福島第一原発事故の直後、住民や避難者の放射能汚染を測定する福島県のスクリーニング検査の手続きが大幅に簡素化されていた。そのため、検査を受けた人やのちに甲状腺がんを発症した人が、自身の初期の甲状腺被曝量を把握できない状態になっている。




事故2日後、基準は10万cpmに。針が振り切れたのに「記録なし」

 福島市浪江町下津島(※1)から兵庫県に避難し、2016年に甲状腺がんの手術を受けた菅野みずえさんと、同市三春町在住で「原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)」の武藤類子さん、国際環境NGO「FoEジャパン」の満田夏花さんの3人が7月2日、福島県庁を訪れ、検査が簡素化された当時の状況を検証するよう県に要望書を提出した。

※1 現在も帰還困難区域

 福島県の「緊急時被曝マニュアル」によると、体表の放射線が40ベクレル/㎠(=1万3000cpm)を超えた場合には、一次除染と鼻腔スミア(※2)、甲状腺検査を行って再測定し、再び基準値を超えれば医療機関への搬送を行うことを規定。いずれの過程でも記録を残すことになっている。

※2 綿棒などを使って鼻の穴の粘膜をぬぐい、放射性物質の吸入の有無を調べる方法

 福島県は11年3月12日に1万3000cpmでスクリーニングを開始したが、翌13日には10万cpmに基準を引き上げ、同時に対応手順を簡略化。菅野さんは、同月15日に郡山市の郡山体育館で検査を受け、その際に測定器の針が振り切れる状態だったが「測定記録は残っていない」と言われたという。

 満田さんは「引き上げもさることながら、その後の甲状腺検査が行われなかった、記録を残さないなどの検査の簡略化が、現在の『甲状腺被曝データがない』という状態につながった可能性がある」と述べ、簡略化された経緯や調査結果の公開、県が保有するスクリーニング記録を個人情報に配慮した形で公開することを県に要望した。

被曝と甲状腺がんとの因果関係
資料や記録ないのに県は「事故由来ではない」

 菅野さんらは記者会見し、福島県地域医療課から新たな情報が出されたことを説明した。菅野さんが検査を受けた郡山体育館の会場では、災害医療センターと郡山市保健所がスクリーニングを行い、検査を受けた200人のうち、3万cpmから10万cpmが25人、10万cpmを超えた人はゼロだったという。ただしこれは、記録に残っている分のみ。一次除染者数、鼻腔スミアをした人数、医療機関に搬送された人数などは「情報がなくてわからない」。また、3月12日の基準引き上げの判断は、専門家や福島県立医大の意見を踏まえて福島県地域医療課が行い、通知を出したが、どのような協議が行われたのかは記録が残っていないという。

 菅野さんは15年2月に福島県内で健康検査を受けた時には甲状腺に異常はなかったが、16年2月に避難先の兵庫県で避難者検診をした際、「リンパ節に転移しており放っておけない甲状腺がん」と診断され、翌3月に手術を受けた。

 菅野さんは「子どもたちの甲状腺がんが本当に原発事故と因果関係がないのか県に尋ねたが、その答えは『資料はない、何もわからない』。資料がないのになぜ『原発事故由来ではない』と言えるのか不思議だ。10万cpmを超えた人がゼロだとは信じられず、記録が残っていないだけではないか。もし針が振り切れるような測定だった人は、ぜひ健康診断を受けてほしい」と訴えた。

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自らの体験と甲状腺がんの検査の継続を訴える菅野さん


 武藤さんは「原発事故当時の被曝、特にヨウ素被曝がハッキリしていない。疑問がある中で、県民健康調査検討会などで『現段階では放射線被曝との関連はない』とするのはおかしいし、時期尚早。外部の専門家や県民も検証できるよう、数値やプロセスも公開してほしい」と語った。満田さんも「これは日本全体の問題。しっかり検証して、その結果を今後に生かしていくべき」と指摘した。

 菅野さんは同日、郡山市で講演。その中で「郡山体育館で検査を待つ人はとても多く、200人を超えていたはず。中には嘔吐する人、気分が悪くなる人もいた。あの時にどれぐらい被曝していたのか知りたい。私と同じような人がたくさん県内にいるはずなので、継続した健診の重要性を訴えていきたい」と自らの体験を交え、健康を守る対策の必要性を述べた。

(写真と文 藍原寛子)


あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。
https://www.facebook.com/hirokoaihara

*2019年8月15日発売の『ビッグイシュー日本版』365号より「被災地から」を転載しました。

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