路上生活者を想定していない新型コロナウイルス対策。手洗い・うがい・自主隔離が困難な人たちと支援者たちの苦悩

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界を脅かしている。英国のガイドラインには、しっかり手洗いしウイルス付着を防ぐこと、電話による医療相談サービス「NHS24」から勧告された場合は14日間の自主隔離をするようにとある。

「住まい」 がある人はこれでよいだろうが、路上生活者の場合はそう簡単にできることではない。特に冬場は厳しい寒さから逃れるため、路上生活者向けシェルター(緊急一時宿泊施設)に身を寄せる人が多い。狭い空間で多くの人と一緒に過ごすこととなるため、ウイルスの感染リスクは高まる。『ビッグイシューUK』(英国版)が、最前線でホームレス支援を行っている団体に対策状況を聞いた。

シェルターの運用方針は“オープンアクセス”だが…

数多くのシェルターを運営している団体「Glass Door」の業務責任者ルーシー・アブラハムは、同じ空間で多いときには35人が雑魚寝する状況の中では、 “自主隔離” がどの程度効果があるのか疑問だと言う。

「感染の広がりが予想される中、かなり早い段階から対策を検討してきました。まずは『スタッフ向け手引書』を準備し、国民保健サービス(National Health Service, NHS)のガイドラインにある通り、手洗いが重要であることをシェルター利用者やボランティアに繰り返し伝えてもらうよう徹底しました。健康状態を確認するための質問と対応策も提供しました」


<Glass Door ウェブサイトより>

質問 1 . 咳や高熱、息切れはありませんか?

質問 2. 家族に新型コロナウイルス感染者はいませんか? 濃厚接触していませんか?
https://www.glassdoor.org.uk/


「当初は、過去14日間に中国・湖北省での滞在歴の有無を基準としていましたが、NHSのガイドライン変更に伴って質問事項を修正しました。ただし基本的な考え方は、感染リスクが高いとみられる人はシェルターに入れない、です」

2月27日、ビッグイシューの創設者ジョン・バードはBBCの討論番組『クエスチョン・タイム』に出演し、この状況を「社会的危機」と呼んだ*1。英国では、この記事の執筆時点(3月5日)で、85名の感染者が確認されている*2。最初に発見された感染者は、感染地域への渡航歴はなかった。Glass Door では、(感染が広がる)イタリア北部から帰国した1名の対処をめぐり当局に助言を求めたところ、感染リスクを判断した上でシェルター利用が許可されるということがあった。

*1 Here are John Bird’s top takes from last night’s Question Time
*2 2020年3月23日時点では、感染5683名、死亡者281名。

https://www.theguardian.com/

感染が疑われる路上生活者をタクシーで自主隔離が可能な施設へ送り届ける案も検討したが、「感染者は公共交通機関を利用しないこと」という国のガイドラインが出されたため、(念のため)この案はあきらめた。同ガイドラインには、救急科やGP(General Practioner: 日本でいうかかりつけ医)には電話/オンラインサービス/アプリで連絡を取ること、直接訪れてはならないともある。

「NHSに電話する、自主隔離するというガイドラインは、行き場のない路上生活者にはあてはまらないと考えています」アブラハムは言う。

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papannonによるPixabayからの画像 

「電話が使えない人もいますし、体調が悪いときの路上生活は過酷すぎます。そのためかなり早い段階から、路上生活者はどうやって自主隔離すればよいのかを当局の各機関に問い合わせてきました」

「現時点でもまだ、はっきりとした対応策はありません。私たちの運用方針は誰もが利用できる“オープンアクセス” ですので、希望者がサービス利用を妨げられるようなことは極力したくありません」
「すべての人の尊厳を重んじたい一方で、公衆衛生を維持する意義も理解しています。そのため、(感染の疑いがある人には)シェルター利用を断らざるを得ない場面も出てくるでしょう。ではその人はどうやって自主隔離すればよいのか、次の一手を検討しなければなりません」

Glass Door では、「手洗いの大切さ」を訴えるポスターを掲示しているほか、シェルター間の移動に使われるワゴン車に常備する消毒用ハンドジェルの在庫補充に力を入れている。

Glass Door
https://www.glassdoor.org.uk

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『ビッグイシュー韓国』の事務所で販売者が使っている手の除菌ローション 

同様の感染予防策は、『ビッグイシュー英国版』の各販売事務所でも実施している。3月初め、ホームレス支援の慈善団体「Housing Justice」がシェルター向けに特化した助言を発表した*3。「ホームレス博物館(Museum of Homelessness)」では、毎週開催している「連帯」がテーマの参加型セッションで、この助言にもとづく対応策を取り上げた。

*3 Advice for Night Shelters on the Coronavirus
https://housingjustice.org.uk/

「普段から施設の衛生には気を配っていますが、今はそれを最大限に引き上げなければなりません」博物館の共同設立者ジェス・タートルは言う。

「私たちにとってまず大事なのは、施設の利用者とボランティアの安全を確保すること。路上生活者の多くは普段から健康上の問題を抱えており、体調を崩しやすい・免疫力が低下しやすいので、支援する側も含め、皆が十分すぎるほどの予防措置を取ることが重要です」


Museum of Homelessness

https://museumofhomelessness.org

ただでさえ厳しい状況にある路上生活者たちに、さらなる試練

キングス財団の調査(2020年3月発表)*4 によると、入院歴のある路上生活者の数はこの5年で130%増加している。治療が必要な路上生活者の多さ(2018~19年だけでホームレス状態にあって一次診断または二次診断を受けた人は約28,000人)と、路上生活者は新型コロナウイルスの影響以前に、すでに厳しい状況に置かれているという点が強調されている。

*4 Delivering health and care for people who sleep rough: going above and beyond

Glass Door では、新型コロナウイルスの大流行が路上にまで及べば、基礎疾患を持つことの多い路上生活者たちが危険にさらされることを懸念している。「路上生活をしている時点で、暮らしは十分に厳しい状態。すでに多くの問題を抱えているところに、またひとつ新たな問題が降りかかってきているわけです」

「シェルター利用可否を確認しなければならなかった先のケースでも、本人は状況をよく理解していました。感染を拡大させないためにどうすべきかについて、一定の認識が広まっているとは思います」

慈善団体「Pathway」では、路上や簡易宿泊所で暮らす人たち向けの「速やかに実行できる適切な緊急時対策」を定めることを政府に要求している。自治体が隔離施設を提供すること、消毒用ハンドジェルを配布するための資金提供も求めている*5 。

*5 Pathway Coronavirus Statement

英国以外の国でも、ストリート誌の販売者たちは新型コロナウイルス感染拡大の影響にさらされている。販売者の多くはホームレス状態にあるか、一般の人よりも感染の影響を受けやすい弱い立場にある。今、路上での雑誌販売という仕事は大きな危機に立たされている。

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体温を計測する『ビッグイシュー韓国』の販売者

By Liam Geraghty

Courtesy of INSP.ngo / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue

日本ではビッグイシュー基金が対策を進めています

新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、ビッグイシュー基金では来所するホームレス当事者や生活困窮状態の人に、手洗いの徹底など予防策の情報提供、企業や一般の方から寄贈されたマスクの配布、体調チェック用の体温計の常備、健康相談会の継続開催、食料の提供、体調不良のみならず休養のための緊急宿泊費の貸付や個室シェルターの準備をし、予防を呼びかけています。3月13日時点で、新型コロナウイルスの感染者は確認されていません。継続して動向を注視し、他NPO、行政や医療機関などとも連携しサポートに努めます。

そして基金東京・大阪事務所では、当面の期間、感染症予防強化のため、開所時間の調整や飲食の制限(スタッフ・当事者とも)など、平時と異なる事務所運用を進めています。Amazonほしい物リストなども活用し、事務所に来られるホームレス状態の人や生活にお困りの方に食料品の配布をしています。大変ありがたいことに、Amazonほしい物リストに掲載した物品については充足しておりますが、ほしい物リスト以外でのご支援については引き続きご案内をさせていただいております。ご支援・ご協力をご検討の方は、以下のリンクをご覧ください。

https://bigissue.or.jp/2020/03/20031001/








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