ノルウェー中部トロンデラーグの警察では、麻薬探知犬の増員をはかっている。だが、1頭の警察犬が誕生するまでには、長い道のりが必要とされる。 

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更新審査を控える現役警察犬のジュニ。茂みの中に隠れた逃亡者を探す 

襲撃命令はめったにないが、 警察犬が対応した方が 容疑者の身が安全な場合も

 スヴェベルク郊外の森では、コッカースパニエルのチャチャが薮をかいくぐり、まっすぐに駆けぬけていく。仔犬のチャチャは初めての追跡に挑戦することになっていた。最初はとまどう様子を見せていたが、やるべきことがわかったようだ。頭を下げ地面に鼻をつけると、わずかにジグザグになりながらも、先に通った人物の足跡を見失うことはなかった。そして、とうとう拳サイズの赤いプラスチック製の目標物、通称「キング」の脇で立ちどまった。ご褒美に大喜びで跳びあがってしっぽをふるチャチャの毛は、秋の森を走ったせいで濡れそぼっていた。


「いい娘ね! よくやったわ! 合格よ。タイムはおまけしたけれどね」。ハンドラーのオドラーグがほめた。

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チャチャとオドラーグ

 トロンデラーグ警察の新人警官であるオドラーグは、生後14ヵ月のチャチャと一緒に暮らして2週間になる。訓練の目的は、さまざまな違法薬物を検知する警察犬へ育てあげること。だが、まだ先は長い。大麻やアンフェタミンを嗅ぎ分けられるようになる前に、警察学校の適性試験に合格しなければならない。試験では、人に囲まれた時どのように行動するか、どれくらい頭がいいか、足場の悪い場所でも捜索ができるかを見きわめる。

「統計では、適性試験に合格できるのは10頭のうち2頭です」と、トロンデラーグ警察で警察犬訓練の責任者を務めるグン・メルボルドは話す。

 メルボルドは訓練士歴30年。取材時には5頭の警備犬を担当していた。警備犬の任務は麻薬探知とは異なり、警察の任務全般だ。逃走中の容疑者の追跡、生死を問わず行方不明者の捜索、遺失物や盗難品の捜索。災害救助では雪崩に埋まった遭難者を探しだし、犯罪捜査にも参加する。さらに、逮捕に加わることに備え、襲撃訓練も受けている。

「警察犬のイベントでは、観客は襲撃するところを見たがるのですが、実際に襲撃を命じることはめったにありません。警察犬の日々の任務は追跡や捜索、麻薬探知なのです」とメルボルドは話す。

それでも、容疑者を襲うよう命じなければならなかったことが何度かある。「何よりそうした事態を避けるようにしていますが」

 メルボルドは、警察犬で対応する方がいいことも多いと話す。警棒などの武器を用いればより深刻なけがを引きおこすおそれがあるからだ。

「警察官は大きな筋肉を狙うよう訓練を受けていますが、興奮して暴力的になった容疑者はじっとしてはいません。緊迫した場面で警棒で対すると、身体のずっと弱い部分を打ってしまい、犬が噛むよりひどいけがを負わせることがあるのです」

怒ったり怯えても構わない
追い続ける資質があるかどうか

 現在、ノルウェー警察には240頭弱の警察犬がいる。うち80頭が麻薬探知犬、140頭が警備犬、6頭が爆発物探知犬、2頭が火災捜索犬、5頭が犯罪捜査犬だ。犯罪捜査犬は、血液・精液・死体の匂いを嗅ぎわけることができる。

 ハンドラーのダニエフが担当する現役の警察犬エンツォは「逃亡中の容疑者」を探す訓練を行っていた。エンツォはもうすぐ更新審査を受けるのだ。一度試験に合格しても、1年おきの更新審査で能力を証明しなければならない。

 追跡が最も難しいのは街なかだが、警察犬の出動が多いのも街なかなのだ。舗装した道路を逃走する強盗犯が残す匂いは、とてもかすかだ。 「舗装された道路を追跡できるようになるには長時間の訓練が必要です。森の中と比べ、色々な匂いがまざって容疑者を追うのがずっと難しいのです。人間には一人ひとり識別可能な独自の匂いがあります。このかすかな匂いを探知できるよう訓練します」

 メルボルドによれば、現在、警察犬の出動要請は供給を上回っている状況だ。「なかでも麻薬探知犬の増員をはかっているところです。地域の警察だけでなく他の機関からも麻薬探知犬の出動要請が非常に多い。もっと麻薬探知犬がいれば、大規模な取引現場や販売拠点をおさえることができるでしょう」

 警察学校の心理テストでは、犬がストレスにうまく対処できるかを確認する。脅威にさらされた時に、怒ったり怯えたりしてもかまわない。大事なのは次にどうするかなのだという。「たとえ怒ったり怯えたりしても、犬が噛みついたりせず脅威の原因を調べつづけるなら、警察犬に適した性格だと考えます」

 冒頭に登場したチャチャは、昨年10月に適性試験を受けたが残念ながら不合格に終わった。警察犬となるのに必要な勇気と闘志に欠けていたのだ。 今ではアウトドア好きの一家の飼い犬となっている。


 さて、今では立派に法律を守っている、ある男性が、警察犬に肩を噛まれた経緯を話してくれた。

「2000年の終わり頃の、ある金曜の夜でした。友達の家に5人で集まって、かなり飲みました。その後、街にくりだしてさらに飲みました。他の連中と別れ、僕はもう一人と連れ立って店を出ました。ソルシデン地区で建設中のビルの足場を見た時に思いついたんです。酔っぱらっていたので、どうなるかなんてろくに考えず足場を登り、中に入ると走りまわったりしてバカ騒ぎです。気がつくとだだっ広い階に一人きりになっていて、その時、友人の『静かに! 隠れろ!』という声が聞こえました」

「見下ろすと、通りにはパトカーが5台停まっていて、警官たちがビルに入るところでした。『まいったな』そう思った僕は、真っ暗な小部屋に保管してあった断熱材の束の陰に隠れたんです。ですがその時、動物が息をする音が近づいてきました。時を同じくして、懐中電灯の光が壁と天井の間を次々と照らしていきました」

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Image by Uta E. from Pixabay 

「もう駄目だと思いました。終わりだって。床にうずくまり、身を守ろうと頭を腕で覆った瞬間、犬が小部屋に入ってきました。巨大な犬が、恐ろしいうなり声をあげながら跳びかかってきました。肩に噛みつくと、僕を押さえつけたんです。震えあがった僕は『抵抗しません』と叫びました。当時は自分のことをタフガイだと思っていましたが、今ではとんでもないと思います」 「警察犬の出動は不要だったと思うかですって? いいえ、その反対です。犬がいなければ、私を発見できなかったでしょう。警察の立場で見れば、任務完遂でしょうね」

 (Trond Ola Tilseth/ Sorgenfri,www.INSP.ngo ) 

※上記は『ビッグイシュー日本版』313号(SOLD OUT)からの転載です。

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