東京地裁(永渕健一裁判長)は9月19日、東京電力の旧経営陣3被告全員(※1)に対し、「無罪」を言い渡した。3被告は東京電力福島第一原発事故後、福島県大熊町の「双葉病院」から避難した患者44人を死亡させたなどの業務上過失致死傷の罪で強制起訴されていた。






※1 勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長

02年に地震・津波の可能性指摘。
安全対策を講じなかった東電、「予見可能性なし」と無罪に

 開廷直後、東京地裁前に集まっていた人々に無罪判決が伝えられると、「不当判決だ」「誰も責任を取っていない」「司法は被告を免罪するな」と怒りの声が次々に上がった。

 3被告はこの日も含めて一度も記者会見せず、一貫して無罪を主張。東京電力ホールディングスは「刑事裁判についてコメントは差し控える。福島の復興に誠心誠意、全力を尽くす」とコメント。

 一方で、検察官役の指定弁護士(※2)は「忖度判決だ」、被害者の代理人を務めた河合弘之、海渡雄一両弁護士は「歴史に汚点を残す、ひどい判決だ。指定弁護士は控訴してほしい」と批判した。

※2 検察が不起訴処分後、市民による検察審査会を経た強制起訴裁判を行う場合、裁判所は検察官を担う弁護士を指定する

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判決後、裁判所前では怒りの声が上がった(9月19日)

 指定弁護士は2002年に国の「地震調査研究推進本部(推本)」が大規模地震・津波の可能性があるとした「長期評価」を発表したが、東電は対策を先送りし、安全対策を講じなかった点を指摘。「3被告は津波を事前に予測することができ(予見可能性)、危険な結果を回避する対策を講じる義務があったのに怠った(結果回避義務)」とした。子会社が試算した「最大で15・7メートルの津波が襲来する」という調査資料を得ながら、防潮堤の設置や原発への浸水を防ぐための水密化、発電機の高所設置など、できるはずの津波対策を講じなかった点も主張した。

 ところが判決では、推本の「長期評価」が国の中央防災会議の計画に取り込まれなかったことなどを根拠に、その信頼性や具体性を否定。「予見可能性はなかった」とした。結果回避義務については、指定弁護士の指摘を否定して「事故回避には原発の運転停止しかない」と限定し、「社会的な有用性が認められている原発の運転停止をすれば、地域社会に影響を与える」と判断。「自然現象のあらゆる可能性に必要な措置が義務づけられれば、原発の設置、運転に携わる者に不可能を強いる」と原発停止の限界を認め、「仮に対策に着手していても、事故前に対策が完了できたかは明らかではない」といい、結果回避義務を認めなかった。

2度の不起訴後の「強制起訴」
東京地検の捜査資料が明らかになった意義は大きい

 本公判は2年3ヵ月前に始まった。住民からの告訴を受け、2度の検察の「不起訴」、2度の検察審査会での「不起訴不当」の裁決により、自動的に「強制起訴」されたもの。現実には「長期評価」の通りに津波が襲来し、多数の命が奪われ、今も避難生活を続けている人々がいる。「不起訴」とした東京地検が捜査の中で収集していた東電内部の資料が、指定弁護士の手で多数明らかにされた意義は大きい。

 筆者を含めて裁判を傍聴してきた人の多くが、原発の危険性、運転する企業の無責任さを改めて認識する公判になった。国民の生命や財産を守る義務を負い、東電に対策を強く求めていくべき国・原子力安全・保安院の弱腰も明らかになったが、この無罪判決により、政府が進める原発の維持や再稼働への拍車が懸念される。

 指定弁護士を務めた石田省三郎弁護士らは、専門家が学際的に議論してまとめた国の「長期評価」を裁判所が否定した点について、「科学的な問題に裁判所が介入していいのか」と指摘する。

 原発事故の被害者や避難者にも、さらなる苦しみを与えた。南相馬市から横浜に避難している唯野久子さんは「人をあんなに苦しめて、何年経っても元の生活に戻れない私たちがいて……、それでも被告は責任を取らなくてよいのか。裁判官はどこを見ているのか。私たちはもう、いっぱいいっぱいです」。

 東京高裁での審理継続を求める署名活動が福島県内外で始まり、忖度裁判へのピリオドに向けた市民の動きが盛り上がってきた9月30日、指定弁護士は無罪判決を不服として東京高裁に控訴した。刑事責任を問う審理は上級審で続くことになった。

(写真と文 藍原寛子)


あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。
https://www.facebook.com/hirokoaihara

*2019年10月15日発売の『ビッグイシュー日本版』369号より「被災地から」を転載しました。

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