2008年に東京と大阪で発足したホームレスサッカーチーム「野武士ジャパン」。いまではホームレス状態の人に限らず、ひきこもりやうつ病といった様々な背景を持つ人たちも参加している。年齢も参加の目的も異なる人たちが楽しめる場をつくるには何が大切なのか。2019年2月4日(月)、「野武士ジャパン」(以下、野武士)のコーチングにかかわってきたメンバーの経験を共有し合い、社会的困難を抱える人々へのスポーツコーチングについて考える勉強会が開催された。

1

「勝ち負け」からコミュニケーションへ

第一部では「野武士ジャパンとダイバーシティサッカーのコーチング実践」として、東京野武士コーチの中田彩仁さん、瀬川紘人さんが、それぞれにコーチングの工夫や意図を紹介。モデレーターを一橋大学教授の鈴木直文さん、NPO法人ビッグイシュー基金の長谷川知広が務めた。

野武士が発足した当時はホームレス状態の男性メンバーが中心。ホームレスワールドカップ出場などもあり、練習の雰囲気はいまとずいぶん違っていたという。「大会に勝つことが目的で、コーチはメンバーの“社会復帰”を意識して、スポーツの上達だけでなく私生活の言葉遣いなども厳しく指導していました。でも、厳しい指導についていけないメンバーもいました」と長谷川は話す。

2


ホームレスワールドカップ以後、試合に勝ちたい気持ちだけでなく、チームをコミュニティとしてとらえ仲間に会うのを楽しみにしているメンバーもいることに気づき、次第に野武士のコーチングは誰もが楽しめるような場づくりを意識したものへと舵を切っていった。

「最初は、なぜもっと厳しく練習しないのかと感じた」という東京野武士コーチの瀬川さん。しかし、参加を重ねるなかで、ホームレスの人の中にはコミュニケーションが苦手な人や障害のある人もいることに気づき、誰もが安心して楽しめる場を心掛けるようになったと話します。

中田さんは、
①安心できる場であること
②少しひねったメニュー
③あえて「連帯責任」になるメニュー
を意識しているという。「連帯責任」と言ってもミスを誰かひとりの責任にはせず、笑える雰囲気をつくることが大事だと言葉を添える。

野武士ジャパンの経験からダイバーシティカップでは、対人恐怖を持つ人も安心して場に入れるようアイスブレイクや自己紹介を取り入れるようにしている。足ではなく手を使って行う簡単なメニューも多く、高齢者や運動の苦手な人でも参加しやすい工夫がされていて、参加者同士の関係性づくりやコミュニケーションの要素を重視していることが伝わってきた。

3

高校サッカーとの共通点と差異

 第二部では、元大阪野武士ジャパンコーチの佐竹城さんと、豊島学院高校サッカー部顧問の早川幸治さんが登壇し、野武士ジャパンと高校サッカーでのコーチングの共通点や差異を探った。その議論の内容をグラフィックレコーダーの上園海さんが絵や図でまとめていく。

 佐竹さんは、大阪で野武士の練習を見たときに、「競技性ではなく社会性のサッカーであることにインスピレーションを受けた」と言う。文化としてサッカーがしっかり根付いているヨーロッパでは、サッカーには人の生活を豊かにするものという側面があり、そうしたサッカーの本質をあらためて意識するようになった。一方、身体能力の高い大阪の野武士メンバーに比べて、東京のメンバーは年齢が高い人や知的障害のある人もいるため、メニューの調整には今も試行錯誤している。

 私立高校教諭である早川さんの専門は体育。普段は70名が所属する高校サッカー部の顧問を務めている。ダイバーシティカップでは審判も担当。部活の指導にあたって生徒には「サッカー部は、競技としてサッカーをする場であり、ただ単に楽しい場ではない。人間的な成長を求めているので勝ち負けにはこだわる」と伝えていると話す。

4


 高校生へのコーチングで大事にしていることは ①自分自身に対して、厳しくなれるよう選手を導くこと ②ミスをする権利を与える ③「良い指導者とは、どのような指導者だろう」と常に考え続けること。「チャレンジを否定しない」点は、野武士も高校サッカーも共通しているが、ミスの原因を突き詰める厳しさ、あえて試練と向かい合わせる点が異なると早川さんは感じている。

 参加者からは「部活の場合はミスから学ぶという機会をつくる一方で、野武士やダイバーシティカップの参加者の場合は、ミスをすることに対して警戒心が強い人が多く、まずは自分がここにいていいという感覚を育てることが大事。チャレンジや失敗を否定しない点は共通するが、失敗へのアプローチは逆方向だと思いました」という感想もあがった。

楽しい場をつくるフィロソフィーとは?

5

 質疑応答のあと、グラフィックレコーダーの上園海さんがまとめた記録を見ながら話し合いを振り返り、一橋大学の鈴木さんがとりまとめを発表。「チャレンジとスキル<今の自分>のバランスがとれていると無我夢中で楽しめる。難しすぎると不安になるし、簡単すぎると退屈。できそうでできないバランスで課題が組まれていると楽しい」という話には、コーチングにかかわる参加者が強い関心を寄せていた。ほかにも、点をとる、仲間と楽しむ、応援する、などの多様なチャレンジを設定する必要性などが提示された。

6



 最後は「みんなが等しく楽しめるスポーツの場をつくるためのコーチングのフィロソフィー(哲学)をつくろう」をテーマに、テーブルごとでディスカッション。「目指すのは成功体験」「コーチが自分たちで考える機会を奪わない」「プレイヤーやコーチ以外の役割も提示していく」など様々な意見が出され、「解はないが、良い指導者とは何かを考え続けることが大事」という思いを共有して、勉強会は終了した。

(中村未絵)


概要)
社会的困難を抱える人々へのスポーツコーチング勉強会
~ホームレスサッカー野武士ジャパンへのコーチングの実践から~

日時:2019年2月4日(月)19時~22時
場所:リヴァトレ御茶ノ水(東京都文京区本郷2-3-7 お茶の水元町ビル1階)
主催:認定NPO法人ビッグイシュー基金
共催:ダイバーシティサッカー協会
助成:平成30年度 独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業

登壇:
長谷川知広(NPO法人ビッグイシュー基金)※モデレーター
鈴木直文(一橋大学教授)※モデレーター
中田彩仁(東京野武士コーチ)
瀬川紘人(東京野武士コーチ)
佐竹城(元大阪野武士コーチ)
早川幸治(豊島学院高校サッカー部顧問)

「社会性スポーツ」に興味を持った方へ

ビッグイシュー基金から独立して設立された「ダイバーシティサッカー協会」では、「社会性スポーツ」の試みを広げていくために、ボランティア・寄付サポーターを募集しています。活動に賛同いただける方は以下のページをご覧ください。
https://bigissue.or.jp/2018/03/info_1






過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。