ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった。「ゾウの大移動プロジェクト」に見習いとして参加する4人のレンジャーたちの付添として同行するが、57頭のゾウを移動させる途中で……。

※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。
移動距離は3時間ほど
重い体重による圧迫死を避ける
ムエア国立公園からアバディア国立公園までの道のりは車で3時間ほどかかる。リバース剤(※2)を打たれ麻酔から覚めた57頭のゾウたちは、6m近い高さのトラックにファミリー単位で載せて、一度に移動する。トラックのクレート(ゾウを入れる荷台車)は前後のコンパートメントに分かれていて、母親と子どもは一緒のコンパートメントに入れる。
※2 麻酔薬の効果を中和する薬剤。
成獣のオスがいる場合は、喧嘩や、互いの体重で潰される危険を避けるため、一つのコンパートメントに1頭を入れる。もとよりオスのゾウの体重は、そのゾウ自身が長時間横になっていても内臓が心臓を圧迫して死に至るほどだ。他のゾウに倒れかかったりすると、それだけで圧迫死の原因になる。そのため、50歳以上の年取ったオスゾウのダーティング(麻酔銃で撃つこと)は、槍で刺されるなどの人害が理由で絶対に必要な場合のみに限られる。よかれと思って治療をしても、麻酔から起き上がれずに死んでしまったのでは意味がないからだ。
移動トラックでの輸送にはドライバーとクレートを開け閉めするキャプチャーレンジャー数人以外に、獣医のエスコートが必要だ。午前11時ぐらいまでに、すべてのゾウのファミリーをクレートの中に入れてドアが閉まったとたんに、エスコートトリップが始まる。その場で、麻酔銃とドラッグボックスを抱えて、エスコート獣医用の車に乗り込んで巨大なトラックの後方につく。

問題があれば車を止めてクレート内をチェックする以外にも、何もなくてもトラックが止まれる場所で内部をチェックする。大きな道路でないと、高さ6mのトラックは電線に引っかかったりもする。小道に入ると、トラックの荷台の上にレンジャーがT字型の木の棒を持って立ち上がり、電線を上に引っ張り上げてトラックを通す。感電の危険もあるので注意が必要だ。
移動するトラックに伴走しながらゾウの状態をチェックする
エスコートする獣医は、早朝4時起きでゾウをトラックに積み込み、さらにアバディア国立公園までゾウの移動に同行し、現場でゾウのリリース(解放)を確認してから、再びムエア国立公園まで車で戻ってくるので、キャンプには深夜近くまで戻れない。アバディアまでの移動時間は3時間と比較的短いが、移動時間が5、6時間もかかるような遠くの場所からの移動もある。2日続けてエスコートがあると、睡魔に襲われて事故を起こす可能性があるので、エスコート獣医は交代でやることになる。私もそのローテーションにあたって、アバディアまでエスコートした。最悪の場合は一体どんなことが起こるかとメンバーに聞いたら、笑って「ゾウがクレートを破壊して街中に暴走。そうしたら麻酔銃でまたゾウを捕獲して、そのゾウたちをトラックに」という返事が返ってきた。確かに最悪のシナリオだ。

エスコート当日の午前11時前、すべてのゾウが積み込まれるやいなや、「今日のエスコートチームは誰だ!?」との声。チームは通常、レンジャー2人、ドライバー2人、メンテナンス2人と獣医とアシスタントなどを含み、合計10人弱。その場でエスコートカー(ランドクルーザー)と輸送トラックにみんなで乗り込む。
巨大なトラックなのでゆっくりの移動かと思われそうだが、ゾウがクレートの中で過ごす時間を短くするため、移動スピードは速い。野生動物なので長時間人工的な囲いに入れているとストレスになる。クレートの中にいる時間は短ければ短いほどよいのである。そのため、モンスタートラックの何倍もの大きさの巨大トラックがものすごいスピードで道路を走っていく。前方を走る車にとっては怖いと思うが、そこは長年、動物輸送トラックを運転しているドライバーたち、敏腕である。巨大なトラックを反転させて細い道路に入るなど慣れたものである。
ムエア国立公園を出発してから2時間ほど過ぎた頃、トラックを止めて、2回目のチェックをすることにした。巨大クレートの中を見ることができるのは、ゾウの足が見える鉄格子の一番下の窓か、6mのクレートの天辺にある鉄格子のどちらかである。近くに寄って、下の鉄格子越しに中の様子を見てみる。最初のクレートの中では、ゾウたちの足が動いていてガンガンと鉄のクレートが揺れている様子が見てとれた。問題なさそうである。そして、次のクレートの中も鉄格子に顔を近づけてみると、鉄格子からはゾウのゴワゴワの皮膚しか見えない。え? 横になっている?

ゾウが横になっている!?
緊急事態発生で、トラックは爆走
移動中のゾウが横になってしまっていると、いいことはない。ほとんどの場合、自力で起き上がれないのだ。詳しい様子を見ようとしても、鉄格子の目の前に倒れてしまっているので一体どういう状態なのかまったく見ることができない。他のゾウもパニックになっているのかやたら動きが激しい。どうやら、倒れているのは母ゾウらしく、子どもが叫んでいるのも聞こえる。
麻酔薬の影響が残っているといけないので、鉄格子越しにリバース剤を追加するが、一刻も早くリリースサイトにたどり着くようにトラックを出発させた。クレート内では6tの動物の対処などできないから、できるだけ早くクレートの外に出さないといけない。
「クレートの中でゾウが横になっている」と本部の獣医に報告すると、ムエア国立公園からヘリコプターで他の獣医がアバディア国立公園に向かい、私たちと合流する手配が始まった。緊急事態である。
巨大トラックはさらにスピードを上げて、サイが突進していくように、アバディア国立公園に向かって爆走する。道路を走る小さな車たちはトラックを避けていく。そして予定より30分も早くアバディアに到着した。
私は走ってクレートの横の6mのハシゴをレンジャーと一緒に登り始めた。彼らが天辺の鉄格子のカバーを開けると同時に、中の様子を見てみる。小ぶりの母ゾウが床に倒れていて、その上に子ゾウが2頭かぶさっていた。大きな子どもは母親の首の上に乗り、小さな子どもは母親の顔と鼻に体重をかけていた。鼻を踏みつけているのを見た時、母親が生きている可能性は少ないと思った。他のゾウがパニックになって倒れているゾウを起こそうとしたりして揺らすので、クレートもグラグラ揺れている。息をしているのかどうかも、上からは見えない。
ゾウが中で激しく動くたびにクレートに体をぶつけて、トラックが左右に揺れる。私も鉄格子の枠にしっかり捕まって6mのクレートの上から振り落とされないようにするのが精いっぱいだった。
(文と写真 滝田明日香/11月15日号に続く)

たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。
「アフリカゾウの涙」寄付のお願い
「アフリカゾウの涙」では、みなさまからの募金のおかげで、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入、機体のメンテナンスや免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
山脇愛理(アフリカゾウの涙 代表理事)
寄付振込先
三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ

