日本ほどではないにせよ、英国では葬儀費用がジワジワと上昇しており、葬儀業界の価格に政府が目を光らせ始めている。これまで、低所得者や貧困者が大切な人を亡くし見送る際には、政府からの給付金に頼るしかなかった。しかし近年では、もっと手頃な価格で葬儀をおこなえる新たな選択肢が出てきているという。

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ゴードン・マクギネスの父親が埋葬されている場所には、死後9年が経つというのに、いまだに墓碑がない。経済的に落ち着いたら墓石を買おう、とゴードンは考えている。父親が亡くなったときは、遺体を埋葬するだけで借金をしなければならなかった。

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© Pixabay


祖母と父親を6週間違いで立て続けに亡くしたのは、彼が23歳のとき。祖母には蓄えがあったものの、その大半はアルコール依存症だった父親が祖母の死の直前に使い果たしていた。祖母を追うかのように父親がこの世を去ると、ゴードンのもとには2つの請求書が残された。

当時、彼はスーパーマーケットチェーンの「テスコ」で週25時間働いていた。妹はまだ大学生。労働年金省の「葬祭費給付金*」を申請し、約1400ポンド(約19万円)を受給できた。それに祖母の蓄えの残りを合わせても、まだ1000ポンド(約14万円)不足していたため、ローンを組み、2年かけて返済することとなった。

「とても苦しい時期でした。悲しみに暮れているところにお金の心配がのしかかり、腹は立つし、かなりキツかったです」

*Funeral Expenses Payment 日本でも国民健康保険加入者が亡くなった際に同様の制度あり。自治体によって名称はさまざま。

リンダも似たような経験をした。海外に滞在していた彼女は、故郷スコットランドに1年里帰りしたのち、オーストラリアへの移住を計画していた。ところが6年前、故郷に戻った直後に母親が肝硬変で死去。母親は貧しく、リンダは仕事探し中の身だった。

そこで、葬祭費給付金を申請したところ、おじやおばたちの収入状況を確認する必要があるから彼らの国民保険番号を提出するようにと言われた。が、彼らとは絶縁状態にあった。問題はそれだけではなく、リンダは葬祭費給付金の受給条件となっている「福祉手当」を申請していなかったのだ。結局、リンダは家族に対する ”責任能力あり”と判断され、その時点では給付金を受け取れなかった。

葬儀会社に請求された前払い金400ポンド(約5万4000円)は、リンダの友人が肩代わりしてくれた。福祉手当を申請したところ、ようやく給付金が1000ポンド(約13万5000円)ほど支給された。とはいえ、葬儀代の総額は3000ポンド(40万5000円)を超えていたため、足りない分はローンを組むこととなった。

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写真: Mayron Oliveira (Unsplash)

「全額を支払うまで、母の遺灰を受け取れませんでした。お葬式のために借金するなんて、情けなかったです」

それから1年ちょっと経った頃、今度はリンダの父親が心臓発作で亡くなった。その頃にはフルタイムの仕事についていたリンダだったが、大学にも通っていたため、学費が重くのしかかっていた。「そんなこんなで、私の人生設計は大きく変わってしまいました。結局、オーストラリアへの移住はあきらめることになりました」

ゴードンもリンダも、搾取的な「葬儀業界」の、そして不備だらけの「葬祭費給付金制度」の犠牲者と言えよう。肉親を失って悲しむ人をさらなる苦境に追い込んでいる、そんな現状があるのだ。

この15年で2倍以上に膨れ上がった葬儀代とその余波

イギリスでは2004年以降、 葬儀代が2倍以上に膨れ上がっている。

保険会社サンライフによると、現在の平均相場は、火葬費が4271ポンド(約57万7000円)、埋葬費が4798ポンド(約64万7000円)。ところが、葬祭費給付金のうち、葬儀会社への支払いに充てられる金額はこの15年変わっていないため、給付金でカバーできる割合は減る一方なのだ。

イギリス初となる非営利の葬儀会社「カレドニア・クリメーション*」のジョン・ハリデーは言う。

「システムが不十分です。給付金が何も持たない人のためのセーフティネットであるなら、彼らに借金させるべきではありません」
*Caledonia Cremation (拠点:グラスゴー)
https://www.caledoniacremation.org.uk/



また、給付金の申請書は複雑なうえに、必ずしも遺族感情に配慮されたものではない。多くの書類を要求され、プライバシーに踏み込む質問も多い。実際、16〜17年にかけて給付金を申請した人のうち、受給にこぎつけた割合は61%どまりだ。おまけに、手続きを進めるには葬儀費用の請求書を提出しなければならない。つまり、申請者は受給できるかどうかがわからないまま、葬儀費用を負担しなければならないのだ。

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© Pixabay

多くの世帯が食べるのにも困る状況にあるなかで、貧困者の葬儀、すなわち「公費負担による市民葬」が増えている。故人に身寄りがない場合や、遺族が葬儀代を払えないときにとられる方法だ。英国の自治体が負担した昨年度の葬儀費用は540万ポンド(約7億2900万円)に達する。特にバーミンガムやマンチェスターといった、貧困が蔓延している都市部での支出が大きい。

葬儀貧困の実態を広める

そんな中、「葬儀貧困」についての意識向上を目指した取り組みがインパクトをもたらしつつある。 イングランドでは、葬祭費給付金の申請期間が葬儀後3カ月から6カ月に延長されるなど、多少の改善が見られる。スコットランドでは葬祭費給付金に関する権限が議会に移譲され、葬祭費給付金に代わって「葬儀費補助金制度(FEA: Funeral Expense Assistance)」が2019年夏ごろに導入される予定だ。

新制度では、手続きが簡素化かつ迅速化され、受給資格を持つ人は40%増加する見込み。また、上限が定められていた基本支給額は、物価の状況に合わせて毎年見直されるという。とはいえ、新制度をもってしても、給付額と実際の葬儀費用とのあいだの大幅なズレは埋まらず、せいぜいその差が拡がるのを食い止める程度だろう、とハリデーは指摘する。

「新制度は単なる代替策で、内容は現行制度とほぼ変わりません。根幹部分ではない点に関していくつか前向きな修正がされており、その点は歓迎します。でも必要なのは、もっと大胆な改革です」

「私たちは給付金の増額を目指して今後もロビー活動は継続していくつもりです。でもそれまでの間、貧しい人たちはどうすればいいのでしょうか」

葬儀の必要性を感じず、「直葬」を選ぶ人が増えている

古来より「故人を見送るには “荘厳さ” や “しきたり” が必要」という考えがある。そうした風潮をあおってきたのは、むしろ葬儀業界だ。しかしその一方で、火葬場を“冷淡な場”と感じる人が多いのも事実。一連の行事が流れ作業のようにすすめられ、亡き人の人生を称え尊んでいるようには思えないと。

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© Pixabay

そこで増加しているのが「直葬*」だ。その背景には、葬儀は故人にとって思い入れのある場所で行った方が意味があるのではないか、という心情がある(しかも安く済む)。

*通夜式や告別式などの儀式を省き、ごく親しい方数名で火葬のみを行う葬儀のこと。

直葬の場合、遺族は火葬場には足を運ばず、葬儀会社が遺体を搬送する。遺族はあとで遺灰を受け取り、好きなかたちで葬儀を執り行うことができる。

直葬が人気を集めていることを受け、イギリス南東部バークシャー州の葬儀会社「ピュア・クリメーション*」は、従来型の事業形態を改め、直葬専門の葬儀会社として全英規模で展開し始めた。同社の直葬費用は約1195ポンド(約16万1000円)だ。

*Pure Cremation
https://www.purecremation.co.uk

共同創業者のキャサリン・パウエルは言う。

「荘厳さや不必要なサービス、仰々しさを求めない人たちからの問い合わせが多いです。この自由さを理解していただければ、もっと多くの人が直葬を選択し、より自分たちらしいかたちで故人を見送れるようになると考えています」

低所得層向けを想定

ピュア・クリメーションでは低所得層の葬儀も数多く行っているが、同社はあくまで営利ビジネス。一方、先述のカレドニア・クリメーションは、低所得層を念頭に置いて創業された会社だ。

初年度には150件の直葬を執行。うち3分の1が、葬祭費給付金を受け取っている家族向けだった。「既存の制度は複雑で、直葬に必要な1400ポンド(約19万円)全額を受給することはできません。しかし当社の直葬費用は995ポンド(約13万4000円)と、給付金と同額です。当社を利用すれば、借金する必要もありません」とハリデーは言う。

同社のサービスは幅広い。火葬当日は従業員が参列し、故人に敬意を込めて頭を垂れる。遺族からの要望があれば、簡単な挨拶を述べたり、リクエスト曲を流すことも。遺灰は数日後、遺族の自宅に届けられる。

給付金にまつわるお役所的手続きのサポート、法要の手配、さらには、遺族の心のケアを行うグリーフカウンセリングまで実施している。

先ごろ同社を利用した20代前半の男性ロブは、父親を心臓発作で亡くし、途方に暮れていた。まだ学生のため、葬祭費給付金の受給資格はないと言われた。しかし、父親の看病にかかりきりになっていた彼には、葬儀代どころか食費さえ乏しかった。

「地元の葬儀会社にお願いしようとしたのですが、一番安い葬儀プランでも約400ポンド(約5万4000円)の前金を請求されました。絶望的な気分でした」

金銭面のアドバイスを提供する「マネー・マターズ*」に問い合わせると、ユニバーサル・クレジット(低所得層向けの給付制度を統合する制度)に申請すれば、葬祭費給付金の受給資格を得られると助言してくれた。また、カレドニア・クリメーションのことも教えてくれた。

「どんなサービスなのかを説明し、父の遺灰を取り戻せるから安心してください。遺灰が戻れば、思い出の場所に散骨できますよと言ってくれたんです」とロブが話してくれた。

*Money Matters
http://www.moneymattersweb.co.uk

地元自治体も葬儀のコストダウン対策

一部の地元自治体もここ数年、葬儀のコストダウン方法を模索している。

たとえば、スコットランドのイースト・エアシャー地区では、 「レスペクトフル・フューネラル*」というサービスを立ち上げ、低料金で葬儀を行う地元葬儀社の入札を実施。今では葬儀会社6社と提携し、1095ポンドから2000ポンド弱(約14万8000円〜 27万円)の葬儀プランを提供している。

*Respectful Funerals

https://www.east-ayrshire.gov.uk/CouncilAndGovernment/BirthMarriageAndDeath/


地元議員のエレナ・ウィッタムは言う。「この地区にある葬儀社の5分の1と提携しています。2017年4月にこの制度が始まって以来、地元住民は28万1638ポンド(約3800万円)を節約できた計算になります」

同じくスコットランドのスターリング市でも、職員のトム・レニーが考案した制度を試験導入。これにより、地元住民は1800ポンド(約25万円)で故人を埋葬できる。市の職員が責任をもって遺族と連携し、地元葬儀社に依頼して棺を搬送する。

イングランドでこの問題に最も力を入れているのが、慈善団体の「クエーカー・ソーシャル・アクション*」だ。同団体は、この問題への関心を高めると同時に、低所得層の葬儀費用を支援する「ダウン・トゥー・アース**」というサービスを運営している。

「葬儀まで何カ月も待たされれば、遺族の悲しみは深まるばかりです。私たちは、葬儀費用をできるだけ安く抑えられるよう手助けし、各方面から資金を集めるようにしています。何かしら受給資格のある給付金をもらえるよう手を尽くします。なかなか奇跡は起こりませんが」マネージャーのクレア・ブランドンは言う。

* Quaker Social Action
** Down to Earth

ロンドンの北西に位置するミルトン・キーンズでは、葬儀料の値上がりを受け、自治体自らが葬儀を執り行うことにした。葬儀サービスの担当職員が遺体を引き取り、棺も直接注文する。市民葬を望まず、葬儀会社も利用したくないという人も、市の支援を受けて手作りの葬儀を執り行える。同様のサービスは、イングランド北東部のゲーツヘッド、北西部のセント・へレンズやウィガン自治体でも導入されている。

2019年3月、英政府は公正取引委員会による葬儀業界の実態調査を開始した。葬儀社側が積極的に料金開示に応じているか、火葬会社の少ない地域はどこか、既存の制度や高額な固定費によって新規企業の市場参入が阻まれていないか等を調査する。

こうした取り組みにより、いずれは相場が下がる可能性がある。とはいえ、調査完了には1年半を要するらしい。よって当面は、手続きが煩雑で利用しにくい福祉制度が継続し、支援は行きわたらず、親族を亡くした人々はつらい立場に立たされる状況が続くだろう。

リンダは言った。「母が亡くなったときは、葬儀代を工面するのに必死で、母にしてあげられることを考える暇はありませんでした。すべてがあっという間で...もう少し違う方法で見送ってあげられればよかったと思っています」

*遺族の名前は仮名

By Dani Garavelli
Courtesy of INSP.ngo / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue



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