統計によるとドイツの失業者数は250万人、過去26年間で最低の数字を記録した。しかし、この裏には、100万人近くが統計から漏れているという事実がある。政治家からの要請により、統計から除外されている人々がいるのだ。長期失業者のミリアム・Sとピーター・Kもそのうちの2人で、彼らはドイツ連邦議会選挙の投票をあえて棄権している。
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長期失業中の若者の現状 – ミリアムとピーターの場合
シュトゥットガルト近郊の町エスリンゲン出身の事務員ミリアム・Sは、精神疾患のため2003年からまともな職に就いておらず、「ハルツ4(Hartz IV)」(*1)に頼って生活をしている。職業紹介所からはいくつもの仕事を斡旋してもらってきたが、「1ユーロジョブ(*2)」や、名前がころころ変わる失業プログラムばかりで、正社員の話はひとつもなかった。雇う側が彼女の病を知ると躊躇するからだ。会社員になれる望みはもうありません。無職の時期が長くなり過ぎました。44歳になる彼女は重い口調で言う。現在は、通いの作業所で小さな部品の組み立て作業に従事している。
単身者が「1ユーロジョブ」と「ハルツ4」で手にできるのは月に950ユーロ(約12万8千円)だ。
これが私の人生と概ね受け入れてはいますが、なぜ自分なのと問い正したくなる時もあります。幸い彼女には面倒を見るべき子供がいないが、1セントたりとも無駄にできない日々だ。
*1: 「ハルツ4」:2005年のシュレーダー政権時に導入された労働市場改革のもとで提供される失業給付金。
*2:長期失業者の再就職を後押しするためにできた制度。時給130円程度(1ユーロ)の低賃金で公的な仕事をしてもらい労働市場への「復帰」ができるようにする。近年、押し寄せた難民にも提供されるが、効果を疑問視する声もある。
同じくエスリンゲン出身の電気技師ピーター・Kも毎月900ユーロほど(約12万円)で暮らしている。8年前、欧州債務危機のあおりを受け、当時勤めていた会社が財政難に陥った。当初は超過勤務を提示されたが、やがて勤務時間が削られ、しまいには解雇されてしまったのだ。以来、ほぼずっと職に就いていない。この頃から精神的な問題にも苦しむようになり、一時は入院もした。1日3時間以上の労働ができないことから、ジョブセンター(日本のハローワークにあたる)から「雇用可能な人物」と見なされていない。35才になる彼は現在、障害一時年金を受給しながら、両親と共に暮らしている。
もう一度、働きたい。彼自身もこんな生活を続けたくはないのだ。
投票することに意味を見いだせない長期失業者たち
社会から排除されていると感じる。シュトゥットガルト拠点の社会的企業「ノイエ・アルバイト・ツ・プロトコル(Neue Arbeit zu Protokoll)」が実施した学術調査に対し、2人はそう回答している。
マルティン・テルテルマンが統括するこのシンクタンクチームは、長期失業者66名にインタビューし、彼らが投票を棄権する理由を調査した。これまでにも、貧しい長期失業者が裕福な専門職層に比べ投票率が低いことは分かっているが、今回の調査によりその理由が判明した。
政治家が自分たちの声を聞いてくれない。公約を守らない。社会正義の感覚がない。シンクタンクのメンバー、フリードリッヒ・カーンによると、調査対象者たちの不満はおおむねこうだ。
ミリアム・Sも言う。
どの政党も多くの公約を掲げながら実際の行動に移すことがほぼない。だから彼女は10年以上も投票に行っていないのだ。
ピーター・Kが投票所に足を運ばなくなって5、6年になる。
誰に投票しても何ひとつ変わりませんから。政党は公約を忘れてしまうのか妥協してしまうのか。「投票することに意味がない」というミリアムの意見にピーターも同意する。
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5ユーロとかちっぽけな額ではなく「ハルツ4」支給率を大幅に引き上げること、都合のいい統計ではなく真の失業者支援を提供すること。これらの対策が実行されるなら、彼らも投票所に足を運ぶだろう。しかし、自分たちの関心事は無視されていると感じているのが現状なのだ。また、当局からひどい扱いを受けていると回答した者も多かった。多くの役人が彼らに横柄な態度を取っているのだ。
職員は働き過ぎなのです。ピーターは同情を見せて言う。
回答者たちは、こうした「嫌な体験」は政治判断に起因すると考えている。政治家に不信感を抱き、現状のままでは選挙で事態が変わるとは考えていない。
決して政治に関心がないわけではない
しかし、ミリアムもピーターも、台頭する極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が答えになるとは思っていない。極右で偏見が強すぎる、というのがピーターの意見だ。すべての外国人を排斥すれば、ドイツ経済は必ずやダメージを受ける。第三帝国(ナチス・ドイツ)時代のように精神疾患者が迫害されるのではないかとも恐れている。調査からは、長期失業者たちが急進化する兆候は見られず、外国人排斥を訴えるAfDに投票する傾向もなかった。
調査チームのディレクター、マルティン・テルテルマンは言う。
驚いたのは、政治的見解は様々だったことです。 失業することで基本的な政治信念が強まる、もしくは弱まることはあっても、消え失せることはないのです。だが、自分たちの意見を代弁してくれる政党がいるとは思えていない。さらに、長期失業者で投票に行ってない多くの人たちが政治に関心を持っていることにも驚かされた。
「政治に関心がない」と回答した場合でも、インタビューしてみると真逆の結果となることも多かったです。テルテルマンは説明する。先のふたりのように、彼らの主な情報源は新聞、テレビ、またはインターネットだ。
そして彼らは皆、自分が投票に行かない理由をきちんと説明できるのです。彼らの声に耳を傾け、真剣に受け止めるべき、と今回の調査に関わった者たちは主張する。彼らの生活環境を向上させ、効果的な支援を打ち出すべきだと。失業者のためのロビー活動として「失業者のオンブズマン(*3)」を設け、不安定な労働環境を解消するのもありだろう。
*3: 行政機関を外部から監視すること。
ミリアムは今回も投票に行くつもりはなく、ピーターは誠実な政治家が現れれば投票に行くと言う。たとえ流行でなくとも、政治家は気骨を見せなければならない。投票棄権を決めているこの二人だが、投票率向上を目指す「ボック・アウフ・ワール(Bock auf Wahl)」などの取り組みは評価する。
ミリアム・Sは言う。
同じような考えの人はたくさんいます。皆で力を合わせれば、何かを成し遂げられます。長期失業中のふたりは投票が嫌いなわけではない。無知の政治家が嫌いなだけなのだ。
Trott-Warの厚意により転載/INSP.ngo
翻訳(ドイツ語→英語): Edward Alaszewski
翻訳監修:西川由紀子
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