新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によってもたらされる健康上の危険を理解することと、感染拡大をいかに食い止めるかが世界中のトップニュースとなっているこの数ヶ月だが、今、人々の関心は「経済的な影響」にも向けられている。 一体、自分の仕事や職場にはどのようなかたちで影響が及ぶのかーー。オックスフォード大学の「幸福感」の専門家が、各国の対策を分析する。

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  3月上旬に実施されたギャラップ社の調査では、米国の労働者の半数が「新型コロナウイルス感染症によって自分の仕事場に損害がある」と考えていることが明らかになった。今後数週間で、この数字はさらに増えるだろう。

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Photo by Ross Sneddon on Unsplash

筆者は同僚らと共に「幸福度(well-being)と経済学との関係」に関する研究を行っており、仕事が人々の幸福感にとっていかに重要なものであるかを幾度となく示してきた*1。仕事を解雇されることで生活満足度は大きく低下すること、そこから立ち直ることは困難であり、一度負った心理的な傷は別の仕事を見つけてからも消えるわけではない。

生活満足度が低下する要因の約半分を占めるのが「失業によって収入を失うこと」、残り半分は「自身のアイデンティティ、日課、人間関係の一部を失うこと」から来ていることも分かっている*2。

*1 Does Work Make You Happy? Evidence from the World Happiness Report
*2 What Makes for a Good Job? Evidence Using Subjective Wellbeing Data


現金給付は必須。より効果的なのは解雇を防ぐ資金提供

新型コロナウイルス感染症の大流行により職を失ったという報告は、すでに数多く挙げられている。米国では3月23日からの1週間で、新たに200万件以上の失業申請が行われる見込み*3 。このような、かつてない規模での失業者の発生は、人々の「幸福度」に計り知れないほどの影響を及ぼすだろう。

*3 3月最終週(3月30日 〜 4月4日)は660万件に達した(米国労働省)。

Free-PhotosによるPixabayからの画像
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この事態を受けてさまざまな対応策が提言されており、そのほとんどは「失った収入を国が負担する」というもの。
例えば、米国政府は単身者一人あたり$1,200(約13万円)の現金給付を行うとしている(年収$75,000以下で$1,200満額、年収$99,000以上は対象外)。夫婦子なしの場合は年収$150,000以下で$1,200満額、子どもには1人あたり$500が支給される。支給額は状況に応じて異なるものの、国民のおよそ83%が支給対象となる見込みだ*4。

*4 Coronavirus stimulus checks start next week: How much of the $1,200 payment will you get, when?
なお、トランプ大統領は2回目の現金給付を検討していることを明らかにしている(4月7日時点)。

このようなかたちの補償は必須ではあるが、“幸福度レベルを保つ上で” より効果的な経済対策は、 「一時的な有給休暇を可能とする資金提供」であろう。そうすることで “人員解雇を回避しながら”、労働の経済的・非経済的な受け皿となれるからだ。

デンマーク政府は、従業員を解雇しない民間企業に対して、3ヶ月間、給与の75%を補償する強力なプログラムを提案。英政府もこれを手本とし、休業を余儀なくされた企業経営者が従業員の雇用を維持する場合、1人月額2500ポンド(約33万円)を上限に、賃金の8割を支給すると発表した*5。これらはかなり思い切った措置だが、現在の状況を鑑みれば、全くもって“妥当” である。

*5 Denmark is helping those who can't work due to coronavirus – why isn't the UK?

フリーランス、個人事業主など、組織に属さない人たちへの支援が急がれる

その一方で、各国政府は自営業者ならびに「ギグエコノミー*6」で生計を立てている労働者への支援にもたつきを見せている。今やこの働き方に該当する人は英国だけで500万人近くいる。

*6 インターネットを通して単発の仕事を請け負う働き方。

「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保*7)」が推奨されている現在の状況では、企業側は従業員の在宅勤務を可能にするなど、“柔軟な働き方” の採用を迫られている。これにより、出張が減る、リモートワークが増えるといった動きが加速し、ワーク・ライフ・バランスを実現する上ではメリットがあり、長期的には人々の幸福度ならびに生産性アップにつながるだろう。しかし、これは全員に当てはまるものではない。小売業・医療、芸能の分野で働く人たちなどは、在宅でリモートワークというわけにはいかないのだから。

*7 具体的には、相手との距離を2メートルあけること。

F. MuhammadによるPixabayからの画像
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幸福度の観点から見ると、「ソーシャル・ディスタンシング」という呼び名はあまりふさわいものではないとも言える。もちろん、人々は今 “物理的な距離” をとらなければならないが、 “社会的つながり” はキープしなければならない。多くの人にとって、それは仕事を通じてもたらされるもの。たとえ会議がZoomやSkype経由で行われるようになったとしてもだ。

人々が仕事を失わないよう、政府はできうる限りの支援を

幸福度に関する研究で、失業問題に取り組む上で人々はどれほどの犠牲を払えるかを見たものがある*8。人々は失業率が1%増になるのを防ぐためなら約1.7%のインフレ(物価上昇率)を犠牲にしても構わないと考えていることが示された。

*8 英国ウォーリック大学の経済学者アンドリュー・オズワルド氏らによる研究「Preferences over Inflation and Unemployment: Evidence from Surveys of Happiness

Pascal WiemersによるPixabayからの画像
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筆者らが2018年に発表した調査*9 においても、景気低迷時の人々の幸福度は、景気が上向きの時より2倍以上下がりやすくなるという結果が出た。雇用が脅かされる不景気に備えて保険に加入する傾向が強まることも示唆された。

*9 The Asymmetric Experience of Positive and Negative Economic Growth: Global Evidence Using Subjective Well-Being Data

幸福度の観点から「仕事」が人々にもたらす恩恵を考えると、政府は今のような非常事態時にできうる限りの対策を取り、国民が仕事を失わないようにしなければならない。

さらには、この危機とその対応として取り入れられている経済および公衆衛生対策が、職種間の格差を広げているという事実も認識しておかなければならない。社会が破綻しないよう危険に身をさらしながら働き続けてくれている医療従事者、ならびにレジ係、倉庫作業員、配達ドライバー、清掃員、管理人など大勢の労働者たち。この状況は間違いなく “幸福度” に影響を与えるであろう。この危機が終息したときに、彼ら彼女らの存在と献身を忘れないようにしなければならない。

By Jan-Emmanuel De Neve(Director of the Wellbeing Research Centre at the University of Oxford)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo


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