趣味や嗜好で繋がるSNSにどっぷり浸かっていると気づきづらいことだが、世の中には「文化コード」という概念がある。
同じ文化コードの中にいる間は摩擦が少ないが、違う文化コードに触れるときには他者は自分とは異なる文化コードがあると自覚することが大切だ。


 私たちの日常生活のさまざまなレベルに存在する「文化コード」という概念。その環境でいかに振る舞うべきか、対人関係での基本ルールをも定める。解釈を間違えると、その影響は無視できないものがあるから気をつけなければならない。

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どの企業にも存在する「暗黙の掟」

これは、とある大規模製造工場に新しく赴任した管理職スタッフの話だ。彼は重要な会議にはすべて出席し、勤務態度は何ら問題なかったが、時として重要な決定事項をだしぬけに知らされることがあった。今回はある新製品の発売が、何一つ聞かされないまま決定していたのだ。

次の会議でその旨を訴えた彼だったが出席者からは全く理解を得られず、同僚からは愚痴っぽいトラブルメーカーとみなされた。そう、彼は社内の「暗黙の掟」を破ってしまったのだ。オープンな意見交換は良いが、本当に重要な情報を得たければ休憩時間に然るべきメンバーと付き合わなければならない、という掟を。

このような暗黙の掟はどんな企業にも存在する、と述べるのは組織コンサルタントのインゴ・ベーリンガー。
こうしたルールは企業文化の一部です。決して明記されていませんが、さまざまなプロセスやコミュニケーションの指針となっています。

異なる「文化コード」を知ろうとする姿勢が大切

企業に限らない。「文化コード」は私たちの生活のさまざまな場面にも存在する。「管理職の掟」と同じく、特定の文化、社会集団...小さなコミュニティ、ゴルフクラブ、家族ごとにも文化コードなるものがある。独自の用語・合図・ふるまいなどを使って他者と境界線を引き、自分たちのアイデンティティを作り上げるのだ。


こうした文化コードが相互理解への手がかりとなる。アイデア、行動、記号などが多くの「意味」を含んでいることは科学が証明している。これらのコードがはっきりと言葉で共有されているとは限らないが、様々な状況に合わせたふるまい方を教えてくれる。こうした社会文化的規範について、スイスの社会学者クリスティアン・ジャギは以下のように説明している。
これらのふるまいが人の行動ないしは合図をつくり上げ、そこに特定の意味を持たせます。それは我々にどういう世界であるかを説明し、物の見方を教え、時として可能性を狭めることもあります。
慣れない環境に身を置くと、我々の行動がぎこちなくなるのはこのためだ。

例えばアジアの国々では、質問に「ノー」と答えることは失礼とされ、微笑みで意思を伝えることがある。我々オーストリア人は具体的なことを聞かれると、「We’ll see(どうかな)」と答えることが多いが、ドイツ人の同僚にはなかなか理解されない。

「文化コード」を知らないことでいろんな弊害が起こりうる。誤解が生まれる、笑い者にされる、信用を失う、ひどい場合は集団からのけ者にされる等。衝突が生まれる可能性も高い。

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© 2018 Pixabay

でも、安心して欲しい。社会集団における誤解は回避することもできるのだから。特定の集団の「個性」を知るにつけ、気分を害することも減っていく。

ザルツブルグ拠点の組織「スペクトラム(Spectrum)」が数年前に実施した世代間コミュニケーションを円滑化させるプロジェクト「Oida(「おまえ」を意味するドイツ語のスラング)」がこのことをはっきり示した。老人ホームで暮らすある女性は、バス停に向かう途中ですれ違う若者たちがしょっちゅう口にするスラング「Bam Oida!」を耳にするにつけ、自分に言われていると思い気分を害していたが、このプロジェクトを通じて若者特有のボキャブラリーなどを知っていくと、世代の違いによる摩擦は和らいだ、と語った。

文化コードを読み解くうえで、バッググラウンドの共有は必須ではないものの大きな助けにはなる。これをよく理解している企業の人事担当者は、候補者の推薦状に「有能かつ臆さず意見を述べられる人物」とあれば「人からの批判を受け入れられない人」と解釈する。職場の長が女性スタッフに対し「君は同僚や上司にもサバサバしてるね」と言う時、本心では「生意気で失礼な女」と思っている。

広告戦略にも影響する「文化コード」

マーケティングや広報担当者も、こうした「文化コード」をおさえて日用品に価値をつけ、消費者心理に訴える。消費欲を掻き立てるには、好奇心、性、美、幸福感を刺激するイメージが必要だが、国境を越える場合には注意が必要だ。

ある時、化粧品メーカーのロレアル社は新しいPRキャンペーン展開を企画していた。テーマは「誘惑 = SEDUCTION」だ。さまざまな国の数百人にインタビューし、人々がより共感を覚える「コード」を調査したところ、その結果には国民性がくっきりと現れ、ロレアル社は当初のPR戦略を転換させることとなったのだ。

「誘惑」はフランスでは概ねポジティブに受け止められた。フランス人女性が目指しているのはナチュラルな雰囲気の魅力で、そのために鏡の前でたっぷり二時間かけて「すっぴん風メイク」を作りこんでいるとのこと。イタリア人男性は自分たちのフェミニン性を認識し、身だしなみを整えるのに多くの時間をかけていた。他国の男性よりも「誘惑」に気晴らしの要素が強かった。英国男性は「誘惑」に全く関心を示さなかった。アメリカでは男女ともに「SEDUCTION」という言葉に不安感を持った。というのも、この言葉には「相手を操る」というニュアンスがあるから。

この結果を踏まえ、ロレアル社は米国向けには違う路線の広告を打ち出した。誘惑ではなく「自信を高める」ためにロレアル製品をと。スローガンは「Because you’re worth it(あなたにはその価値があるから)」。広告ではマイナスイメージを与えかねない要素は避けなければならないことを示す好例だ。

と言っても、実生活ではもっと巧みな使い方もできる。お酒を飲む、など自分にとって大切な習慣となってる行為が不適切に思われる可能性がある時に真意をぼやかすやり方だ。「ちょっとビールでも」と言うセリフが意味するところは「何かについてじっくり話し合う」もあれば「酔っ払うまでとことん飲む」の場合もあるように。でも、ここオーストリアでは、誰かと会って一杯で終わることなどありえないが。なぜなら、それがこの国の「文化コード」なのだから。

By Georg Wimmer
Translated from German by Edward Alaszewski
Courtesy of Apropos / INSP.ngo


『ビッグイシュー日本版』の【ルールのない暮らし】関連号

THE BIG ISSUE JAPAN337号
特集:“風”とおる暮らし
社会の縛りから距離をおき、ルールのない、自由で風通しのよい暮らしをつくる動きの特集です。 337_01s
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