻な変化が起きている。

 

林床の植物が消え、枯れ木や倒木の被害が拡大し、クマの好物の笹類はほぼ壊滅。ハチや甲虫などの昆虫も激減し、バッタ類は森から姿を消した。

「私はもともと昆虫が専門ですが、観察していた虫はもうほとんどいなくなり、今は森を歩いていても悲しいほど虫に出合わない」と言う。

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「奥山は、もう5年前の調査データですら現状を把握できないほど、生物相がガラリと変わっています。しかも、その変化は芦生だけでなく、やがて全国の奥山に及ぶ全体的なものです。拡大造林や林道開発など、部分的な奥山破壊だけなら、まだましだったかもしれない。これはもう温暖化の影響以外にありえないと思っています」

主原さんは、地道な調査をもとに、いくつもの異変を指摘する。

たとえば、芦生を代表するブナの種子、つまりドングリの仲間に見られる変化は深刻だ。ブナの正常種子率は80年代に50%だったものが、90年代に30%に下がり、現在はわずか3~8%。生理障害によって発芽できない種子が増えたためで、丹波山地のブナは05年を除き、10年以上も凶作が続いている。

通常なら、ブナやミズナラが不作の年には、ウラジロガシなど隔年周期の樹木が実をつけた。こうした自然界のバランスが、動物たちのエサ不足もフォローしてきたのだが、この隔年周期も狂い始めている。そのため、ブナとミズナラ、それにウラジロガシやコナラ、シラカシといったブナ科の樹木が連動して凶作となる、過去にない異変が起きているという。

「もうドングリの木は、何か悪いことをして罰を受けているのかと思うほど、人間にイジメられています。南方系の昆虫が侵入して深刻なナラ枯れ被害が拡大していますし、温暖化で秋の落葉が1ヵ月遅れるようになると、葉が落ちないうちから雪が降るので、枝が折れて枯れたり、倒木する。雪の夜には、パキパキと折れる音が響いています」

<後編に続く>