近年、経済学者らの関心が「社会的格差」に向いている。(*1) そこで、ロンドン大学で金融ジャーナリズムの教鞭をとるスティーブ・シフェレス教授を迎え、社会問題がもはや経済問題と見なされるようになっている現在の状況について語ってもらった。
*1 英国を代表する経済シンクタンク「Centre for Local Economic Strategies」のCEOで経済学者ニール・マッキンロイも2017年度の「グローバル・ストリートペーパーサミット」で社会的格差をテーマに基調講演を行った。
ノーベル経済学賞の歴代受賞者らは、3年に一度、ドイツのリンダウ島に招かれる。美しく静かな環境の中で若手研究者らと経済学について議論を交わす「リンダウ・ノーベル受賞者会議」が開催されるのだ。 2017年度の会議は、世界各地で不安定化している政治状況を受け、議論はより活発化。主要テーマのひとつが「格差の解消」だったのは、想定外の展開だった。
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2014年度の受賞者ジャン・ティロール教授は、経済格差それ自体が「市場の失敗」を現していると述べた。 受賞者全員がそこまで明言した訳ではないが、「格差拡大」による政治的・社会的影響が経済界のトップたちの関心を集めていることは間違いない。
「格差」に関するパネルディスカッションも行われ、2000年度受賞者のジェームズ・ヘックマン教授が、米国と英国では他の西側民主主義国よりも急速に格差が拡大していると指摘。 富裕層に有利に働く税制改革に原因があると述べた。社会的流動性の低下(*2)、とりわけ低賃金労働者のそれについて懸念を示した。ここ数十年で急増したひとり親世帯の多くが低所得層であることもその原因と指摘。 彼は貧困層への賃金助成制度を整えること、保育補助金の増額によってひとり親の労働市場への参画を後押しすべき、と主張した。
*2 社会層が固定されていないこと。かつてのアメリカは低所得の家庭に生まれてもミドルクラス以上の社会経済地位を得られる「社会的流動性」の高い国だったが、近年はそれが低下している、と言われている。
ユニバーサル・ベーシックインカム制度賛成派の意見
2010年、労働市場に関する研究でノーベル経済学賞を受賞したピーター・ダイアモンド教授とクリストファー・ピサリデス教授は、経済事情に関わらずすべての国民に最低限の所得を支給する「ユニバーサル・ベーシックインカム」制度の賛成派だ。 ロボットやAIの急速な普及は大勢の単純労働者に脅威となり、政府の介入なくしては格差はさらに広がる。そのため、労働市場の混乱を招かないよう最低賃金より低めに設定するという前提で「ユニバーサル・ベーシックインカム」制度を支持する、とピサリデス教授は説明した。ダイアンモンド教授も、米国で広がる「格差」は今やしっかり向き合わなければならない問題となっていると語り、最近の論文でも、所得、富、貧困、社会的流動性などさまざまな格差対策で米国がいかに適切な対応を取れていないかを立証した。
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教育・研究・インフラへの投資不足、グローバル化の煽りで重工業分野で仕事を失った人たちへの不十分な補償...。こういった「政策の失敗」には、格差について議論することで焦点をあてられると考えている。また、子ども世帯への手当やベーシックインカム制度の導入など直接的にお金を渡すことが貧困対策になると主張。 必ずしも富の再分配をゴールとするのではない。米国の経済課題を解決するにはかなりの政府支出が必要となるため、「ポリシーミックス(*3)」の一環として富裕層への増税を検討すべきとの考えだ。
*3 複数の経済目標を達成するため、複数の政策を同時に適用すること。
米国では相続税の増額を、英国では住宅税の増額をすべきと提言。 現在は相続時のみ課税されるが、住宅が売れた時の資産売却益にも課税すべきとの考えだ。この政策により、多くの若者にとって手が届かなくなっている住宅価格にも良い効果をもたらせると考えている。
世界的な「格差」のパラドックス
今回の受賞者会議では、先進国のみならず途上国の格差問題にも触れられた。 「メカニズムデザイン」の理論で2007年にノーベル経済学賞を受賞したエリック・マスキン教授は、世界的な国家間格差は縮小しているものの、中国やインドの急速な経済成長によって途上国間の格差が広がるというパラドックス状態にあると指摘。この状況は「比較優位の理論(*4)」とも矛盾し、世界的なサプライチェーンや通信ネットワークの統合により国境を越えたビジネスが可能になった今、むしろこの理論は当てはまらないと述べた。*4 19世紀に経済学者デヴィッド・リカードが 提唱した、グローバル市場に参入することで貧しい国の単純労働者の賃金も上がるとする理論。
この「リンダウ・ノーベル賞受賞者会議」の目的のひとつは、若い研究者たちが今後フォーカスすべき新たな研究分野を見直す機会を与えること。 こうした議論を重ねることで、次世代の経済学者たちが貧困や格差問題への新たな切り口を提案してくれるかもしれない。
経済学は、現実に起きている諸問題とかけ離れがちで、2008年のリーマンショックなど実際の危機を防ぎきれなかったことなどから「陰鬱な科学」とも揶揄されてきたが、この新しいアプローチが根付いていけば、その評価が一新される可能性もある。
By Steve Schifferes
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
リンダウ島で会議することのメリット
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