AI化が進むと、「作業」が減り、人間がやらなければならない仕事は減っていくと言われている。では、「人間がやらなくてはならない、人間に残る仕事」とはどのようなもので、それにはどのような力が求められるようになり、その力はどのような教育により身につくようになるのだろうか。


 2018年1月27日に浪速橋で開催された豊岡市主催のイベント<「コミュニケーション教育」体験ワークショップ>より平田オリザさんの講演・ワークショップのエッセンスをお伝えする。

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世界的に活躍する劇作家・演出家の平田オリザさんは東京生まれだが、近いうちにコウノトリの野生復帰で有名な兵庫県豊岡市へ活動拠点を移すことを表明している。


講演前、記者からの「数ある地方のなかで、なぜ豊岡市を選んだのですか?」という質問に、平田さんはにこやかに笑って「豊岡なら、世界と渡り合えるからですよ」と答えた。
いったいどういうことなのか。

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最初の挨拶で、豊岡市の中貝市長は「合意形成力」の重要性について話した。

AI化が進むと、多くの仕事は失われるが、共感・交渉・美的センスに関わるような仕事は、人間の仕事として残る。さらに、グローバル化により、バックグラウンドが異なる人と対話していかなければならない場面が増えていく。

そうした中で、「他者を理解する能力」-違いを受け止め、共感を呼び、交渉する力が今より一層必要になると言う。またその力は、AI化が進んでからでは遅い、今から身につけられる環境に置かなければならない。

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写真:イガキフォトスタジオ

AIが発達しても、人間にしかできない能力として、中貝市長は「合意形成力」を挙げる。それには「哲学・芸術・センス」が必要であり、その要素はコウノトリが生息できるような自然豊かで安全な”ローカル”に身を置き、世界を視野に入れることによって育まれるというのだ。

劇作家平田オリザさんによる講演「これからの教育に求められること」

平田オリザさんは豊岡の地に惚れ込み、豊岡市で演劇を使った「コミュニケ―ション教育」の監修に関わっている。これからの社会の情勢を見据え、コミュニケーション教育の必要性を感じているのだ。

世の中のIT化が進んでいる昨今、「暗記」や「計算」ができる能力はかつてほど求められることはない。それを受けて、一部の大学で入試が変わってきている。

・基礎的・基本的な知識・技能
に加えて
・思考力・判断力・表現力
・主体性・多様性・協働性

が求められているのだ。

ある大学では「文系は図書館で、理系は実験室で」様々な資料を調べながらチームを組んで結論を出すという試験で選抜される。
この選抜では、調べものがうまいとか知識が多いということが評価されるわけではなく、「自分の役割を認識し、それを担った人」が評価されるというのだ。

またある大学では「レゴで巨大な艦船をつくる」「組体操の危険性について、実際に組体操をしてみてその危険度や対策を協議する」という入試もある。

そこでは、
・自分の主張を論理的・具体的に説明できたか
・ユニークな発想があったか
・他者の意見に耳を傾けられたか
・建設的・発展的な議論の進め方に寄与できたか
・タイムキープを意識し、議論をまとめることに貢献したか
・地道な作業を厭わずにチーム全体に対して献身的な役割を果たせたか
といったことが評価の基準となる。
これは既に社会に出ている大人でもなかなか難しい課題なのではないだろうか。

また、授業内容をインターネット上で公開するという大学も増えている。
情報がフラットに手に入るようになっている現代において、大学で得られる「知識」は、「人類の共通の財産」にすぎず、「その場でともに学ぶ」ことから生まれるもの、「何を学ぶか?」から「誰と学ぶか?」が大切になってくるのだ。

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写真:イガキフォトスタジオ

「”身体的文化資本がある人”と一緒に働きたい」と思われる社会になる

今後AIに奪われることのない人間の資本=“身体的文化資本”として平田さんは「センス、マナー、コミュニケーション能力、美的感覚、感性、味覚」などを挙げる。
異なるバックグラウンドの人も仲間に取り入れていく力が必要だというのだ。

知識や計算は機械が担っていくようになるのであれば、これからの仕事においては正確な仕事をこなせる人よりも「仲間として一緒に働きたい」と感じさせられる人が選ばれるようになる。そのような場では、自己主張しかしない人や人種や性差の差別意識を持っている人は不利にいなっていくこと、そしてそうした感覚は1,2年の受験対策などでは身につかない力だと平田さんは話す。

市役所の試験も変化「一緒に働きたい人と思ってもらえるか」

小さな市の役所は、少ない人数で多方面の事業を運営する必要があり、ひとりひとりの職員にさまざまな能力が必要とされる。そのため豊岡市では市の職員の採用試験も変化しつつある。

採用試験において、「増えすぎたコウノトリが人を襲うようになった。このままコウノトリの繁殖を続けるかどうか、ステークホルダーを洗い出し、ディスカッションドラマを創りなさい」という一風変わった課題を出したという。

試験の審査には、一般的な他の地域の役所の採用試験と異なり、若手の女性職員も参加する。「一緒に働きたい人かどうか」という観点が大切だからなのだそうだ。

田野邦彦さんによる「コミュニケーション教育」体験ワークショップ

続いて特定非営利活動法人 PAVLIC(パブリック)の理事長でワークショップデザイナーの田野邦彦さんによる、実際に豊岡市の小・中学校で行われている「コミュニケーション教育」体験ワークショップが始まった。

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写真:イガキフォトスタジオ

簡単なアイスブレイクとしてその場にいる30人ほどの小学生に「仲間を見つけるワークショップ」の課題を課す。

「同じ血液型の人とグループになってね」
「1月から12月まで、誕生日月でグループになってね」
ぱっと聞くと簡単な課題のように聞こえるが、「知らない小学生とすみやかに一定規則を持ったグループをつくる」ということは日常生活ではあまりないシーン。

最初は戸惑っていた子どもたちも、しばらくすると「誰も仕切ってくれる人はいなさそう」と感じた子どもは「O型の人?」と手を挙げ、声をあげるようになる。
人数が多すぎて全員が手を挙げると大変なことになりそう、と察し、様子を見る子どももいる。

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撮影:編集部

保護者はその様子を遠巻きに見守っている。普段保護者は子どものパフォーマンスを見る機会といえば、家に持って帰って来る試験の答案用紙や、運動会・学芸祭といった「訓練の結果」くらいでしか推測できないことが多いだろう。
そんななか、こういった機会に子どもたちが「未知の場面」に戸惑う様子や、自分の役割を考え立ち振る舞う様子を見て、「予期せぬ場できちんと状況把握する力」や「役割を認識し、まっとうする力」が必要になってくると感じさせられたのではないだろうか。


続いて、三人一組になって手のひらを合わせて歩く課題。
この課題では、一人だけが目を開けて、あとの二人は目をつぶる。
他のグループや、両腕を広げて歩きまわるファシリテーターの田野さんに接触するとゲームオーバーになるという設定だ。

目を開けている子は「右!右!」「しゃがんで!」などと話すが、目をつぶっている子には誰から見た右なのか、なぜしゃがまなければならないのかがわからない。
その役割を交代していくことで、「自分の立場ではなく、相手の立場に立った話し方をしなければならない」と気づく子も出てくる。
また、手のひらを合わせて目をつぶって歩くという体験を通して、人によっては人を押すことで誘導するタイプと、引くことで誘導するタイプがいるということにも気づいていく。

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写真:イガキフォトスタジオ 

場が温まったところで、いよいよ演劇を使ったワークショップ。
6人くらいのグループに分かれ、各グループに「花見」「雪合戦」「お化け屋敷」「早押しクイズ」などの単語が紙に書かれて配られる。

その紙に書かれた単語を、6人がそれぞれの役割を担いジェスチャーだけで表現をするのだ。
顔を見合わせて戸惑う子どもたち。

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写真:イガキフォトスタジオ 

しかし限られた数分の持ち時間でどういう話にするか、誰が何の役をやるか、どう演じるか、などを素早く決めていかなければならない。

各グループとも、戸惑いながらもイメージをすり合わせてジェスチャーによる演劇を披露していく。 短い時間で小学生がここまで合意形成ができるのかと、観客の大人のほうが驚いている様子だった。

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写真:イガキフォトスタジオ 

さらに課題はレベルが上がっていき、単純なジェスチャーゲームに加えてシチュエーションや一言だけのセリフが追加されていく。

・「早押しクイズ」×「UFO」に「泣いている場合じゃないぞ」というセリフ
・「雪合戦」×「ジェットコースター」に「そんなんじゃ一人前になれないぞ」というセリフ
といった具合だ。
子どもたちはだんだんと無理難題に取り組むのも楽しみになってきたようで、どんどん笑顔が増えていく。
正解のない課題にみんなで取り組んでいくということが刺激的なのかもしれない。

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写真:イガキフォトスタジオ 

遊びのような時間を通して、「相手の気持ちになること」、「自分のアイデアを受け入れられるように話すこと」、「制限時間を守ること」、「観客をおもしろがらせること」など様々な力が鍛えられるワークショップ。

豊岡市ではまだ導入2年目ということで数字に表れる効果と言うものはまだ出ていないが、子どもたちの様子を見るに、「よみかきそろばん」では通用しない時代を生き抜く力を育むには、このような「新しい科目」が必要な時代になっていると感じさせられる時間であった。

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平田さんは、記者に豊岡が世界とわたりあえる理由として「市民が、リベラルな対話ができるからです」と話した。

平田さんが芸術監督を務めるようになって年間稼働日が20日から330日に激増したという豊岡市の「城崎国際アートセンター」には、世界中からアーティストが滞在するようになった。
滞在中、アーティストたちは地域の住民や子どもたちにアートのワークショップをするのだという。

あなたの住んでいる地域では、市民が世界に通用する「対話力」を育んでいるだろうか。

写真協力:イガキフォトスタジオ 

ひらた・おりざ
劇作家・演出家・青年団主宰。
こまばアゴラ劇場芸術総監督・城崎国際アートセンター芸術監督。
1962年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。
1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。
2003年『その河をこえて、五月』(2002年日韓国民交流記念事業)で、第2回朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。2006年モンブラン国際文化賞受賞。2011年フランス国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。
大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授ほか多方面で活動している。
著書に『総理の原稿』『世界とわたりあうために』『下り坂をそろそろと下る』など。


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今、就活の現場や職場でやみくもに求められている「コミュニケーション能力」。それはいったい何? この問いに答えるため、劇作家の平田オリザさんをゲスト編集長に迎えた。
https://www.bigissue.jp/backnumber/217/


THE BIG ISSUE JAPAN317号
特集:いま遊べ!――子育ての未来
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“子どもの仕事は遊ぶこと”それを体現する保育園があります。
https://www.bigissue.jp/backnumber/317/


THE BIG ISSUE JAPAN201号
特集:生きる喜び あふれる学校
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魅力的な学校がないなら、つくってしまおう。そう考えた市民たちが、全国各地で「新しい学校」を立ち上げている。
https://www.bigissue.jp/backnumber/201/








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