英国マンチェスター市内では、2007年から2年に1度「マンチェスター・インターナショナル・フェスティバル」が開催され、国内外アーティストが最新パフォーマンスや作品発表を行う場となっている。

2017年の動員数は20万人以上と言われているこのイベントの目的は、偏見にさらされたり、社会的に無視されている人々のストーリーに命を吹き込むこと。2019年は7月4日から21日で開催され、オノ・ヨーコがオープニングイベントに登場、世界に平和のメッセージを届ける予定だ。


前回2017年に開催された当フェスティバルでひときわ注目を集めたのが、英国の人気音楽ユニット「アンダーワールド(*)」による作品。ホームレス当事者らとコラボし、「マンチェスター・ストリート・ポエム」と題したアート・インスタレーション作品を披露したのだ。会場には市内の使われなくなった店舗を選んだ。

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* メンバーはカール・ハイドとリック・スミスの二人。映画『トレインスポッティング』で使われた楽曲『Born Slippy』が有名。2012年ロンドンオリンピック開会式の音楽監督を務め、国民的アーティストの地位を獲得。ダンスミュージック界の大御所として君臨している。

メンバーのひとりカール・ハイドが路上生活者から聞き出した言葉やフレーズで会場の壁を埋め尽くし、リック・スミスはホームレス支援センターでのインタビューで収録した音源を使ってパワフルな「音風景」を作り上げた。

来場者はハイドの制作風景をライブ鑑賞できるだけでなく、作品に参加したホームレス当事者らと会話し、この問題を深く知ることができる。ハイドの制作風景は会場に設置されたカメラで撮影され、ライブでストリーミング配信された。

『マンチェスター・ストリート・ポエム』予告編


路上生活者のストーリーを伝えるために

「この作品はホームレス経験のある人たちに舵取りしてもらいたかったんです。ミュージシャンである僕らは人々の注目を集めること、ストーリーを書くことはできますが、ホームレス問題の専門家はあくまで彼ら。彼らの力を借りてこそ、より多くの人に変化の起こし方を伝えられます。」

「うちの子どもたちは、路上で寝ている人を見ると、どうしてああなったのと聞いてきたものです。僕はまともに説明できませんでした。この作品はそんな問いかけに対する答えでもあります。人はなぜホームレス状態に至るのか、路上生活者とはどういう人たちなのか、僕自身知りたかったし、当事者たちにも発言の場があってもいいのではと思ったんです。」

このプロジェクト実現にあたっては、ホームレス支援団体(Manchester Homeless Charter、Mustard Treeなど)の協力も大きな後押しとなった。おかげで、路上生活者のみならず、知人の家を泊まり歩く人、一時的に施設に入っている人をも含めて「ホームレス問題」を考える作品が生まれた。

自身の経験からも「アート」でできることがあると確信

ハイドは音楽の道に進む前に、美術学校を卒業している。それもあって、人生の困難な時期にある人に「アート」だからこそできることがあると強く信じている。

「 自己意識を高めるためアートを活かした取り組みを行っているホームレス支援団体もあります。僕自身もうまくいってなかったときは、狭いアパートの片隅で絵を描いたり紙の置き物を作って、希望や自分らしさを忘れないようにしていました。」

「今回の作品の中で特に力強さを感じたのは、自分を受け入れてくれる心温まる場に行き、何かを作り出した人たちのシンプルなストーリーです。」

「ある男性は等身大の像を作って路上に持ち出し、道行く人々の反応を写真におさめました。アートなんてまともにやったことなかったけど、すごいもんだねと言ってくれました。彼はゼロの状態から何かを生み出したのです。」

「仕事や家がある人には大したことじゃないかもしれません。でも僕には、人生もうおしまいだ!と思えた状況から何かを生み出し、再びイキイキできること、それがどういうものかがよく分かるんです。」

大切なのはホームレス当事者を巻き込んだ作品づくり

作品づくりに協力した当事者のひとり、ジョー・ウィルソンは2013年に刑務所を出たあとで路上生活者になった。20年続いていた薬物常用から1年ほど前に足を洗い、現在はホームレス支援団体「ブースセンター」でボランティアをしている。

「この作品には、私のを含め多くの当事者のストーリーが込められています。大切なのはホームレス当事者を巻き込むこと。でないと、何をしたって無意味なものになってしまいます」と彼女は言う。

「この2年ほどは自分の部屋がありますが、以前はシェルターに泊まったり、週末は野宿をしていました。資金面から平日のみ営業のシェルターだったんです。」

「自治体も助けてくれませんでした。そこまで困窮していないとみなされたのです。ブースセンターです、ホステルに数日泊まらせてくれ、共同住宅にも入れてくれたのは。」

「この作品に関われたことは、すごくいい経験です。アートは自信を与えてくれます。自分にも芸術的センスがあるかもと思える感覚、これはたまりません!」

ホームレス支援団体「マンチェスター・ホームレス・パートナーシップ」と「マスタード・ツリー」のメンバー、ジェズ・グリーンは言う。

「参加依頼を受け、とてもおもしろいアイデアだと思いました。私たちからは、作品づくりの全工程にホームレス当事者を巻き込むべきだと提言しました。」

「企画としても会場としても異例の取り組みです。これまでにない包摂的な試みを皆で作り上げたのは素晴らしいこと。ハイドの制作風景を無料で鑑賞できますしね。」

「会期中はチームメンバーやホームレス当事者が在廊しているので、ホームレス問題や支援の受け方についてもお話できると思います。」

By Ciara Leeming
Courtesy of Big Issue North / INSP.ngo

マンチェスター・インターナショナル・フェスティバル
https://mif.co.uk

アンダーワールドによる作品『マンチェスター・ストリート・ポエム』
https://mcrstreetpoem.com



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