カナダのモントリオールで発行されているストリート誌『リティネレール』では、2018年から「メンター制度」を導入している。メンター(指導者)として選ばれた販売者は、一般市民向けにスピーチも行う。これまでに話されたテーマは、再起する力、自尊心、ホームレス問題・メンタルヘルス・薬物依存などへの啓発。販売者の語りにさまざまな聴衆が耳を傾ける。


販売者たちは社会起業家でもあります。
『リティネレール』社会開発部門責任者のシャルル=エリック・レイヴァリは言う。
スピーチのトピックで多いのは、ホームレス状態とそこからいかに抜け出すか。人前で話すことで彼らの前進を助けるだけでなく、一般市民が「社会的包摂」の意識を持つ手がかりにもなります。
このプログラムは『リティネレール』誌のミッションを具現化したものであり、経験豊富な販売者が新入り販売者を指導する機会にもなっている。
私たちのミッションは社会的包摂の実現。これを実践・促進できることなら、なんだってやらなくては。

『リティネレール』にやってくる人たちはかなり切羽詰った状況にあるので、彼らがホームレス状態から抜け出すには迅速かつ効果的な介入が必要です。半年も経たないうちに販売活動をやめてしまう人が少なくないなか、長く続けている人はスキルを身につけ、うまくやっています。

販売活動を継続できるよう大手企業が資金提供

このメンター制度が実現できたのは、大手保険会社(グレート・ウエスト生命保険、ロンドン生命保険、カナダ生命保険)からの資金提供があったからだ。

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©Pixabay

おかげでスピーカーとなる販売者に報酬を払えるようになった。さらに、グレート・ウエスト生命保険とマルセル・アンド・ジャン・コトゥ基金からも資金提供を受け、トレーニング教材やパンフレットの費用、交通や食事に充てている。

『リティネレール』では販売活動を長く続けられるよう、ベテラン販売者が経験の浅い販売者に雑誌販売のノウハウを伝授し、トレーニングすることを重視している。スキルやこれまでの努力を買われて選ばれたメンターたちは、販売活動、宣伝、お金の管理に長け、文章を書くのがうまい者もいる。

これまでだと、販売者は現場で試行錯誤しながら独学で販売スキルを身につけていく必要があった。しばらく販売に立って、くじけてしまう人も少なくなかった。正しいテクニックを知り、しっかりした指導やサポートを受けられれば、販売活動を続けられる人も増えるはずだ。

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キャプション メンター制度に参加する販売者と話す『リティネレール』社会開発部門の責任者シャルル=エリック・レイヴァリ(黒のニット帽)。販売者は左から、イヴォン・マシコッテ、サイード・ファルコー、ムスタファ・ロトフィ、ジャン・クロード・ノルト、ジョー・レッドウィッチ (写真:Mario Alberto Reyes Zamora)

高まる帰属意識

メンター制度によって、指導される販売者のあいだに一体感や所属意識が生まれ、結びつきも強まります。これは私たちのミッションの一つ「エンパワーメント」にもつながります。指導を受けた販売者たちは、会議やその他のイベントで話をする機会を得ます。自分の人生を語ることで自尊心が高まりますし、販売活動について語ることを楽しんでいます。
とレイヴァリは言う。

2018年の「ベンダーウィーク(※1)」期間中、『リティネレール』ではオフィスを解放する「オープン・ドア・デー」を開催して約100人の来訪者があったのだが、このイベントを仕切ったのはこのメンター制度に参加している販売者たちだった。

※1ベンダーウィーク:世界中のストリート誌販売者(ベンダー)を称えるため、毎年2月の第一週目に開催される「国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)」主催のイベント。
https://insp.ngo/what-we-do/vendorweek/
すてきなイベントでした!販売者たちが私たち組織のミッションや活動をビジターに紹介しました。『リティネレール』の仕組み、自分たちの関わり、この活動がいかにして人の人生を変えうるか、イキイキと説明していました。彼らなりに(ホームレスへの)偏見や先入観を取り除こうとしたのでしょう。販売者たちは最前線に立つスポークスパーソンですから、彼らに参加してもらい大正解でした。

メンターが伝えられること

イヴォン・マシコッテは4年間の路上生活を経て『リティネレール』にやって来た。そんな彼も、このメンター制度はすばらしい取り組みとみている。

私たちはメンターであり、この雑誌のアンバサダー(広報大使)でもあるのです。新人に仕事のやり方を教え、アドバイスし、励ましたりもします。販売テクニックや文章能力を身につけ、生活が再建しやすくなります。このプログラムは絶対に続けるべきです。
もうひとりのメンター、ジョー・レッドウィッチは外部組織「モンド・ヌーヴォー協会」(非営利の市民シンクタンク)が主催する若者の社会参加に焦点を当てたプログラムにも参加し、ここで得た学びを自分が指導している販売者にも伝えた。

若い人たちと交流できて楽しかったです。彼らはインスピレーションの源、未来の希望ですからね。
指導を受ける販売者は、月6時間の活動に参加する。会議やワークショップに出席したりボランティア活動を行う。販売に関するオリエンテーション、コーチング、座談会もあり、お客さんへの自己紹介の仕方や関係の築き方など「売上アップのコツ」を教わる。さらには、根気強く活動を続けるための心構え、経費の管理方法、販売目標などについても話し合う。

チームワークが鍵

指導する側される側どちらにとっても、共に活動することが大きな力になる。

レッドウィッチもチームワークが鍵だと言う。
私が指導しているムスタファが販売場所で頑張っているのを見て、私たちがどんな販売者になるかを決定づける要素として、お互いの信頼関係がとても重要だと実感しました。メンター制度のおかげで親しくなれましたから。もう一人指導しているアニーとは、彼女の文章スタイルや書きたいテーマについて一緒に考え、有意義な経験でした。
指導を受けているムスタファは、「オープン・ドア・デー」イベントでリーダーシップスキルを磨くことができたと言う。
自ら率先して参加者と話すようにしました。メンターからいろんな提案があったおかげで、強い心を持って忍耐強くやれば目標を達成できると今では理解できます。お客さんに興味を持ってもらうには、恥ずかしがらずユーモアをもって接したらいいんだよね。
彼らがイベントを盛り上げてくれた、とレッドウィッチも認める。

経験豊かなイヴォン・マシコッテは、自ら培った知見を惜しみなく伝授してきた。
私はメンター制度のずっと前から、販売者の代表として販売者トレーニングに関わり、何度かスピーチをしたこともあります。当時は1日7〜8時間販売に立っていたから、さすがに大変だったけどね。いつだって他の販売者を応援してきました。雑誌販売はもう11年もやってますから、若い販売者たちに伝えられることがたくさんあるんです。

世代間をつなぐ

先日、メンターのマシコッテとレッドウィッチ、そして指導を受ける側のジャン=クロードとムスタファの4名は、社会的事業がテーマの二つの会議にゲスト参加した。その一つ、レテンドル大学(モントリオール市郊外ラヴァル)で開催された会議では、多くの若者が彼らの活動に関心を示し、たくさん質問してくれた。


何より大事なのは、このメンター制度によって世代を超えた協力関係が育まれていること。引退も近い販売者たちと若い販売者たちとの間にコミュニケーションが生まれています。知識の伝授は大切ですね。
と言うムスタファ。
メンター制度はぜひとも継続させるべきです。
レイヴァリは語気を強める。
販売者の話が聞きたいNPO、高校、大学、企業は『リティネレール』までお気軽にお問い合わせください。販売者にとっても有意義ですし、社会貢献にもなります。
By Geneviève Bertrand
Translated from French by Michelle Daniel
Courtesy of L'Itinéraire / INSP.ngo


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ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
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【小学校での講義】

小学生からビッグイシュー販売者へ鋭い質問!/大阪市立八幡屋小学校6年生の”キャリア教育”の出張講義

【高校での講義】

「ホームレスになったのは誰のせいだと思いますか?」という高校生からの質問に、販売者が答えた内容とは/大阪府立豊島高校にビッグイシューの出張講義

「野垂れ死のう」と思っていた元自衛隊員の販売者がインターナショナルハイスクールの高校生たちに伝えたこと

【大学での講義】

「ホームレスの人はどうして生活保護を申請しないのですか」/早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターの授業で、学生から質問

大阪大学の授業「平和の探求」にビッグイシューが登場。格差と平和と熱力学の関係とは

ビッグイシュー販売を経てアパート入居が目前に!/「市民大学」でビッグイシューの出張講義

父親が病弱、実家は貧困。上京してがむしゃらに働くも、ホームレスに…。中野区社会福祉協議会の「地域活動担い手養成講座」にスタッフと販売者が出張講義

【社会人向け講義】

ビッグイシュー販売を経てアパート入居が目前に!/「市民大学」でビッグイシューの出張講義

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。