精神疾患のある人たちはただでさえ苦しい状況にあるのに、偏見や差別に遭うとその苦しみは何倍にも膨らんでしまう。しかし現実には、日常生活だけでなく医療の現場ですら偏見を持たれている実態がある。この問題解決に向け「デジタルツールの積極活用」を提案するウェスタン大学(カナダ)のジャビード・スクヘラ准教授の意見を紹介する。

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精神疾患のある人への偏見ーー この問題に関しては長年、学校教育による啓蒙活動を通して、知識や理解を広げる努力がなされてきたし、オープンな議論もされるようになってきた。しかしそれでもなお、精神疾患のある者が医者にかかるという行為には偏見がつきまとっているのが実態だ。

精神疾患のある若者は、いったいどんな思いで医者にかかろうとするのだろうか? 長く苦しい時間を過ごした末に自分で勇気を振り絞ったのか、もしくは家族や友人に打ち明けて医者にかかってみたらと背中を押されたのか。

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Serena WongによるPixabayからの画像 

いずれにせよ医者にかかると決めたところで、まず突きつけられるのは「長い順番待ち」というのがカナダが直面している問題だ。若者は引き続き苦しい状態に置かれ、その間、病状はさらに悪化することもある。さらにひどい状態になると、救急医療が必要になることもあるだろう。

仮に、糖尿病の子どもと、不安障害または鬱病の子どもがいるとしよう。医者にかかるとなったときに、前者の子どもは(比較的すみやかに)最先端の治療を受けることができるのに、後者の子どもはカウンセリングや治療を受けるのに1年〜1年半の順番待ちとなることもざらなのだ。

それくらいカナダの精神疾患の医療現場は、慢性的な資金不足状態にあるのだ。医療従事者たち(医者、看護師、メンタルヘルスの専門家たち)も限られたリソースの中で奮闘している上、他者の苦悩にどっぷり浸からなければならない。そのうち、我が身を守るために“人間性”を捨てざるを得ず、他人の目にはあくせく働くだけのよそよそしい人間に映るかもしれない。患者たちは、まともに相手にしてもらえていないと感じるかもしれない。

精神科医である私は、精神医療の仕組みがそもそも破綻していると感じてきた。

病気の苦しみに加えて闘わなければならない 偏見

私が率いる「偏見(スティグマ)研究チーム」では、精神疾患のある子どもが小児救急科にかかった際に、たびたび 非難めいた態度を取られ、屈辱的な目に遭っていることを突き止めた。多くの医療従事者が、そうとは意識せずとも来院者に ”レッテル” を貼っていることも分かった*1 。悪気がないとはいえ、医療従事者らが患者やその家族に聞かせられない内容を口にしてしまうことがあるのだ。

*1 限られた診療時間の中で成果を出したい医療従事者は、患者に”面倒な人”というレッテルを貼ることで偏見をもった態度を正当化しやすい、等。
Labelling of mental illness in a paediatric emergency department and its implications for stigma reduction education


医療現場でも存在してしまっている精神疾患への“無意識”の偏見。これは、医療従事者向けにトレーニングやワークショップを開催したところで解決できる問題なのだろうか? 「偏見の軽減」を目指した従来の教育は“教室形式” で行われ、かなり”表層的” であることに問題があると考える。デジタルおよびソーシャルメディアの発達により、”大勢の聴衆”に”リアルタイム” で情報を届けられる現代だ。旧来の学習方法を変えられる可能性があるのではないだろうか。

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mohamed HassanによるPixabayからの画像

例えば、医学雑誌もソーシャルメディアを活用するものとしないものとでは、その影響力には大きな差がある。同じく、SNS上の “ハッシュタグ” キャンペーンも効果的だろう。教室の中だけで行われる教育よりも、拡散力のあるSNSで投稿した方が、医療従事者も含めた社会を動かす力があるのだ。 またデジタルツールは、医療従事者たちが最新の知識を取り入れるのに役立つと同時に*2、医療従事者同士の関わりを深め、協力体制を構築しやすいものにもしている。

*2 Wikis, blogs and podcasts: a new generation of Web-based tools for virtual collaborative clinical practice and education

偏見に関する知見に当事者や家族がアクセスできるようにすべき

その結果、「偏見の軽減」に関する教育や専門的知見に、患者や周囲の人はじめ誰もがアクセスできるようになるのだ。

その一例として、「子どもが感じる痛み」の研究がある。臨床心理士クリスティン・チェンバーズ博士が立ち上げた #ItDoesntHaveToHurt *3 という取り組みは、科学研究とメディアを結びつけることで、子どもが感じる痛みについて、エビデンスに基づく情報を保護者に直接伝えることを目指している。

*3 It Doesn’t Have To Hurt - Proven Pain Control for Children
https://itdoesnthavetohurt.ca


痛みを判断・対処するためのIT医療ツールは多数開発されてきたが、そのほとんどが患者や家族が利用できるものになっておらず*4、十分な効果をもたらせていないとチェンバーズは感じていた。そこで彼女が率いるチームでは、子どもの世話をする人たちに対象を絞ったデジタル戦略を考案。子どもが感じる痛みをコントロールするためのベストプラクティス(最良の実践モデル)についての知識を提供している*5。患者やその家族を巻き込むことで、より良い結果を生み出せる好例だ。

*4 Availability of researcher-led eHealth tools for pain assessment and management: barriers, facilitators, costs, and design
*5 病院に行きたがらない子どもを行く気にさせる方法など保護者が取り入れやすい情報をハッシュタグ #ItDoesntHaveToHurt で共有。小児がん治療の痛みにフォーカスしたハッシュタグ #KidsCancerPain もある。


デジタル技術を使うことで、偏見にさらされている当事者らを巻き込めるようになることが重要なのだ。偏見を軽減するためのツールを、患者やその周りの人、ならびに医療従事者たちに直接提供すること、そしてこの関係者たちを結びつけることに価値があるのだとわがチームでは実感しており、精神疾患への偏見に対処する良い方法になると考える。

By Javeed Sukhera
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo



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