経産省“海や大気中への放出処分”を計画
強まる、漁業者、住民の反対

東京電力福島第一原発事故直後から毎日発生し続け、敷地内の巨大タンクに保管されている大量の汚染水。今、政府は地元の圧倒的な反対を押し切って、環境投棄に踏み切ろうとしている。重要な局面を迎えた現地からのレポート。


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海洋調査の測定地点から見た福島第一原発の建屋。今でも収束作業のクレーンが並ぶ。
だが建屋自体は意外なほど小さい
 

県内21の町村議会、反対決議 早期処理求める、立地の2町

 福島第一原発から出る汚染水(※1)は多核種除去設備(ALPS)で処理し、すでに約1千基のタンク内に保管されてきた。1日たりとも休めない冷却作業により、汚染水は毎日平均180トンずつ増加。東電は22年にはタンクが満杯になるとしている。

※1 政府や東電は「処理水」と表現している。 

 経産省のALPS小委員会は今年2月、汚染水の処分方法を、海か大気中に放出するなどの案を提示したが、地元団体の意見を聴く会では賛成はゼロだった。福島県、三春町、相馬市、川俣町など県内の21地方議会も相次いで反対決議をした。7月末まで市民の意見公募(パブリックコメント)も行われた。

 一方で、原発立地町の大熊、双葉両町長は8月、汚染水の早期処理を求める要望書を国に提出。自治体の足並みの乱れには、政府の復興推進会議による高額な復興予算と、「国際教育研究拠点」建設計画が浮上し、誘致を狙う自治体の思惑が透けて見える。

 2月の小委員会提言以後、最初に汚染水の海洋放出反対決議を採択したのは浪江町議会(3月)で、全会一致だった。その後、他の地方議会が相次いだ。

 浪江町の請戸漁港は福島第一原発に最も近い漁港で、漁業は農業と並ぶ地元の基幹産業。第1次産業への影響、農家や漁業者の就労意欲の減退、風評被害などが予想され、「地域住民の感情を無視したものであり、被害者に更なる苦痛を強いるもの」(浪江町反対決議)と強い文言で反対している。


「海の汚染実態を知りたい」
15年から地元NPOが海洋調査 

 決議採択前の昨年12月、今年3月、6月と、毎議会、汚染水の自然環境下への投棄に反対の立場から質問をしてきた浪江町の馬場績町議は「汚染水を環境投棄すれば、自然環境や人体への影響は必至。町長は汚染水に関して『風評被害対策』しか指摘してこなかったが、町民の代表である町議から反対決議が出て採択されて以降、重い現状を受け止め始めた。国や東電もこうした地元の意見を聞き、『自然環境への投棄』は即刻、断念すべきだ」と語る。

  「海の汚染実態を知りたい」という市民の声に応え、2015年から年2~6回、地元漁師らの協力を得て、海と魚の汚染調査を続けてきたのが、いわき市小名浜に測定室を構える「いわき放射能市民測定室 たらちね」(織田好孝理事長)だ。地元で暮らす人の不安に寄り添い、食品測定や環境測定のほか、クリニックも開設。今年6月17日、海洋調査に同行させてもらった。

 この日早朝、事務局長の鈴木薫さんとスタッフの木村亜衣さんは、ワゴン車2台でいわき市を出発。富岡町の富岡漁港に着くと、漁師とともに、海水を量る「採水器」や、20ℓのポリタンク12個、海水を入れるための漏斗、バケツ、クーラーボックスなど、多くの機材を船に積み込んだ。かなりの力仕事だ。注意事項を確認してから乗船。富岡港の水を測定用に採取したあと、船は沖に出た。

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揺れる船の上でも手際よく海水をタンクに入れる、「たらちね」の木村亜衣さん(左)と鈴木薫さん 

過去5年間の調査で初めて
ストロンチウム90が検出下限値超え 

 この日は早朝から好天に恵まれ、海も穏やか。ほぼ毎回、海洋調査に参加している鈴木さんが言う。「寒くて波の荒い日もあり、船酔いする参加者が出た日も。今日、私たちは海に好かれましたね。特に穏やかです。漁師さんの船長の予測がバッチリ当たりました」

 沖に出ると原発の建屋が姿を現した。初調査の時「あんなに深刻な事故を起こした原発なのに、意外に小さい」と思わずつぶやいたと話す木村さん。確かに何十万人もが避難を余儀なくされた原因をつくった建屋は、広い海と空の間に意外なほど小さく感じられた。

 福島第一原発から1・5㎞沖の最初の測定ポイントに到着すると、表層海水をバケツで汲み、下層海水は採水器で採取してポリタンクに入れる。シロメバルが21匹も釣れた。

  「海の汚染は漁師だけじゃなくみんなの問題。海の測定を始めた時には顕著な結果が出るかと思いましたが、実際はそうではなかった。そこで、20年、30年と測定し、長期的に変化を追っていきたいと考えました」と鈴木さん。

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測定用にシロメバルをさばく、「たらちね」のスタッフ 

 この日の調査では、海水を採取した3地点の表層、下層から、検出下限値(0・0006~0・0007Bq /ℓ)を超えるストロンチウム90が検出された(※2)。測定全地点でのストロンチウム90の検出は、過去5年間の調査で初めてだった。その数値は0・0008~0・0017±0・0004~0・0005Bq/ℓ。  「私たちも驚いています。雨水や海流の影響か……、原因は未確定ですが、今後、専門家の意見を聞いて分析します」 

※2 たらちねの海洋調査の結果 
https://tarachineiwaki.org/radiation/result#kaiyou  


危機感持つ市民が連携
地元議会にも働きかけ

 「初めの頃は、海水を汲むことさえ難しかった。やがて自分たちで前処理をして測定器にかけることも学んできました。新しい発想や工夫が生まれるのに5年かかりましたが、技術面も向上。地道に続けてきたことで経年変化を知り、新しいことにも取り組めています」

 そんな新しい調査の一つに、食品のβ線(※3)測定がある。全国にある市民放射能測定室でも、β線測定を実施しているところは珍しい。これも、地元市民の「知りたい」「学び」「共働」の成果だという。今後は、放射性炭素の測定(※4)にも挑戦したいと考えている。

※3 高速度の電子からなる粒子線。トリチウム(水素の同位体)やストロンチウム90などの特定の放射性物質が自然崩壊する時に放出される。
 ※4 自然界にもともとあったものと福島原発事故由来の放射性物質を区別して測定できる。 


 一方、県内でも環境内放出に危機感を持つ人たちで「これ以上海を汚すな!市民会議」が発足。勉強会や街頭でのデモ、スタンディングなどが続けられている。「このことが、海洋放出に反対する他の団体や市民との連携を生み、県内各自治体議会の反対決議採択を後押ししたと思う」と話すのは、武藤類子さん(同市民会議)。

 三春町、会津若松市、郡山市、いわき市、南相馬市などの各地でも賛同者を募り、地元議会に働きかけている。新型コロナ感染予防で集会も難しくなりつつあるが、フェイスブックなどのSNSも活用。9月3日には経済省に対して海洋放出の反対声明を提出した。 (文と写真 藍原寛子) 

あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。
https://www.facebook.com/hirokoaihara 

* 次回は12月15日号に掲載予定です

*2020年9月15日発売の『ビッグイシュー日本版』391号より「被災地から」を転載しました。
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