2025年に開催が予定されている大阪・関西万博(以下、大阪万博)は、目標の一つにSDGs(※持続可能な開発目標)の達成が挙げられている。IR(カジノを含む統合型リゾート)の誘致と合わせ、経済の活性化が大きく注目されている。

この機会に改めてSDGsの根幹理念「誰一人取り残さない社会」を市民社会の視点から考え、経済・環境・社会のバランスをどのように捉え理想の未来を目指していくのかを議論しようと、2019年2月、「『だれひとりとり残さない社会』を考える 経済成長の光と影~ギャンブル依存症と社会的孤立」と題した学習会(※※)が開催された。


※SDGs=誰一人取り残さない社会の実現に向け、経済・社会・環境といった広範な課題に取り組むため、2030年に向け、世界全体が協力して取り組むべき普遍的な目標として、2015年9月に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に掲げられたもの。SDGsについて詳しくはこちら

※※社会福祉法人大阪ボランティア協会、特定非営利活動法人関西NGO協議会、一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク(以下、SDGsジャパン)の共同開催。


この会には佐野章二(ビッグイシュー日本 共同代表/NPO法人ビッグイシュー基金 理事長)、武田かおりさん(NPO法人AMネット事務局長)、新田英理子さん(SDGsジャパン事務局長代行)の3名が登壇、前半ではそれぞれの立場による意見・情報提供、後半では会場の参加者も交えてのパネルディスカッションが行われた。

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会場の市民活動スクエア「CANVAS 谷町」の様子

日本国内におけるギャンブル依存症の現状 
ホームレス化との根深い関連性

IR誘致の懸念材料として、ホームレス当事者の支援を通じて「ホームレス問題とギャンブル依存症との深い関連性を身に染みて感じるようになった」と話す佐野。ギャンブルで生じた借金から逃れるために、ホームレス状態へと至る者は少なくないと訴える。さらにホームレス状態からの自立を目指す際にもギャンブルへの強い依存が障壁となるケースもあると、支援現場の視点から両問題の深い関わりを指摘。

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佐野章二

しかし他の依存症とは異なり、ギャンブルへの依存は専門的治療を必要としない、自己責任の問題だと見なされる風潮が強い。ギャンブル依存症についての研究データの不足や依存症当事者による隠蔽傾向も相まって、問題の本質が可視化されにくいという点がこのような認識を生んでいると佐野は語った。

ギャンブル依存症に対する科学的見解では、アメリカ精神医学会が「病的ギャンブル(=ギャンブル障害)」の診断基準を1994年に作成して以降、アルコールや薬物と同様の依存症であると分類されている。だがこの分類は日本国内ではまだ浸透していない。

こうした背景から、ビッグイシュー基金ではギャンブル障害について研究会を発足し、2018年10月には、有病割合の国際比較や医学的考察をまとめた報告書を発行。この内容に沿って佐野はギャンブル依存症を取り巻く現状と課題を説明した。

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報告書『新版 疑似カジノ化している日本―ギャンブル障害を乗りこえる社会へ

報告書内で紹介されている調査によると、日本国内で生涯においてギャンブル依存症が疑われた者の数は推計で約320万人。有病割合は3.6%と世界的にも極めて高く、この裏にはパチンコに代表される電子的ゲーム機械(EGM)の存在が大きい。日本のEGM設置台数は全世界の58.1%を占め、依存症者の多くはギャンブルの手段としてパチンコを日常的に用いている。

これらの数字が示すのは、パチンコ産業によって日本全体が「擬似カジノ化」しているという事実だ。パチンコ業界は利用者数の減少などから斜陽化へと向かっているが、そのぶん射幸性を高めることでヘビーユーザーを確保し、「依存症ビジネス」の度合いを強めている。

※上記の内容は過去記事に詳しい。
疑似カジノ化している日本 ギャンブル依存症はどういうかたちの社会問題か?
世界のギャンブルマシーンの60%も集中しているギャンブル大国日本の現状レポート。



佐野は今後の課題として、安全規制による利用者の保護や自助組織との連携による社会的セーフティネットの強化などを挙げ、最後にビッグイシュー基金が取り組む最新の調査研究に触れた。2018年の終わりから2019年の始めにかけ、大阪市西成区のあいりん地区で実施されたホームレス状態の人へのギャンブル依存についての聞き取り調査は、大学機関との連携で分析が進められている。この研究結果によってホームレス化とギャンブル依存の具体的な関連性を明らかにし、社会が取り組むべき問題として広く発信していきたいと語った。

万博の夢洲開催で増大するコスト

武田さんは大阪万博における予算の分析を通じて、開催場所の再考を求める提言を行った。

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武田かおりさん

開催予定地である夢洲には万博前年の2024年にIRの開業が計画されている。

また経済産業省が出した2019年度の当初予算案(※)では、大阪万博の会場建設費は全体で約1250億円。
経産省ホームページより:「大阪・関西万博の概要について」

必要になるのは会場建設費だけではない。会場建設費に加えて、インフラが未整備である夢洲由来のコストが巨額なのだ。現時点で明らかになっている大阪市が負担する「夢洲地区の土地造成・基盤整備事業」は、954億円(出典:平成31年度予算 市長査定ヒアリング資料)。この額は2018年度における市の税収のおよそ14%に相当する。南隣の咲洲からの地下鉄延伸費は541億円と見られている。このうち202億円をIR事業者が負担すると同府市は見積もっているが、2019年3月19日時点で誘致の可否は未定であり、IRありきで事業を進めていることが伺われる。

また、国内のSDGs推進本部が定めた『SDGsアクションプラン2019』には「強靭かつ環境に優しい循環型社会の構築」が中核目標の一つに掲げられているが、同府市は夢洲の地盤改良や盛り土といった、環境への配慮が相当に必要な工事を2022年度までに完成させるという。急ピッチで仕上げられる事業に多額の税金が投入される妥当性を武田さんは問うとともに、IRの誘致を目的とした夢洲開催によって万博のコストが必要以上に増大している現状を指摘。

これらの理由の他、SDGsの理念にIRが矛盾する点を個別に検証し、大阪万博は夢洲以外の会場で開催されるべきだと武田さんは訴える。前回の愛知万博において市民の要望で会場変更が行われた例からアドボカシー(社会的な弱者の権利を擁護すること)の重要性を強調した。

SDGsが目指す未来を市民の手で実現するために

新田さんはSDGsが経済活動に「消費」されないよう、理念の根幹に立ち返って議論を進めていきたいと主張。社会包摂やディーセント・ワーク(「働きがいのある人間らしい仕事」)の具体的な内容を今一度明らかにし、外国にルーツを持つ人との共生や格差の是正といった課題に対する市民の声をボトムアップの立場から伝えていく必要があると話す。また、大阪万博での主軸の一つに掲げられている科学技術のイノベーションにも、倫理面での懸念解消は必須であるとその重要性を強調した。

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新田英理子さん 

SDGsの根幹理念である「誰一人取り残さない」社会を実現するには、政府と民間が互いに補完しあい、理想とする社会を作り上げていくというビジョンは欠かせない。新田さんは、SDGs達成に向けた日本政府の運営体制の課題にも触れた。現行では各省庁横断による推進本部によって実施が主導されているが、求められているのは市民も政府と対等な立場で協議が出来る、マルチステークホルダプロセスが保障された運営体制の構築だと指摘した。

新田さんによると、市民社会の声を政策に反映していける機会はたくさんあるという。万博のみならず、直近では2019年6月にはG20サミットの開催が大阪で控えている。これに平行して女性や若者、産業界、労働組合などステークホルダーごとに優先課題が盛り込まれるよう働きかける参画団体によるサミットは先行して開催される予定だ。SDGsの達成期限である2030年の社会に向け、こうした活動の積み重ねを、しっかりと政策に乗せていきたいと新田さんは展望を語った。


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資料として配布された「SDGsボトムアップ・アクションプラン 2018年秋バージョン」(SDGsジャパン制作)より

会場の声に応え、三者の話題を掘り下げたディスカッション

参加者の意見や質問に応答する形で後半のディスカッションは進められた。「市民の声で万博の会場変更は起こり得るのか」という問いに、武田さんは「愛知万博では実際に計画の見直しに至った」と回答。民主的な決定プロセスの重要性を強調した。

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また、「パチンコ業界のギャンブル依存症に対する認識を知りたい」という意見に、佐野は「治療に乗り出す積極的な動きはほぼ見られない」という見解を示す。入場停止措置などの厳格な規制を設けるスイス賭博法の例を参照しながら、業界には利用者のギャンブル依存を防ぐ責務があり、この達成なしに健全な娯楽文化は育み難いと述べた。

ディスカッションの進行役を務めた新田さんは「反対の声を挙げることも重要だが、代替案を出して具体的な行動へと繋げていけるよう、市民の声を集約して社会全体の底上げを目指していきたい」と当日の議論を振り返り閉会の言葉とした。








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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。