再犯防止の新たなアプローチ:受刑者に秘められた音楽の才能に光を当てるレコードレーベル事業

 芸能人が違法薬物の使用で逮捕されるたび、出演作品の放送中止や販売差し止めがおこなわれる日本。それらは本当に必要な措置なのだろうか。罪を犯した人物との関わりを極力避けたい、という風潮からきているのかもしれないが、犯罪者をとにかく社会から「排除」していくことでは犯罪の根絶にはならない。排除されることで「まともな仕事」につくことができなくなると、生きるため仕方なく危ない仕事に手を出す、閉塞感から違法薬物に走るなどして、むしろ再犯率を高めていきかねない。それよりも、犯罪を犯した人たちが人生を立て直していける選択肢を増やしていくべきではないだろうか。


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Image by Jody Davis from Pixabay 

そんな選択肢の一つとして、スコットランドのミュージシャン、ジル・ブラウンが始めた取り組みを紹介したい。ブラウンは数年前から刑務所の壁の向こうに眠る音楽の才能を開花させる社会活動に取り組んできたが、この度、元受刑者のためのレコードレーベル事業「コンヴィクション・レコード(Conviction Records)*1」を立ち上げたのだ。アーティストの発掘で豊富な経験を持つ者たちのサポートも得て、元受刑者たちの音楽制作をサポートすることで、彼らが社会のどん底から立ち上がる力になりたいと考えている。

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Jill Brown  Photos courtesy of Jill Brown 

*1 Conviction は有罪判決、信念、所信を意味する。

米刑務所で生まれた楽曲にまつわるエピソード

1968年、米シンガーソングライターのジョニー・キャッシュがフォルサム刑務所で行った慰問ライブで最後の曲に選んだのは、自身のものではなく、その前夜に初めて耳にした曲だった。刑務官から「グレイストーン・チャペル」という楽曲の録音を渡されたキャッシュは、滞在中のホテルの部屋で歌詞を走り書き。急遽リハーサルをし、カリフォルニア州刑務所の受刑者たちの前で演奏したのだ。

最前列にはこの曲を書いたグレン・シャーリーがいた。キャッシュが「グレン、あなたが書いた曲を演奏します。ベストを尽くします」と曲紹介すると、強盗の罪で服役中だったシャーリーは、憧れの歌手に自分の書いた曲を聴いてもらっていたこと、さらにはその曲がステージ上で演奏され始めたことに度肝を抜かれ、喜びに打ち震えた。このような思ってもみない体験が服役中の者にどれほどの感激をもたらすか想像してみてほしい。

刑務所の高い壁、鉄格子に覆われた窓、固く施錠された扉の向こうで生まれた音楽には、“その後の展開” を見せたものがいくつかある。シャーリーの場合はキャッシュによるこのライブ演奏がきっかけとなって評判を得て、大きなチャンスをつかみ、その後、カントリー系シンガーソングライターとなったし、直近では、いまも服役中(無罪判決を言い渡されているが)のラッパー、ドレイコ・ザ・ルーラー(Drakeo the Ruler)が、LA郡刑務所にある公衆電話を使ってボーカルを録音し、アルバム『Thank You for Using GTL』を発表した。

元受刑者のためのレコードレーベル事業が誕生:スコットランド

スコットランド人ミュージシャンのジル・ブラウンは、グラスゴ―にあるバーリニ―刑務所で慰問ライブを開催したり、受刑者と一緒に演奏したりと、自身の才能を活かして社会を良くする ”ソーシャルグッド”な事業に関わってきた。コロナ禍で英国がロックダウンに入る前には、作曲ワークショップも開催。困窮者、受刑者、障害者たちとの音楽活動の経験がある “コミュニティ・ミュージシャン” のマット・トッド*2 も協力してくれ、活動していた。

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スコットランドのバーリニ―刑務所 Chris Upson / Wikimedia Commons

「受刑者らと一緒に演奏するときは誰かのカバー曲を歌うことが多いのですが、ワークショップでは自分のことばで歌ってもらいました」とブラウンは言う。ワークショップ参加者たちにダントツで人気だったのはヒップホップで、ラップ経験者も少なくなかったという。


*2 スコットランドを中心にコミュニティ・ミュージシャンとして活躍するマット・トッド

https://www.matthew-todd.co.uk/community-musician

「皆さんなかなかの腕前でしたが、特に才能を感じた人が数名いました」とブラウン。「監房に閉じ込められた生活をしている彼らにとって、このワークショップはそこから出られるチャンスであり、さらに情熱をもって何かに取り組める時間。とても強力な組み合わせとなっていました」

「このワークショップのことが広まり始めると、受刑者が ”自分たちが作った音楽は、出所したらどうなるのか”と訊いてきたんです」

そこで、刑務所から釈放された元受刑者たちと音楽の制作・販売をおこなう社会的なレコードレーベル事業「コンヴィクション・レコード」の設立を思い立ったのだ。現在はバーリニ―刑務所出身者のみを対象としているが、ゆくゆくは他の刑務所へも広げていきたいという。

米国でも「ダイ・ジム・クロウ(Die Jim Crow)*3」という、音楽の才能がある受刑者たち(元受刑者含む)の音楽制作をサポートするレコード・レーベル事業が立ち上がっている。コンヴィクション・レコードがよりフォーカスしてるのは、社会の片隅に追いやられた人たちが音楽を通じて自信を高め、刑務所に舞い戻らない人生を歩めるようにすること。その過程において、秘められた才能を発掘することができれば喜ばしい、というスタンスだ。

*3 2015年より活動。すでに5つの刑務所の受刑者約60人の楽曲を録音。

https://www.diejimcrow.com

「そんな変化をもたらせるのは何も音楽に限ったことではありません。でも、何かをうまくできて他人から才能を認められると、自尊心が自然と芽生えるもの。音楽という手段を使ってこの自己肯定感や人としての尊厳をもたらすことをやっていきたいのです」とブラウンは語る。

“前科がある人”にはスティグマ(偏見)がつきまといがちだが、そんな立場から抜け出したいとの思いを持っている人たちにこそ、レーベル事業で力になりたいと思っている。しかし、無用のトラブルが起こらないよう慎重な運営を心がけてもいる。刑務官らにも協力してもらい、服役中の素行は良かったか、再び“塀の中の人”にならないよう前向きな希望をもって釈放された人かを確認するようにもしている。

「人生をやり直したいという強い思いを持っている人たちにセカンドチャンスを提供したいのです」とブラウン。「といっても、音楽で自分たちが犯した罪を美化するような人たちと活動するつもりはありません。一番大事なのは安全性で、人々を危険にさらしかねない人たちとは仲間にはなれません」
「ワークショップでも凶悪犯罪人たちの参加は遠慮してもらったので、参加された人たちには、一般的に思われてるような怖い雰囲気はありませんでした。彼らがひどく恵まれない境遇にあったことは確かですが……」

2020年9月10日にリリースした新曲の売り上げはすべてコンヴィクション・レコードの運営資金に充てるつもりだ。ミュージシャンのかたわらメディア向け講座やプレゼン研修を提供する事業も行っているブラウンは、その収益もレーベル事業にまわしていきたいと考えている。

音楽の才能発掘スペシャリストとの協業

豊かな才能や経験を持ち合わせたブラウンだが、レコード・レーベル事業の運営は新しい試みだ。それだけに、A&R分野で豊富な実績があり、特にヒップホップ分野の才能発掘に長けている米国人音楽エグゼクティブ、エリック・マクレラン が関わってくれることになったのは大きい*4。そしてヒップホップは、ブラウンがこれまで活動を共にしてきた受刑者たちに最も適性が感じられたジャンルだ。

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エリック・マクレラン Photos courtesy of Jill Brown 


*4 A&RはArtists and Repertoireの略で、アーティストの発掘・育成、楽曲の契約・制作などを担当するレコード会社の職務。

「エリックとは4年前にエディンバラで開催された音楽セミナーで出会いました。人権問題や受刑者の権利にも熱い思いを持つ、音楽業界ではなかなか珍しいタイプの人で、レーベル事業、そして才能の発掘・契約についての知識をいろいろと提供してくれるありがたい存在です。それにA&Rの担当者としては、新しい才能を発掘できる機会がとても大事ですから、まさにギブアンドテイクの関係です」とブラウン。

エリックも新しいレーベルについてこう語る。「ジルとは数年来の付き合いです。彼女からレーベルの話を聞いて、すぐに協力したいと思いました。音楽業界は利己的な面も強いですが、彼女の取り組みはとても意義がある。共に才能あるミュージシャンを発掘し、コンヴィクションレコードのビジョンを実現させていければと思っています」

コンヴィクションレコードの所属アーティストたちが音楽の世界でスターダムにのし上がることは考えにくいかもしれない。でも、この事業を支える知識と本気度をもってすれば、スコットランドの受刑者の中から、ちょっとした有名人が現れる日も遠くないかもしれない。

By Tony Inglis
Courtesy of INSP.ngo
アイキャッチ画像:CreativaImages/iStockphoto

・ジル・ブラウン公式ページ
http://www.jillbrownmusic.co.uk

・新曲などの視聴はこちらから
https://jillbrown.bandcamp.com

・コンヴィクション・レコードTwitter 
Twitter https://twitter.com/ConvictionRecs?s=20

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