「ハームリダクション」って聞いたことありますか?
日本語に訳すのがとても難しいのですが、敢えて日本語に置き換えるなら、「実害軽減措置」でしょうか。薬物使用などの分野で生まれた考え方ではあるものの、すべての依存症、そして精神症状などの支援にも適用できる考え方です。
ハームリダクションでは、薬物やアルコールの乱用そのものの是非を問うことなく、それによって引き起こされるより悪い状況(過剰摂取による死、汚れた注射器を使っての感染症、薬欲しさの犯罪など)を減らすことに重点を置きます。 日本だと違法ドラッグのキャンペーンといえば「ダメ!絶対!!」や、「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」という厳しく恐ろしいキャッチコピーでおなじみ。それが、ハームリダクションを適応すると「ダメとは言わないから最悪の事態が起きないように手伝わせてよ」というゆるーいコピーになる感じです。しかし、どうもこの一見ゆるそうに見えるこのやり方、効果を上げているようなんです。
日本の薬物依存人口は欧米諸国に比べれば微々たるものではありますが、苦しんでいる人は確かに存在しています。いつか、日本でもハームリダクションの考え方が浸透し、依存症の方々の苦しみを軽減できればと、いくつもの顔を思い浮かべながら考えています。
ポートランドのストリートペーパー、合法的薬物注射施設を求めるキャンペーンを展開
ストリートルーツ‐USA
オレゴン州ポートランドでは危険な薬物注射の習慣が、C型肝炎の増加やヘロインの過剰摂取による重症化、そして公衆衛生費の圧迫につながっている。6月、ポートランドのストリートペーパーである『ストリートルーツ』が複数の組織と共同で、違法薬物の注射を安全にできる場所を確保できれば人命を守ることができると声を上げた。キャンペーンの一環として、公共の場での違法な薬物注射の危険性を描いたドキュメンタリー映画『Everywhere But Safe: Public Injecting in New York(安全ではないがどこででも:ニューヨーク、公共の場での注射使用)』を撮影した映画製作者も招かれた。
記事:エミリー・グリーン
公園や運動場、歩道などに散乱する使用済み注射器
ポートランドは、他の多くのアメリカの都市と同様に、公共の場での薬物注射使用の問題に悩まされている。
オレゴン州最大の都市ポートランドには、薬物常習者が出入りする公園や運動場、歩道などに、危険な使用済み注射器が散乱している。
こうした公共の場で静脈に注射するタイプの薬物を使用する人たちが、簡単に治療ができるヘロインの過剰摂取で死亡している。監察医の報告書によると、2011年から2014年までに、オレゴン州のポートランドを含むマルトノマ郡で284人がヘロインによって死亡した。
危険な注射の習慣はC型肝炎をはじめとする血液感染症の蔓延や、公衆衛生費の増加につながる。オレゴン州のC型急性肝炎感染者数は全国平均より50%多く、その数は推定9万5000人と2014年のオレゴン保健医療当局の報告書に書かれている。そしてその半数は、感染していることに気づいてさえいない。
このような理由から、ポートランドに本拠を置いているストリートペーパーの『ストリートルーツ』や、ポートランドで最も古くから薬物常習者のために注射器交換を行っている非営利組織の『アウトサイド・イン』などの支援団体が協力し、安全な合法的薬物注射施設を用意することが、現在の公衆衛生問題の解決に寄与する可能性を秘めているということを考慮して欲しいと、地元コミュニティーに働きかけている。
世界の66都市98か所で運営、安全な合法的薬物注射施設
管理された合法的薬物注射施設とは、すでに違法薬物を手に入れた人たちが薬物を注射できる施設である(合法的な薬物を使うという意味ではなく、違法薬物を注射しても罪に問われない施設の意)。施設には訓練を受けた医療スタッフが常駐しており、その監視の下で常用者は自分で注射をする。問題が起きた場合にはすぐに医療スタッフが介入し、救命措置が行われる。スタッフは安全な注射方法についてアドバイスしたり、カウンセリングを行ったりし、薬物をやめたいと希望する人には他の支援団体へつなげたりする。
そのような施設は世界の66都市で98カ所運営されており、その施設の効果は、施設利用者のその後を調べた調査からも証明されている。
ポートランドのストリートルーツをはじめとする民間支援グループの非公式な連合体は、6月にニューヨークの映画製作者マット・カーティスとタエコ・フロストと手を組み、公共の場での薬物注射についてのドキュメンタリー映画上映と公開討論を行う「Safer Spaces(より安全な場所)」というイベントを企画した。
「(けしの実から抽出されるヘロインなどの向精神性ドラッグ)オピエートの過剰摂取は、マルトノマ郡でホームレス状態にある人びとに大打撃を与えています」ストリートルーツの責任者イズラエル・バイヤーは言う。「ストリートルーツは、安全な合法的薬物注射施設を提供することで命を救うことができると信じています」
ホームレスの人数はマルトノマ郡の人口の1%にも満たないが、2014年のヘロインによる直接あるいは間接的な死亡者の25%を占めていたと、同郡で死亡したホームレスに関する監察医報告書『Domicile Unknown(住所不詳)』最新号に記されている。
アウトサイド・インの責任者キャシー・オリバーは、自分たちが同イベントに協力する理由について、「ポートランド在住の注射使用の薬物常習者たちに安全で健康的な選択肢を提供することについて、議論を深め、進めるため」と説明している。
注射乱用の危険を描いたドキュメンタリーを引っ提げて各地をめぐる
ソーバック・プロダクションによる34分間の映画『Everywhere But Safe: Public Injecting in New York(安全ではないがどこででも:ニューヨーク、公共の場での注射使用)』では、ニューヨーク中心地と郊外における公共の場での薬物注射利用の危険性をつまびらかにしている。
HIV/AIDSや薬物の問題を抱える低所得者層を支援する団体『VOCALニューヨーク』で政策責任者を務めるカーティスによると、この映画は公共の場での注射乱用がそれぞれの町にどのような影響を与えているかを、映画が上映された町で議論するためのたたき台として作られたのだそうだ。
「ポートランドだったらどうだろうかと考えてもらいたいのです」カーティスは言う。
カーティスとフロストはニューヨーク、シカゴ、ボルティモア、シアトルで映画を上映し、同時に議論も行った。その結果、合法的薬物注射施設の開設について、最も期待できる動きがあるのは、ニューヨーク以外なのだとカーティスは言う。
最近になって助成金が下りたことにより、製作者たちはこのドキュメンタリー映画をロサンゼルスやサンフランシスコ、ワシントンDCでも上映できることになった。上映は招かれた都市でのみ行っている。
ポートランドでの上映のあと、管理された合法的薬物注射施設の開設が同市で可能かどうかというパネルディスカッションが行われた。
映画製作者や、保健や依存症の専門家たちと共に、弁護士でVOCALワシントンのコーディネーターでもあるパトリシア・サリーもパネリストに加わった。
サリーはシアトルでの安全な薬物摂取施設の開設運動の先頭に立っており、キング郡とシアトル市当局が共同で設立したヘロイン及びオピエート依存症特別調査委員会のメンバーでもある。
サリーによれば、郡と市は安全な接種施設を推進することに関心を示している。問題は資金調達と実行方法である。シアトルには既存のサービス拠点の中に併設される形で複数の接種場所ができる可能性が高いという。シアトルでは薬物使用者が、市全体に広がっているからだ。
「われわれは近い将来、しっかりとした機能的な施設を設立する方向に動き出しています」サリーは言った。
施設の開設によって過剰摂取、死亡率、感染症が減少。更生希望者は増加。
サリーはまた、シアトルの支援者たちが薬物の注射だけでなく、吸引する人たちにも安全な場所を作ろうとしていると話した。注射によって薬物を接種する人たちに逮捕される心配のない安全な場所を提供しながら、吸引する人たちには無策のままだと、刑事司法制度上すでに生じている不公平さを決定的にしてしまうような想定外の結果を生む可能性があるとサリーは説明した。
「公衆トイレはすべて薬物使用者たちの注射の場になってしまいました。他の利用者にとってアンフェアなだけではありません。危険で非人道的なことです」ストリートルーツのバイヤーも言った。
マルトノマ郡の保健局でも、注射器の交換や皮膚科クリニックの運営を行い、静脈に注射するタイプの薬物使用者が感染症や膿瘍の治療を受けられるようにしている。
しかしバイヤ―によると、現状は十分ではない。「この地域の公共の場での薬物使用は、これまでになく多くなっています。マルトノマ郡は長年ハームリダクションに関して国のリーダー的存在でした。今こそ郡がリーダーシップをとり、更なる段階に進み、再び手本となるべきなのです」バイヤーは言う。
管理者が常駐した合法的薬物注射施設は、ヨーロッパのあちこちで1980年代から、オーストラリアとカナダでは2000年代初頭から運営されている。
オンタリオHIV治療ネットワークが合法的薬物注射施設を対象に行った何十もの調査分析結果によると、このような施設によって過剰摂取事故を減らすことができるだけでなく、死亡率や注射に伴う病気などが減少し、「注射行為の減少と、依存症更生施設に行く人の増加につながった」という。
また分析によると、注射施設が設置された地域での、「近隣地域の治安や安全に大きな混乱は生じていない」こともわかっている。
北米初の施設開設後12週間で注射器ゴミ50%減、4年後利用者の23%が依存症克服
ニューヨーク、ボストン、シアトル、オタワ、トロントで合法的薬物注射施設設立の可能性が模索されているとはいえ、北米で実際に開設にこぎつけたのは今のところ1カ所のみ、カナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバーにある『インサイト』である。
映画『Everywhere But Safe』が指摘するように、2003年のインサイト開設以来、近隣における過剰摂取による死亡数は35%減少した。一方でニューヨークシティの死者数は2010年から41%増加している。
インサイトが開設されただけで、開設後12週間以内には、公共の場での注射行為や、注射器などのゴミの廃棄を50%減らすことができたとカナダ内科学会は報告している。
4年後にブリティッシュコロンビア大学とブリティッシュコロンビアHIV/AIDSエクセレンスセンターがインサイトに関して行った調査によると、質問に答えた人の23%が調査完了前に薬物注射をやめており、57%が依存症更生施設に入った。71%がインサイトの開設によって公共の場で注射をすることが減ったと答えた。
カーティスによると、ニューヨークの政策担当者たちは理解を示しており、州議会議員も上院議員も、所持法が適用されない専用の施設設置を可能にし、郡の保健局がそのような施設を運営する枠組みを設定するような法案に賛成する意思を示している。
映画上映は良い第一歩ではあるが、上映が行われたそれぞれの都市で地元の人たちが協力し、合法的薬物注射施設の開設を訴え続ける体制が確立されてこそ効果があがるのだとカーティスは話している。
INSP.ngoの厚意により/ストリートルーツ
※この記事は2016年10月に公開されたものを一部加筆・修正したものです。
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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。