知的障害や精神疾患のある人が、年間何百人も殺されているーーしかも米国警察によって。とんでもない話だ。ワシントン・ポスト紙によると、2019年に警察による発砲で命を落とした999人のうち、197人が精神疾患を患っていた*1。

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米国では、精神疾患者が暴れ出した場合は刑事的また医療的な緊急事態とされ、ほとんどの場合、真っ先に現場に駆けつけるのは警察だ。しかし、警察官たちは危険を感じたときには命令を出し実力行使するよう訓練されているだけで、精神疾患のある人々への理解や対応経験はないに等しい。精神疾患者への警察の対応について、エモリー大学ヒューマンヘルス研究センターの非常勤講師ジェニファー・サレットの見解を紹介する。

*1 警察による射殺事件数の最新データ Fatal Force(The Washington Post)



2020年3月23日、ジョー・プルードは警察に通報して助けを求めた。精神疾患のある弟、ダニエル・プルードがニューヨーク州ロチェスターの自宅から裸同然で雪の中に駆け出したのだ。現場の様子を捉えた動画には、到着した警官がすぐに暴力的になる様子が映っており、ダニエルは警官から“唾フード*2”をかぶせられ窒息死した。

*2 つばを吐く、かみつくなどの行為を防ぐために警察が使用する拘束装置。

ジョージア州でも同様の事件があった。2018年4月23日、精神状態が乱れた状態で自宅を飛び出したシュクリ・アリ・サイード。通報を受けて到着した警察は、サイードがナイフを手に交差点に立っているのを発見。警察は5発発砲、首と胸に銃弾を受けたサイードはその場で死亡した。

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同月、ニューヨークでは黒人男性が銃のようなものを振り回しているとの通報があった。実際にはパイプだったのだが、それを向けられた警察はこの男を射殺。男性の名はサヒード・ヴァッセル、子どももいる34歳の父親。精神的に不安定なものの、人に危害を加えることはなく、地元ブルックリンでは顔の広い人物だった*3。

*3 参照:Saheed Vassell and the forgotten victims of police brutality

「脱施設化」で精神疾患者はどこへ?

米国史においては長きにわたり、精神疾患のある人は国の病院のような施設に収容されてきた。ところが1950年代以降、こうした施設内で身体的・性的虐待や、非人道的な行いが頻発していることが問題視され、収容施設を閉鎖して入所者を地域社会に溶け込ませる動きが数十年続いた。

「脱施設化」と呼ばれるこのプロセスの一環で、地域には「メンタルヘルスセンター」が設置され、施設から出てきた人たちに地域密着型のメンタルヘルス治療と支援を提供した。しかし1981年、当時の大統領ロナルド・レーガンがメンタルヘルスセンターの財源を大幅にカット。学校、住宅、医療サービスなど既存の地域社会サービスは精神疾患がある者たちのニーズに応えられるものではなかったため、精神疾患のある大勢がまともな教育を受けられず、職を得られず、ホームレス状態となっていった。

現在でも、精神疾患がある米国人の15%がほとんど支援を受けられていないとされている。家族と一緒に生活できている人や米国に500拠点ほどあるメンタルヘルス治療施設*4に入居できる人たちは良いが、調査からはホームレス状態に陥って安宿生活を送る者や刑務所に入っている者もいることが分かっている*5。精神疾患がある人たちは警察との接触リスクが高く、それが悲惨な結果をもたらす事例があまりにも多いのが現状なのだ。

*4 タイプも費用も多岐にわたる。
参照: Residential Mental Health Treatment Centers: Types and Costs
*5 参照:
Deinstitutionalization? Where Have All the People Gone?

精神疾患者の話に耳を傾けて - 当事者たちの声

避けられる死を防ぐ方法を突き止めたく、筆者は知的障害や発達障害がある人たちに刑事司法制度と関わった経験についてインタビューを実施している(回答者の名前は非公開)。彼らが警察と鉢合わせた際に問題が起きる理由、その一つは、知的障害者は強いストレス下に置かれると口頭での指示を理解しづらい点にある。

「一般の人は警察が何を求めているか難なく理解できるでしょうが、私にはそれがとても難しいのです」ある男性はこう述べた。追い込まれると“フリーズ状態”となり、この挙動が“抵抗”と捉えられると、逮捕、拘留、または攻撃につながるのだ。

精神疾患がある人は警察から信頼してもらいにくい、という側面もある。インタビューに応じてくれたある女性は障害のためにゆっくりとしか話せないのだが、パートナーに殴られて警察に通報したところ、警察は「暴力を振るったのは彼女のほう」というパートナー側の言い分を信じ、彼女を逮捕した。「(私たちが)今何が起きているのか理解できていないと分かると、もうどうにもならないのです」と語った者もいた。

知的障害者らは法廷でも闘わなければならない。裁判官の質問が理解できなかったため、“秩序を乱した”と3ヶ月の懲役刑を言い渡された者もいた。裁判官や弁護士はもっと根気強く「障害がある者たちの話をしっかり聞いてほしい」、パートナーの暴力を通報したのに自身が逮捕された前述の女性は言った。

事態改善に向けた取り組み

警察による精神疾患者への対応の難しさを踏まえ、多くの都市が事態改善を図っている。
ニューヨーク市では一部の警官に「危機介入訓練」を実施し、精神疾患者が関わる通報の場合はソーシャルワーカーが警官に同行することを義務付けた*6。 デンバー市でも、精神疾患に関する通報には警察ではなく医療従事者と危機対応ワーカーが対応するというオレゴン州発のプログラム「CAHOOTS(Crisis Assistance Helping Out On the Streets)」の採用検討がなされている。

*6 参照:Counselors will join NYPD to combat mental health crisis

同様の取り組みは全国的に広がっており、方向性としては良い。だが筆者の研究を踏まえると、こうした取り組みだけでは不十分だと考える。公共の場に不審な人物がいると誰かが警察に通報すれば、警察は精神疾患があるとの前提がないまま当事者に対峙することとなり、暴力的だと警察が判断すれば、事態は急速に悪化しうるのだから。

2015年、アトランタで黒人退役軍人アンソニー・ヒル(26)が亡くなったのも、まさにそういう状況だった。薬物療法の副作用がきつすぎるため10日前に服用を止めていたヒルは自宅の団地内を裸で歩きまわり、駆けつけた警察官ロバート・オルセンに向かって走り出したところを撃たれたのだ。その後、オルセン元警官は加重暴行と職務宣誓への違反の罪で懲役12年の刑を言い渡された(2019年11月1日判決)*7。

*7 参照:Did Anthony Hill have to die? Ex-DeKalb cop gets 12 years in prison for killing unarmed, naked veteran

また、“警察の暴力”を対象とした法律が、精神疾患者が緊急支援を要するに至った原因に応えられるものになっていないという問題もある。

精神疾患に関するスティグマ(病気を恥だと考えること)への意識が高まりつつあるものの、テレビや映画では依然として、そうした障害のある人が恐れや哀れみの対象とされる、暴力を連想させる表現がなされてもいる。こうした社会の“見方”が、拒絶や孤立をもたらす原因となる。また、住まい、医療、雇用を探す上で精神疾患者がぶつかっている数々の困難も、彼らが刑事司法制度に巻き込まれるリスクを高めている*8。

*8 全米にある「地域精神保健サービスセンター(CMHC)」の受診者と一般の人々の受刑率をジェンダー/人種/学歴別に比較したところ、すべてにおいて精神疾患者の受刑率が高かった。
参照:Involvement in the criminal justice system among attendees of an urban mental health center


米国の精神疾患者ケアの歴史から得られる教訓を一つ挙げるとすれば、彼らを取り巻く体制の問題点を一つだけ改革しても事態は大きく変わらないということ。60年前の「脱施設化」がほぼ何も解決しなかったように、今も、警察の対応方法を変えるだけでは大きな事態改善は望めないだろう。精神疾患者のニーズに応えるには、教育から住居に関するものまで、さまざまな施設が今よりもっと柔軟性を持ち、迅速な応対ができる、利用しやすい場となるようになっていく必要がある。

By Jennifer Sarrett(lecturer at the Center for Study of Human Health, Emory University)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo

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