“火事で死ぬリスクと凍え死ぬリスク ”ー テント暮らしをしている路上生活者たちが直面する究極の選択について、カナダ(ブリティッシュコロンビア州)のストリート誌『Megaphone』の記事を紹介する。
自由だが仲間のいないテント生活 VS 安全だが厳しく管理されるテント生活
エヴァ・バルドネは、森の中の川沿いでひとりでテント暮らしをしていた。メイプルリッジ地区にある依存症治療センターから二度も追い出された彼女に所持金はほとんどなく、住まいを見つけられる見込みはほぼなかったからだ。しかし、身の危険を感じる経験をしたこともあり、昨年春からは同地区内にある「アニタプレイス・テントシティ」で暮らしている。最近数が増えているテントシティのひとつだ。(特にロウアーメインランド地区とヴィクトリア市、アメリカではシアトルやポートランドに多い)。
テント生活には多くの危険が伴うが、「火事」については認識していなかったと彼女は言う。森の中では「暖を取ることで精一杯だったから」と。
© Pixabay
「もちろんロウソクを使ってました。火おこし場で石を温め、テント内の鍋に入れたりしてました。」
かつての彼女のように、孤立した場所でテント暮らしをしている人たちは、警察や条例執行官らと揉めたことはあるが、消防士との接触はなかったと言う。アニタプレイス・テントシティのような市管轄のテントシティに来て初めて、消防士の干渉を受ける。おかげで火事に遭うリスクは減るが、夜間は寒さで震え上がり、場合によってはもっとひどい事態も起こりうる。
冬場に消防局がテントシティにやってきて消防ルールを適用するということは、ストーブやタープ(*)が没収されることを意味する。テント生活者は究極の選択を迫られる ー 孤立した場所に引っ込み火事を起こすリスクを受け入れるか、テントシティに留まって極寒の中で眠るか、もしくは気が進まないシェルター(避難施設)に入るか。
* キャンプで使われる日射しや雨を防ぐための広い布。
アニタプレイス・テントシティ 撮影: Geoff Webb
消防局は115人のテント生活者に対し、基本的な防火指導すらも行っていない。
「消防局は私たちに何らかの訓練をすべきです。火を消したことはあるけど、消火器を使ったことはありません。」
「とにかく凍え死にたくない。冷え切って、凍えて...体を温める手段がなくなるのが怖いです。仲間が凍死するのはもう見たくありません。」
Super Intent City Societyのサイトより
ストーブの没収、凍えるしかないテント生活者
バンクーバー市にある「シュガー・マウンテン・テントシティ」では、初秋のある朝、住人たちが目覚めると、バンクーバー消防救助隊がテントを切り裂いてテントに侵入、ストーブなど暖房器具を撤去しようとしているところだった。テントの外でのみ使用していたのにと住人たちは主張する。これから本格的な冬が始まるというのに、何の代替品も提供されなかった。この件について消防救助隊に取材を申し込んだが、回答は得られなかった。
「意図的ではないにせよ、路上生活者を危険な状況に追いやるため消防局が利用されています。」先述のアニタプレイス・テントシティの運営に協力している「ピヴォット法律協会(Pivot Legal Society)」の弁護士アンナ・クーパーは言う。
「(消防隊員は)確かに火災安全を判断する訓練は受けているでしょう。でも今は、テントシティの生活全般を判断する立場に置かれているのです。」
タープに引火するリスクと低体温症や肺炎になって病院に運ばれるリスク、これらを比較評価することなど消防局にはできない、というのが彼女の意見だ。
「ホームレス反対派の人たちからバットで殴られるリスクだってあるんです。」
路上生活者らの若すぎる死
州検死局の記録によると、2007〜2015年に亡くなった路上生活者の死因は、7名が「火事」、8名が「厳しい気候」だった(※)。ただし、これらの数字には(酌量すべき事情がある場合を除き)肺炎による死が含まれていないし、医者にかかって亡くなった者も対象外だ。調査対象となった死亡者の97%は「若すぎる死」とみなされた。さらに2015年度は、シェルターで亡くなる人より路上で亡くなる人の数が上回った。※『Megaphone』の最新報告書『路上で死ぬこと(Dying on the Streets)』参照。
年明けの寒さ厳しい時期に実施された「バンクーバー市ホームレス人口調査2016」によると、ホームレス状態の人々の42%に疾患があることが明らかになった。ブリティッシュコロンビア州では、一般の人の平均死亡年齢は76歳だが、路上生活者のそれは40~49歳である。
手をこまねいているよりも、税金を使って耐火性のタープやテントを購入した方が結果的に経済的、とクーパーは主張する。例えば、ヴィクトリア市は2016年、「スーパー・インテント・シティ」にパトロールの警官や市職員を置くために 567,000ドル(約4,600万円)をかけた。路上生活者の入院にかかる費用は月平均10,900ドル(約90万円)だった(※)。
※「Canadian Homelessness Research Network」「Canadian Alliance to End Homelessness」の報告書を参照。
Super Intent City Societyのサイトより
「暖かくてカラッと乾燥した状態が確保できないと病気になり、タープを1枚買うよりはるかに高額のお金がかかってきます。すでにどれだけの人が肺炎にかかっていることか。」
安価な可燃性タープの使用を求めるテント住人
「ザ・ストリップ・テントシティ」(サレー市)では2017年秋、地元住民のエリン・シュルテが中心となって、可燃性タープの使用許可を求める嘆願活動が行われた。耐火性より可燃性の方がはるかに安価だからだ。すると、500名を超える署名が集まった。嘆願活動を始めてからの3か月で、3件の火災が発生した。これは住人たちが禁止されている熱源を夜間にこっそりテントに持ち込むから。当局が熱源使用を認めないのは住人たちのことを懸念しているからというなら、何か代案があってもいいのに、と彼女は言う。難燃性タープが何枚か支給されたものの、テントを覆いきれず、テント内はまだジメッとしているそうだ。
「この(熱源禁止の)計画が冬も続行されるのかはわかりませんが、状況は悪化しています。零下になるとどうなるのでしょう...考えるだけでゾッとします。」
消防局の言い分
サレー市消防局の副局長マーク・グリフィオンいわく、消防局の昨年度の目標は「路上生活者を教育し、彼らの安全を守ること」だった。 「カナダで製造・販売されているテントにはラベル表示があり、そのルールに従わないといけません。」つまり、テント内での火気使用は認められていない。「テントで暮らす人たちは、設計時に考慮されていない行動を取りがちなのが難しいところです。」テント内では火を使わないようルール集を配布した。ロウソクやプロパンを没収するかわりに太陽光発電式ランタンや毛布の支給もおこなった。毛布はいったん濡れると乾きにくいのが難点だが、暖を取る方法が他に思いつかないとグリフィオンは言う。直近では、州の住宅部門を通じて耐火性タープを支給した。
「皆さんの不安やもどかしさは理解していますが、火傷を負う、時には命を落とす人たちを何度も見てきました。それが現実なのです。」
消防局が政治的に利用されている?!
11月の始め、ジェニファー・ニールソン=バードはテントが火事になり重傷を負った。チリワックの中心街にある教会脇で、一人ロウソクで暖を取りながら眠っていたのだ。テントと所持品すべてが灰になってしまった。周辺に仲間もおらず、ロウソク以外に安価に暖を取る手段はなかったのだ。こうした事故は、危機的状況にあるホームレス問題の二つの側面ー社会的な住宅やプログラムの深刻な不足とテント内や周辺で直火が引き起こす安全面への懸念ーを象徴していると「ブリティッシュコロンビア専門消防士協会」のゴード・ディッチバーン会長は言う。
「人々の生活を混乱させたいわけではありません。でも、直火やむき出しになった暖房器具が原因で火事が起き、危険な目に遭う人たちをたくさん見てきたのです。」
消防士たちは路上生活者への支援が足りていない状況を不満に思っている、とも彼は言う。テントシティの存在をよく思わない自治体がテントシティを撤去するために消防局を利用しているのではと訊ねると、そんなことはないと返ってきた。
「(消防局が)政治的に利用されているわけではありません。そんなこと、他の誰よりも私たちが望みません。われわれに課せられているのは安全確保なのですから。」
とは言いつつ、市や政府機関、支援グループからの指示がない限り、消防局がテントシティの点検に入ることはないとも発言した。
米シアトルで進むテントシティの環境整備
北緯49度線(アメリカとカナダの国境)の南に位置するシアトル市には、6拠点の認可テントシティがある。市が管理費を負担し、保険にも加入している。拠点ごとに支給されるものは異なる(湿気防止パレットテント、耐火性テントとタープ、毛布を夏期は5枚、冬期は10枚、等)。毎日24時間使えるキッチンが併設され、ほぼ毎晩温かい食事が提供される。シャワーが設置されているところもある。
各テントシティには常駐スタッフがいるが、住人たちも運営に参加している。テントシティとしての評判を高め、コミュニティ内の関係を良好に保つ責任がある。規模により異なるが、最大100人が生活できる。
シアトル市がこうした独自施策を進めるのは、住宅危機の煽りで膨らむ「路上生活者を一掃するコスト」を軽減するため。雨が多い冬場でも暖を取れる方法を取り入れている。
しかし、ここブリティッシュコロンビア州(カナダ)では、市の安全条例が「路上生活者を凍えさせる」ために使われているとクーパーは言う。「本当に凍えさせて、シェルターに入らせようとしています。」
「路上生活者だってきちんと話ができるし、交渉にあたることもできる。その認識がすっかり抜け落ちています。」
彼らがテント生活に舞い戻るのは、シェルターが混み合っている又は身の危険を感じるから。おまけにこの住宅難、鍵がかかる部屋には手が出ない。
「当局はホームレス当事者たちともっと話をすべきです。なぜルールを守れないのか、その事情について。悪意があるわけではないのですから」とクーパーは言う。「住人たちと話し合い、なぜルールに従えないのかを訊ねれば、ちゃんとその理由を話してくれますよ。」
自治体とテントシティ間で合意に至った初のケース
11月、「アニタプレイス・テントシティ」ではこんなことがあった。市側はテントシティに対し「差し止め命令」を出す構えだったが、その前に市側の弁護士らがテントシティの代理人であるピヴォット法律協会と話し合いの場を持ち、差し止め命令に代わる合意に至ったのだ。市側は差し止め命令を撤回、テントシティ側は「防火ルール」遵守に全力を尽くすこと、そのために必要となる設備は州の住宅部門(BC Housing)が提供することになったのだ。
防火ルールには、テント内や周辺で直火や可燃性アイテムを使用しないこと、テントに張るタープは1枚までとすること、1枚のタープを複数のテントで共用する場合は1メートル以上の高さに設置すること、共用キッチンには消火器を設置すること等が定められている。
市側とテントシティが裁判所命令を介して協力し、両者にメリットをもたらしたこの事例は、おそらく初めてか極めて稀なケースだ。これにより、タープやテント、暖房器具を目の敵にするのではなく、テント生活者が必要とするものを提供しつつ防火ルールも施行されることとなった。
他の自治体や消防局もこれに倣うべきだとクーパーは言う。
「テントシティに足を運び、安全のために住人たちと連携すべきです。こうした環境で暮らさざるを得ない人たちと話し合うのです。彼らが違反行為をする理由を訊ねればよいのです。」
何の援助も施さないより、税金を使ってタープ、毛布、耐火性テントを買った方がずっと経済的だとクーパーは主張する。
ゆっくり眠れる場所だから...
バルドネにとって、テントシティで暮らすことは周辺のホームレス反対派から目をつけられやすくもなる。最近では、宿泊施設「クオリティ・イン」の横を歩いていたら、黒い大型トラックが歩道に乗り上げてきて、危うく轢かれそうになった。5人の孫がいる彼女には、州の住宅部門から耐火性タープが支給されている。彼女自身も防火ルールを守り、タープを高い位置で張る、テントまわりを片付けるなど安全確保に努めている。
「ここではぐっすり眠れます。夜間テントに侵入してくる人はいませんし、住人同士でお互いのことを気にかけ合っていますから」法廷供述書の中で彼女はこう述べた。
ただし、こうも付け加えた。
「私たちにとって重要な問題は、いかにして暖かく過ごすかです。」
「アニタプレイス・テントシティ」の住人エヴァ・バルドネ
「ホームレス状態というのはほんとに困難です。頑張ってはいますが厳しいです。」
By Stefania Seccia
Courtesy of Megaphone / INSP.ngo
・市側と合意に至った「アニタプレイス・テントシティ」のニュース(英語)
▼スーパー・インテント・シティ
https://intentcity.ca
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