7月下旬以降、議論や合意なく医師らが調査見直し・縮小を提案
福島第一原発事故に伴う健康影響、特に子どもの甲状腺がんの状況を分析する「福島県民健康調査」の検討委員会が9月14日、福島市で開かれた。傍聴席はメディアや市民でほぼ満席。緊張を含んだ独特の熱気が漂う。2、3ヵ月に1回、開催されている検討委員会だが、今回は特に大きな注目を集めた。
その理由は、7月下旬以降、福島県内の医師らが地元紙の取材に対し、相次いで検査の見直しや縮小を論じたからだ。
福島県小児科医会の大神和廣会長は、「検査を受けない選択を尊重し、学校単位で半ば強制的に検査が実施されている現状を改めて、希望者のみを対象とする体制の構築を」「検査では潜在がんを見つけているだけ」と縮小を提案。
星北斗・検討委員会座長もこれを受けて、「今後のあり方について、今すぐにでも議論を始めるべき」「小児科医の意見を大切に」などと、県民健康調査は縮小すべきという趣旨の意見を出したからだ(筆者が後日行った取材の際には「新聞は書き過ぎ」と記事内容を一部否定した)。
県民や患者にとっては、突然、降ってわいたような検査の「縮小・見直し議論」。
少なくとも、これまで検査に参加・協力してきた子どもを持つ家庭、子ども自身、福島県だけでなく県外の医療機関や医師など、多くの関係者の議論も合意もないままの縮小・見直しが強行されれば、「検査すれども治療せず」と批判された日米による広島・長崎の被爆者調査ABCC(原爆傷害調査委員会)と同じ道をたどることになりかねない。震災から5年半が過ぎ、検査の根幹が変更されることになるかもしれない――。
検討委員会開催直前には、患者や家族、支援団体からは、福島県に対して、縮小ではなく検査の拡充を求める要望書の提出が相次いだ。提出したのは甲状腺がんの患者とその家族による「3・11甲状腺がん家族の会」と、「子どもたちの健康と未来を守るプロジェクト・郡山」(全国の129団体が賛同)。
子どもの甲状腺がん、174人 医師が縮小論を押し戻す
検討委員会は多くの人々が注視するなかで開かれた。議事では甲状腺がんの患者(原発事故当時18歳以下の子ども約38万人が対象)は2人増えて合計174人になったことが報告された。当初、検討委員会で「子どもの甲状腺がんは100万人に1人から数人」とされていた人数をはるかに上回っている。この定説を覆す、新しい事実がわかり始め、それが子どもたちの甲状腺がんの早期発見、早期治療につながっているのなら、今の段階で「縮小・見直し」議論が出るのはなぜ?というのが、県民の率直な意見だろう。
また、検査をめぐる県民の意見や要望、相談内容のとりまとめも報告された。健康に対する不安を感じ、現在の県民健康調査の内容への不満も寄せられている。「個人ごとの行動記録は異なるのに、代表制の線量評価は無謀」「大人にも検査を推奨すべき」「福島県以外の地域も検査をすべき」など、検査の拡充を求める声もあった。
そして、いよいよ今後の検査の見直し議論が交わされた。その結果、そうした縮小・見直し議論は「封殺」される形になったのだ。
「チェルノブイリ事故のことを考えると、福島はまだ事故後5年。これからしっかりとした検査をしないといけない」(清水修二委員)。
「県民の気持ちと身体に寄り添い、見守り、健康を支援することが検査の目的。事故後、5年から10年でも甲状腺がんが増えるということで、長く見ていかないとわからない」(春日文子委員)。
「今後10年間は縮小せず、必要なことをやり、しっかり検討していくべき」(清水一雄委員)。
「10年から15年はこの規模で実施し、その結果、『(放射能の)影響があった』『影響がなかった』、いずれの結果になってもそれがわかることが良い結果」(成井香苗委員)
などとそれぞれ述べ、検査の縮小を否定し、継続の必要性を述べた。星座長も「縮小ということは言っていない。いろいろな団体から、いろいろな要望を受けており、『すわ、縮小』と捉えられるとつらい。そうではない」とトーンダウン。
結局、患者や家族、支援者の意見を重視した住民に寄り添う医師が、縮小論を押し戻した格好になったわけだが、依然、油断はできない。県民の意見が反映されるような仕組みはまったくできていないからだ。
(文と写真 藍原寛子)
あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。
ブログhttp://ameblo.jp/mydearsupermoon/
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