18世紀フランスの思想家ヴォルテールがこんな言葉を残している。
神は現世におけるさまざまな心配事の償いとして、われわれに希望と睡眠を与え給うた。


アメリカ疾病対策センターが2016年に発表した報告書を見るかぎり、私たちに必要とされているのは特に後者の「睡眠」のようだ。この報告書によると、アメリカ人の3人に1人が睡眠時間が6~7時間未満の睡眠不足状態、睡眠の確保が国民的問題であると述べられている。この調査によると、睡眠不足は米国の主な死亡要因15項目のうち7項目(がん、心血管疾患、事故、脳卒中、糖尿病、高血圧、敗血症)と関連しているとのこと。

昨年「ランド研究所」が実施した調査では、睡眠時間が6時間未満の人は7〜9時間眠る人より死亡率が13%高いことが判明した。さらに睡眠不足が主要5か国の経済にもたらす影響を試算したところ、「医療制度への負担」と「生産性低下」に甚大な負担を与えていることが判明した。その額、米国で4,110億ドル、英国は400億ポンド。ドイツでは就労日換算で年間20万9千日分の損失に相当する。

睡眠不足の原因

睡眠不足の主な原因は、病気を除くと、喫煙による寝つきの悪さ、飲酒、偏った食生活、電子機器の使いすぎ、不安やストレス、長時間労働、「24時間社会」の蔓延などさまざまだ。

コロンビア大学で現代美術理論を専門とするジョナサン・クレーリー教授は、著書『24/7 眠らない社会(原題:24/7: Late Capitalism and the Ends of Sleep)』のなかで、長時間化し途切れることのない21世紀資本主義が睡眠にもたらす甚大な影響について考察している。

今や人間の暮らしには(睡眠時間を除くと)まとまった休み時間がほとんどなく、労働時間や消費の時間に乗っ取られている。年中無休の社会により、昼と夜、光と闇、活動と休息の区別がつかなくなっている。睡眠というかりそめの欲求から解放される人生の大半は、資本主義時代にとどまるところを知らない欲望を侮辱するものとされている。あらゆる場面で睡眠がすり減っているのは当然だ。

20世紀、睡眠時間が少しずつ減っていき、今や北米の成人平均睡眠時間は約6時間半。一世代前の8時間、20世紀初頭の10時間と比べると大幅な減少だ。

睡眠時間を短くすれば、個人がより自由になり、それぞれのニーズや願望に応じて人生をより自分らしく、より充実した人生を送れるのだろうか?

睡眠が「必要不可欠あるいは本質的である」という考えから切り離されたものになっています。新自由主義のパラダイムにおいては、睡眠は敗者のもの。睡眠を低く評価することは、社会的保護を廃止していこうとする他分野での流れと切り離せない。

睡眠を邪魔するあらゆるものが不眠症をもたらし、睡眠は「買うもの」になってきている。統計によると、睡眠薬を服用する人が急増しており、2010年、睡眠薬(アンビエン、ルネスタ等)を処方されたアメリカ人は5,000万人、市販の睡眠薬を購入した人は数百万人に及んでいる。

「眠る権利」

「眠る権利」は実存的かつ政治的な問題だと強く主張しているのは、ギリシャのテッサリア大学建築学部ヨルゴス・ツィルツィラキス准教授だ。彼は昨年、オナシス財団文化センターで開催された「スリープ・プロジェクト」の共同キュレーターを務めた。

睡眠障害に苦しむ人の数が増えています。「夜中の3時に目が覚めて、もう眠れない」という人が結構いますよね? 現代において、睡眠は価値を失い、歪んだ商品のように扱われています。大切な身体機能ではなく、社会の仕組みとなっています。

それを如実に表しているのが、「ベッドルーム・オフィス」とも言うべき21世紀型の寝室のあり方です。レイアウト、家具の配置からして、寝室すらも「働く場所」になっています。ベッドの中でノートパソコンを開く人が増え、公的/私的空間、働く時間/自由な時間、昼/夜の区別がつかなくなっています。多くのバーチャルワーカー(インターネット接続を通じて、好きな場所で好きな時間に働く労働者)が生まれましたが、彼らは寝不足による疲労で神経系に過剰な負担がかかっています。

私たちは睡眠不足の原因について立ち止まって考えてきませんでした。怠惰、睡眠、休息の権利を行使しなければならないのに、非生産的だからとタブー視されています。しかし、ゆとりや怠けることなくして生産性など望めるでしょうか。睡眠は空白でも無駄な時間でもなく大切な生命活動です。

しっかり眠ることは国民的課題

今や睡眠の意義を見直すことは国民的問題ではないのか?

こう主張するのは、「睡眠」が専門のフランス人、ジャン=ピエール・ジョルダネラ医師。昨年、眠りに関する報告書(Catching up on sleep, a public affair)を発表した彼が電話取材に応じてくれた。

若者の3人に1人、成人の25パーセントが慢性的な睡眠不足に悩んでいます。ヨーロッパの中でポルトガルに次いで睡眠薬の消費が多いのはフランスです。睡眠薬「ベンゾジアゼピン」が精査なく大量に処方されています。2013年の消費量は1億3,100万箱に上りました。

睡眠はあくまで個人の問題、他者、ましてや公共政策には全く関係ないものと考え続け、小売店、行政サービス、図書館や美術館はかつてないほどオープン時間が長くなっています。私たちには自分の好きな時に眠れる自由があるというのは、間違った考えです。

睡眠不足は社会格差とも直接的に関わっています。貧しい家庭の子どもほど寝不足の問題を抱えています。労働時間、社会のあり方、生活リズムがすべての人の睡眠に影響しています。今、良質な睡眠の確保を重視すべきです。公衆衛生において十分な栄養摂取が優先課題であるのと同じことです。

学校の始業時間を9時にする、仕事場で昼寝タイムを設けるのはどうですか。フランス人労働者の20%がパソコンの前で居眠りしてる現状があるのですよ。必要なのは静かな部屋だけ。スタッフは20分の仮眠でリフレッシュして仕事に取り組めますよ。働き方は何も「テイラー・システム(*工場の作業者を効率的に管理するためのマネジメントシステム。フレドリック・テイラーによって確立。)どおりでなくていいのです。


企業が従業員の睡眠をサポートする時代

現状、「眠る権利」の確保は、国際的な公衆衛生政策では一切フォーカスが当たっておらず、民間レベルで少しずつ取り入れられているどまりだ。労働者の平均睡眠時間が6時間20分と世界最低の日本では、就業時間内の仮眠を奨励する企業が増えています。「シエスタ・ルーム」を設ける会社、オフィス近くのカフェが「食事+簡易ベッドでの仮眠」を割引価格で提供するところも。

フランスでは、人材紹介会社「ロバートハーフ」が2013年に実施した調査で、管理職の47%が就業時間内に仮眠を取り入れることに賛成している。実際、ペリニーに拠点を置くオーガニック製品メーカー「レア・ナチュレ」。450人のスタッフ全員にオフィス内の仮眠室で午後4時までならいつでも30分間眠れる権利を与えた。

企業が従業員の睡眠をサポートするとは理想郷ではないか!

さらに大胆な事例もある。アメリカの保険会社エトナは従業員にウェアラブル端末を支給し、1日の睡眠時間が7時間超えると20日ごとに25ドルを支給する。スタッフ全員を対象とした「眠り方講座」まで開催している。

ドイツでは2013年、厚生労働省がドイツ労働総同盟が提出した「職場シエスタ案」を否決した。その代わりとして、労働者の休養や睡眠の権利を確保するため、就業時間外に管理職が部下にメールまたは電話連絡することを、緊急時を除いて禁じている。

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アメリカで広がる学校の始業時間を遅らせる運動

ギリシャの現状はどうだろうか。神経科医で睡眠の専門家、タソス・ボナキスに聞いた。
不眠症の様相がすっかり変わりました。10年前は中年や高齢者に多かったのに、今は若者が中心です。失業などからくる不安やストレスがこの世代で高まっているためです。

しかし、睡眠不足が本当に問題になっているのは子どもたちです。われわれの調査によると、ギリシャの15〜16歳の睡眠時間は6時間半から7時間でした(理想は8.5〜9時間)。60%近くが睡眠の問題を抱え、30%近くが不眠症に悩んでいました。

良質な睡眠は成績にもはっきり関連しています。睡眠が足りていないと、ぼんやり元気がない、または攻撃的や多動になりがちで、記憶力や集中力にも影響してきます。親や医師がそのことに気づいてない子どももたくさんいました。10代の70%が就寝前にタブレットや携帯をいじっています。でも、テクノロジーの魅力には勝てないでしょう。そこで私がお勧めするのは、子どもを早く寝かすことではなく、一日の始まりを遅らすこと。つまり、授業開始を8時から9時にするのです。
実際にアメリカでは「Start School Later 運動」が広がっている。現在7:30〜8:00の始業時間を8:30〜9:00に変更しようと、政治家、医療関係者、教師、親、賛同者が集まっている。すでに全米250の高校で取り入れられている。ニュージャージー州は2015年に、メリーランド州は2016年に試験運用を始めた。カリフォルニア州では2017年4月、始業時間を8時30分以降とする法案が上院に提出された(補足:2017年9月、否決)。

アメリカ疾病対策センターの最近の調査によると、始業時間を遅らせることにはかなりポジティブな効果が期待できる。生徒の60%は睡眠時間が8時間以上に増え、成績平均値(GPA)は79%から88%に、授業態度も改善された。さらに、マリファナ、お酒、タバコの使用率が14%減、鬱に悩む生徒数も11%減、10代の生徒が運転する車の交通事故も約70%減少した。

By Spyros Zonakis
Translated from Greek by Sophie Llewellyn Smith
Courtesy of Shedia / INSP.ngo

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