ビッグイシューでは、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、学校や団体などで講義をさせていただくことがあります。

今回の訪問先は、兵庫県・灘中学校の3年生の授業。社会科の片田先生が「同じ社会に生きるものとして、社会に出た時の“共感”の基盤をつくり、民主的な市民、行動する市民を育てていきたい」とビッグイシューに声がけいただき実現。

日本有数の進学校の中学生たちに、ビッグイシューからの言葉は届くでしょうか。
 

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「怖い」「くさい」「汚い」・・・忌憚のない「ホームレスの人」へのイメージ

出張授業の前にホームルームなどの時間を利用して取っていたアンケートによると、灘中の生徒の皆さんが持っていた「ホームレスの人」のイメージは大半がネガティブなものでした。

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灰色の吹き出しはネガティブ、黄色系がポジティブな色分けにしたところ、圧倒的にネガティブなイメージ

まずは、「ホームレス」として「怖い」「自堕落」といったイメージでひとくくりにしがちな思い込みに対して、これまでに数百人のホームレスの人たちから話を聞いてきた吉田が「ホームレスになる理由」をいくつか挙げていきます。
・会社の倒産
・病気・ケガ
・リストラ、派遣切り
・介護離職
・災害
・いじめ、人間関係・・・
など、本人の努力ではいかんともしがたい状況をきっかけに職や貯金、人間関係を失い、住まいを失っていく人がたくさんいるということ、そして「賃貸」と同じように、「ホームレス」は家がないという「状態」を表すに過ぎず、決してひとくくりにはできないということを説明していきます。

路上生活者が減っても、貧困問題が解決に向かっているわけではない

厚生労働省によると、日本の路上生活者の数はリーマンショック直後には3万人以上だったのが、最近では5000人を切っています。しかし、貧困問題が解決に向かっているというわけではありません。かなりの数の人が貧困状態に陥るリスクがあるといえます。

日本人口1億2千万のうち、働けない人、働いても厳しい状況の人はどれだけいるでしょう。
たとえば、障害のある人は860万人。(うち身体障害者393万7千人、知的障害者74万1千人、精神障害者392万4千人。※1)
ひとり親世帯は146万世帯、生活保護水準以下世帯は705万世帯。
ニート・フリーターは240万人。生活保護受給者は210万人。
さらに、寿命が延びることを受け要介護の高齢者は629万人(※2)からさらに増加する。それに加え少子化による労働人口の減少。この状態で、「働きたくても働けない人」「働いても厳しい状況の人」を「努力不足」「仕方ない」と切り捨てているとどうなるでしょうか。

※1:平成23年度厚生労働省調査によると、就業者の割合は身体障害者で45.5%、知的障害者で 51.9%、精神障害者の就業者で28.5%より)
※2:平成29年1月の厚生労働省調査より 

格差社会は、社会のどの階層にもストレスと悪影響を及ぼす

競争して切磋琢磨するのはよいのですが、行き過ぎた格差社会は社会全体に悪影響を及ぼすと言われています。英国のリチャード・ウィルキンソン氏は、格差の大きい社会ほど健康水準が低く暴力的など、どの層にとっても望まぬ事態が進行すると説いています。

「そんなのは海外の話」でしょうか。高齢化、貧困層の増加が進むと、国としてはどうなるでしょう。

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税金面では、「税金を払える人が減る」のは間違いありません。そうすると、解決策は
国として税収が減る場合
 →行政サービスが減るか、放置される人が増える

国として税収を維持する場合
 →払える人の税負担が増え、「なんで俺ばっかり」と社会が分断するおそれ・・・
社会保障費ではどうでしょう。社会保障以外の歳出を減らすことで、困る人が増えるかもしれません。また、その他の歳出を減らさない判断は、苦しむ人を支援できず、基本的人権を損なう恐れがあります。

「税金をどう使うかは政治家の役目」「多数派に選ばれた政治家であれば適切に使うはず」と他人事にしている状況ではなく、政治をもっと身近に考える必要があります。

一方で、社会は税金だけで動いているわけではありません。

仕事や人間関係や住まい、貯金を失って路上に出てしまった人に対し、たとえばビッグイシュー日本は「雑誌の路上販売」の仕事を提供することで当座の生活費を即日から稼ぐ仕組みを作っています。ビッグイシュー基金は、生活相談、低価格住宅の入居サポート(ステップハウス)、人とのつながりの信頼回復(クラブ活動)などで路上脱出を支援しています。

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このように、行政に任せきりにするのではなく、一人ひとりが「その状態に陥ったら大変だよね」と共感し、解決に向けてできることを模索し、少しずつでも協力することが必要になってくるのです。


路上生活からビッグイシューと出会い、アパートに入居している吉富さんの話を聞く

自衛隊での一部の先輩からの不条理なしごきや、その後働いたスーパーマーケットでは1日18時間以上といった苛酷な労働・・・といったリアルなエピソードが紹介され、生徒の皆さんは驚いた様子で「確かに、それなら辞めるしかないな…」という様子で吉富さんの話に吸い込まれていきます。

転職を繰り返すうちに辿りついた日雇いの建設現場では、持病を理由に突然クビになり、寮も失って路上に出てしまいました。吉富さんは、「人と繋がるのを諦めたら、ホームレスになった」と話します。

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しかし東京に辿りついた後、先輩の路上生活者に紹介され、ビッグイシューの販売を始めるように。今ではステップハウス(※)を経て、自力でシェアハウスに住めるようになったと言います。

そんな吉富さんに、「雨の日はどこでどう過ごすのか」「インフルエンザになったらどうしていたんですか」といった日常のことから、行政のこと、ビッグイシューの運営のことまでたくさんの生徒から様々な質問が途切れなく飛び出しました。

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Q:後悔していることや、これをやっていればよかったということはありますか?

仕事の面では、建設業に携わるのであればクレーンなどの免許を取っておけばよかったと思うことはあります。
大きなところでは、社会とつながりを持てなくなったことが反省ポイントかな。
多くの人と繋がっておくことは本当に大切だと思います。

Q:ビッグイシュー販売者の収支はどんな感じなんですか?

月の収入としては生活保護の水準には及ばないんですが、得た収入のうちシェアハウスの家賃が2万5千円、あとは食費などの生活費です。自炊して節約して、少しずつですが貯蓄もしています。

Q:アルバイトのほうがビッグイシューより割がいいんじゃないですか?

今僕は48歳なのですが、これまでのところ、風貌や年齢制限で応募しても断られてきました。40歳を過ぎると、住まいが確保できても、なかなか再就職は難しいですね。

Q:福祉や社会保障を利用しようとは思わないんですか?

僕の場合は、若かったこともあり「就職活動を頑張りなよ」と言われました。
今は、僕より必要な人に必要な支援が行きわたったらいいなあと思っています。

Q:路上生活で命の危険を感じることはあるんですか?

酔っ払いや暴力団員に絡まれることはありました。モノを取られることもよくあります。
特に若い人は野宿者を貶めてもいいと思っているのか、嫌がらせはしょっちゅうですし、僕はないですが仲間には包丁などで襲撃された人もいます。
ホームレスの人のことを怖い人という人もいますが、ホームレスの人のほうが世間の人を怖がっているんじゃないかな。

Q:ビッグイシュー日本やビッグイシュー基金の活動規模は?

ビッグイシュー日本の社員は16人、基金のほうは10人くらいです。
ビッグイシューは赤字ながら年間40万部ほど雑誌の発行をしています。
基金のほうはNPO法人として、年間4000万円ほどの寄付をいただきながら、「路上脱出・生活SOSガイド」といった生活困窮者向けの冊子を10万部以上配布するなどの活動をしています。(スタッフ)
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授業のアンケートで「自己責任論」が少数派に…

たくさんのことを伝えたあっという間の50分でしたが、授業後のアンケートの結果によると、心境に変化が出たことが伺えます。

「ホームレス状態になるのは自己責任と思うか」という問いに対しては、「とてもそう思う」「まあそう思う」と、自己責任論が6割を超えていましたが、授業後は「あまり思わない」「全然思わない」が自己責任論を逆転しました。

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また、「ホームレス状態の人がいるのは仕方のないことだ」という質問についても、同様に「とてもそう思う」「まあそう思う」と過半数が答えていましたが、授業後には逆転しました。

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生徒のアンケートからも、気づきがあったことが伺えます。

<授業前に抱いていたホームレス状態の人へのイメージ>

「自己の努力の終大成が将来の幸福感に直結するのであるから、かわいそうだとすら思わない。もっと努力してちゃんとした生活を送るべき」

「努力できない人種だと思うので仕方がないがかわいそうではない」

など、日本有数の進学校で日々並々ならぬ努力をしているからこそ感じるコメントが散見されましたが、授業後のアンケートでは、それぞれ気づきを得たことが伺われました。

<授業後>

「過酷な労働環境で働けなくなった人たちがホームレスになってしまうと聞いて、そんな人に努力しろとは言えないと思った」

「『仕方がない』で済ませてはいられないと分かった」

「年齢で職につけないっていうのは考えたことがなかった」
など、「自分と置かれた環境が違う人がいる」「貧困層だからといって努力していないわけではない」ということを踏まえた声があがりました。また、これから自分ができることとして
「直接、ホームレスの人たちを助けることはできなくても、せめてホームレスの現状を知り、差別や偏見を交えて“ホームレス”を捉えることがないようにしたいです」

「将来、国の制度を変えるような職につくつもりはないが、金が富裕層に一極集中するような社会を変えるため、世間の一個人として、声を上げたいと思った」

「ホームレスの方と触れ合う機会がない僕にはホームレスの方を作るような職場を減らすことなど間接的にホームレスの方を減らすようなことができそう」
等の自分事に置き換えた声が多く挙がりました。

ビッグイシューでは、街に出て路上生活者を見かけた時、ニュースで非正規雇用の人たちのことがニュースになった時、また大人になって仕事をするようになった時など、何かの折に「こんな授業を受けたな」「どうしてこのようなことが起こっているのか」と思い出し「自分に何ができるのか」を考えるきっかけとなる授業を目指します。

関連記事:
灘中学・高校では「道徳」や「公共」をどう教えているか~灘中学校 社会科教諭 片田孫朝日先生に聞く~(ベネッセ教育総合研究所/ビッグイシュー・オンライン編集部が取材協力)

あの灘中で中3から課題図書に!入学・就職を機に、ビッグイシューからのご提案


参考:灘での授業のスライドサマリ動画

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格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。(オンライン講義もいたします)
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 

人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか

より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。

図書館年間購読制度 

※資料請求で編集部オススメの号を1冊進呈いたします。
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販売者からの購入が難しい方に、コロナ緊急3カ月通信販売をお申し込みいただけます(2020年8月末まで)

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販売者から購入できない方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2020/04/12874/






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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。