ヨーロッパ各都市に難民が大量に押し寄せること数年、支援にあたる組織や慈善事業者らは難民が新たな環境に馴染めるよう、斬新な方法をひねり出す必要性に迫られている。「ガーデニング」や「園芸」を通じて社会の融合を目指すオーストリアの事例を取り上げる。 

オーストリアではシリア、アフガニスタン、イラク、イランなど中東諸国からの難民が2015年後半だけで約9万人も亡命申請をおこなった。オーストラリアは勤勉かつ豊かな国ではあるが、大きな難題を突きつけられたかたちだ。準備体制を取れていなかった政府はリソース不足に陥ったため、国民が立ち上がって、食料、衣類、シェルターの提供に奔走している。

「Caritas」「Deaconry」「赤十字社」など伝統ある社会福祉団体に加え、使命感に駆られた博愛主義者たちが新たに立ち上げたNGOもあり、この危機を発端として新たな取り組みが始動している。

大量の難民発生は政府だけでなく、あらゆる人に大きな課題を突きつけている。多くの難民はトラウマや生活の不安感に悩まされている。何か月も難民キャンプで過ごし、仕事はおろか、生きがいになるような活動の見通しも立たないまま、亡命認定の面接を待つだけの日々なのだから。

一方で、地元の人々のあいだでも難民による犯罪や暴力沙汰を耳にして不安が広がっている。このような厳しい環境下では、オーストリア社会における社会的・文化的理解を育むのは非常に困難だ。文化間の交流、社会の融合を推し進めることが急務であった。


ドイツ語教室、交流イベント、法律相談を通じて精神的サポートを提供


オーストリア最大の難民キャンプはウィーン南西部の郊外ラインツという町にある。大規模な移民の波が始まった2015年までは高齢者介護施設として使われていた場所だ。

敷地内には20の建物が建ち並び、20ヘクタールを超える牧草地、庭園、木々が広がっている。うち4つの建物に一時は1,300人もの難民が殺到した。あれから1年半が経った現在でも800人を超える、あらゆる年齢層の亡命希望者が暮らしている。多くが独り身の男性だが、家族や子どももいる。

長年この地で高齢患者のケアにあたっていた医学博士/心理療法士/園芸療法士のフリッツ・ノイハウザーはある構想を持っていた。それは協会を設立し、ガーデニング作業を通じて社会の融合を促すというもの。

私はかつてノイハウザー医師と「COST(欧州科学技術研究協力機構)」を通じて「グリーンケア」に関する活動で協力しあった仲だ。グリーンケアとは、緑地や自然を活用して人々の健康を促進しようとする枠組み。なので私たちは、文化交流を目的としたガーデニング作業が難民の身体的・心理的健康にプラスに働く可能性を十二分に認識していた。

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その効果は歴史的にも証明されている。アメリカでは70年代にコミュニティガーデンが生まれ、年齢/性別/社会・倫理的背景に関わらずさまざまな立場の人が一緒になって新鮮で栄養価の高い野菜を育てながら、コミュニケーションの輪を広げ、社会的ネットワークを築いてきた。ドイツのゲッティンゲンでは90年代半ばから地元のボランティアがボスニア・ヘルツェゴビナ出身の難民らと活動している事例がある。

祖国での庭のある生活、ガーデニングを楽しんでいた生活を懐かしがるのは特に女性だ。そこで、庭園をコミュニケーションの場として活用し、彼ら彼女らのガーデニング経験をプラスの力に変え、融和をもたらそうというわけだ。

難民キャンプが設営されてまもなく、「公共空間における統合および保健支援(IGOR)」という協会が設立された。その目的は、共同作業を通じて人々の融和と文化交流を促進すること。難民キャンプの事務局から活動用にと一部の部屋を無償であてがってもらった。最初の共同活動として修繕やペンキ塗りは難民たち自らでおこない、自分たちのプロジェクトだという意識をもってもらった。

協会運営にあたるのは退職者や学生を中心とした地元の無償ボランティア。ドイツ語教室や交流イベントの開催、法律相談、そして何よりも難民たちの精神的支えとなっている。自転車修理、裁縫、コンピューターやソーシャルメディアの使い方、陶芸や絵画教室などワークショップも多数開催している。

難民認定を受けていない者に支給されるのは毎月40ユーロと質素な食事のみ。ウィーンのような物価の高い街では、公共交通機関の1か月定期すら買えない。そのような中で、IGORが提供するさまざまな機会は難民たちの生活にとてもありがたいものとなっている。

ガーデニングにはフェンスなし、作業義務なし、収穫も自由!

「ガーデニング」はIGORが活動の中心に据えているもののひとつだ。敷地内には合計4,000平方メートル以上もの敷地があり、そこに多種多様な野菜やハーブを植えている。

難民キャンプ内の住人であれば誰でも出入りできる。作業への参加も果物や野菜の収穫も自由だ。フェンスもなければ、参加条件もない。逆に言うと、作業義務も作業に対する対価もない。

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作業は難民と地元住民が共同でおこない、それを監督するのはIGORスタッフまたは難民から選ばれた「責任者」たちだ。規則を設けないことで、ガーデニングを共同作業の実験場所としているのだ。

作業を通して、民族や社会的背景の異なる人々が、お互いの価値観や習慣、作物の植え方、調理の仕方、そして対立を解消する方法を学べる。と同時に、ドイツ語も学び、友達をつくり、地元社会との共生を進める場となっている。今では難民だけでなく、精神的・身体的問題を抱え、社会から取り残されていた地元住民もこのガーデニング活動に参加している。

当初は、もっと経済的な運営方法も検討された。トマトや花などの高価値農産物に限定して栽培する、市場で販売する、その収益を作業に参加した難民たちで分配する。もしくは個別に作業をすすめられる家族や個人に区画を割り当てるなどの案も。しかし、このやり方ではフェンスを設けて立ち入りを制限する必要があり、「共同作業」がもたらす数々のメリットを享受できなくなる。

カタチにみえないものこそがこの活動の最大メリット

正直、私たちが採用したやり方にも問題点はあるが、大したことではない。プロジェクトに参加していない難民や外部の人間が侵入し、果物や野菜を盗っていくこともある。多大な労力をかけてきた者たちには許しがたい行為で、決していい気持ちがするものではない。しかし、彼らはわかっている。経済的アウトプットが最優先でないことを。

この活動の最たるメリットは、地元住民と関わりあうこと、ドイツ語を学ぶこと、友達ができること、心理的サポートを得てトラウマを克服できるようになること、地元の文化や価値観を学べること…形に見えない社会的なものなのだ。

地元住民のサポートを得て、新しい環境に馴染めてきていることを難民たちも実感している。有意義な作業を通じて自尊心や責任感を育んでいる。対立や問題を解決するコツも身につけつつある。この民主社会的な学びは、彼らの祖国ではなかなか得られないものなのだ。


文:ゲオルク・ヴィージンガー
翻訳監修:西川由紀子


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