ケニア、マサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。コロナ禍の影響で都市封鎖と夜間外出禁止令が出される中、象牙・銃器探知犬のゲージが天国に旅立った。 













※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系を一にする 

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Photo:山脇愛理

7年前マサイマラにやって来た
10月に引退予定だったゲージ 

「アフリカゾウの涙」(※2)のチャリティウォークで資金を集めて購入した象牙・銃器探知犬のガーヴィーとゲージがマサイマラにやって来たのは7年前だった。

ガーヴィーは後足の靭帯を痛めたことが原因で1年前に早期引退を迎えて、現在は海岸地方のビーチ沿いの家でリラックスした引退生活を送っている。 そして残ったベテラン犬のゲージも、2020年の観光客のハイシーズンが終わる今年10月に引退の予定だった。引退後に養子に迎えてくれる犬好きな飼い主も見つかり、ゲージも老後はゆったりとした生活を送れるように準備を進めてきた。

※2 アフリカゾウの保護のため、密猟南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともに立ち上げた。 

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7年間マサイマラを守り続けて引退寸前のゲージ 

そんな中、今年3月に始まった新型コロナウイルス感染症拡大の騒ぎでケニアの国境が閉鎖され、観光客は一人も来なくなってしまった。通常だと6月から10月までは観光客が増えるため、観光客を守ることも含めて象牙・銃器探知犬たちの仕事が忙しくなる時期であるが、ゲージの仕事も突然なくなってしまった。 観光客が訪れず公園の入場費による収入がなくなってしまったために、マラコンサーバンシーの資金も枯渇し、3月以降の数ヵ月の間にすべてのスタッフの労働日数が大幅に減らされてしまった。私自身はマサイマラを離れた1週間後に、コロナによる州封鎖令と夜間外出禁止令が出されたせいで、マサイマラに戻れなくなった。

当時、大統領がテレビとラジオで州封鎖令を放送した4時間後に、警察から夜間外出禁止令が出され、家に戻れない人が夜間、警察に袋叩きにされる映像がニュースで流れた。突然のことに、国中が混乱し困難に陥った。

空港と陸路が封鎖。
ゲージの体調が悪化しても移動できず 

マサイマラに戻れなくなった私には、マサイマラで起こっている細かな情報が入ってこなかった。通常は毎日飛行機が何便も飛んでいるナイロビからマサイマラの距離はあまり感じないが、空港と陸路が封鎖されて、マサイマラに入ることも出ることも不可能になってしまった。

後で聞いた話なのだが、ゲージはロックダウン(都市封鎖)が始まって数週間した頃から、毎日の訓練の最中に息をあげることが多くなってきていたという。ゲージの体調はその後少しずつ悪化して、ハンドラー(※3)は訓練をストップする決断を下した。ゲージの体力が落ちているのはみんな理解していたが、州境が封鎖されており、警察から特別許可を出してもらわないと、車は州を越えられない。何もできない状況だった。

※3 犬の調教師 


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マサイマラにやって来てから7年間毎日一緒に働いてきたロバートと 

ゲージは息が上がりスタミナが落ちていたけれども餌は食べていたので、とりあえずゲージの体調をモニタリングするしかなかった。そして州封鎖と夜間外出禁止令は何度も延期されて、一向にらちがあかず、州移動は不可能だった。

その後の2週間、ゲージは体調がいい日もあり、悪い日もあった。しかし、最終的にハンドラーから「ゲージの体調はかなり悪くなっている、どうしてもナイロビで精密検査をしてほしい」と電話がかかってきた。だが、ナイロビに連れてきたくても、警察の許可証がなければナロック州からリフトバレー州を通ってナイロビ州までの何ヵ所もある警察バリケードを通過することができない。

結局ゲージの体調はひどくなり、急きょ許可証を取ることになった。ナイロビにゲージが到着して車から降りた姿を見て驚いた。腹水がひどく溜まっていて、健康的な筋肉のしまったいつものゲージとは変わり果てた姿になっていた。ゲージと一緒にナイロビにやって来たのは、ゲージが7年前にマサイマラに来た時から付き添っていたハンドラーのロバートだった。彼は数日前に、コロナで強制的に取らされた休暇から封鎖された州を避けてマサイマラに帰ってきたばかりだった。

ハンドラーとの最後の別れ
普段の表情に戻ったゲージ 

「マラに戻りゲージの体型の変化と息の荒さに驚いて、すぐ電話をしました」とロバートは心配そうに説明を始めた。ロバートの不在中、ゲージを見ていた新しいハンドラーは、ゲージの変化の深刻さにまったく無頓着だったそうだ。仮に体調の変化に不安を抱いても、新米の立場から、管理者に警察からの通行許可を取って〝犬をナイロビまで移動してほしい〟とリクエストするのは無理だったのでないだろうか。 精密検査の結果、ゲージの腹水の問題は肝臓疾患ではなく心疾患だということが判明した。以前にティックフィーバー(ダニによって起こる疫病)の治療でケージは肝臓を弱くしていたので、心疾患だったのは意外だった。ゲージは1週間ナイロビのクリニックに入院して治療を受けたが、彼の心臓は投与された薬にうまく反応してくれなかった。薬に反応しなかった場合は、最悪の場合に安楽死を考えなければいけないのはわかっていたが、彼の心臓が回復してくれることを最後まであきらめたくなかった。 ゲージが引退後に養子に行くはずだった飼い主も会いに来てくれたが、心配する彼女の前でゲージは液体を吐き続けて、周りで起こっている出来事もわからないようだった。

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今まで一緒にマサイマラで働いてくれてありがとう、ゲージ 

翌日にはマサイマラに戻らないといけないロバートも「ゲージが養子に行ってしまう前に最後のさよならを言いたい」とクリニックまでやって来た。ロバートがゲージのそばに行くと、点滴を受けて弱々しいゲージの顔が一瞬、普段のゲージの表情に戻った。

「新しい家でゆっくり休めるといいな。今まで7年間一緒に働いてくれて、ありがとう」。ロバートはそう言うと、白髪の混じったゲージの頭を何度も何度も撫でた。 ゲージはその2日後の早朝に安楽死で天国に行った。彼の心臓は薬に最後まで反応せず、ゲージは食べることも飲むこともできず、吐き続けるしかない状態まで悪化していた。マサイマラのサバンナで暮らして、クリニックの部屋に慣れていなかったゲージ。最後はクリニックの庭の大きな木の下に寝転がって、最後の息を引き取った。まるで日陰でお昼寝している錯覚を起こしそうな、静かなおだやかな死の瞬間だった。

7年間、マサイマラの野生動物と観光客を一緒に守り続けてくれて、本当にありがとう、ゲージ。マラ川はワニがいっぱいで自由に大好きなスイミングをさせてあげることができなかったけど、天国でいっぱい大好きな水遊びができるといいね。 (文と写真 滝田明日香)



MARA SORA PROJECT支援金振込
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山脇愛理 

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以上、ビッグイシュー日本版394号より「滝田明日香のケニア便りvol.18」を転載。

たきた・あすか

1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務する。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。  https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。















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