「何度も犯罪を繰り返す人」と聞くと「根っからの悪人」と思いがちだが、その人がフルタイム雇用されているかどうかは、犯罪が繰り返されるかどうかに大いに相関があるものだ。日本では、再犯で刑務所に収容された人のおよそ4人に3人が再犯時に無職だという*1。
というと、「罪を犯すような人だから雇用されないのでは?」という疑問を持つ人のために、犯罪を犯すリスクが高い人たちに職務スキルを修得させ、フルタイムの仕事に就けるよう支援する米ワシントンDCのプログラム「Pathways(パスウェイズ)」の取り組みを紹介しよう。
*1 法務省再犯防止対策 ~犯罪者・非行少年の処遇~より
2018年、仮釈放中となりシェルターで寝泊まりしていたジュリアス・テリーに政府機関ONSE*2 から人生を好転させるチャンスが舞い込んだ。求められたのは “約束したら、きちんと守る”、それだけだ。そして今、テリーはONSEの事務所で、正規の事務アシスタントとして働いている。
*2 Office of Neighborhood Engagement and Safety:ワシントンDC地域雇用安全局。

安定した住居のない人向けのシェルターの例。iStockphoto
ONSEが実施しているプログラム「Pathways」が目指すのは、対象者に教育、訓練などを支援し、就労を支援し、犯罪に手を染めない生活を送れるようにすること。プログラムに参加するのは、暴力事件を起こす、または巻き込まれるリスクが高いと判断された20〜35歳の若者たちだ。
「毎朝、通勤できる場があって、やりがいある仕事を任せてもらえ、とてもありがたいです」とテリーは言う。「以前は、常に満ち足りていない気持ちを抱えてました。孤児の私には母も父もいません。だから、すべてをなげうってでも、何か“普通のもの”を手に入れたいとずっと思っていました。今は毎日仕事があって、自分も家族も生活ができている。もうみんなのお荷物ではないんです」
プログラム参加者の約4分の3は「CSOSA(Court Services and Offender Supervision Agency:連邦裁判所サービス・犯罪者監督庁)」からの紹介で、テリーもその一人だった。「常習的犯行を減らし、治安改善のためにも、職業訓練と雇用確保が外せない、そう確信しています」CSOSAの職業訓練コーディネーター、トニー・ルイスは言う。
プログラムへの参加が決まれば、「パスメーカー(pathmaker/道をつくる人、の意)」とも呼ばれるケースマネジャーと一緒に自身の中間目標と最終目標を設定する。「プログラム終了までにすべての課題を解決し、働けない理由をなくせるよう、その人にとっての壁を取り払うのです。彼らが地域や家族、そして自分のために、きちんとやるべきことができるように」とONSEのディレクター、デルバート・マクファデンが説明する。
雇用こそが犯罪を防ぐ。座学から就労まで1年間続く手厚い支援
Pathways プログラムは期間は1年、3つのステージに分かれている。第1ステージ(9週間)は座学中心の訓練で、生活や仕事の技能を学ぶ。第2ステージ(6カ月間)では、助成金をもらいながら就労。実際に労働し、職歴をつくる。第3ステージでは、長期的な職業継続支援が提供され、助成金とは関係ない普通の仕事に就きながら、自身で設定した他の目標達成を目指す。参加者が実際に収入を得られるようにする、という点をONSEでは重視している。なぜなら雇用と収入の有無は、人が犯罪に巻き込まれる可能性を大きく左右するから。「収入は重要な要素です。安定した雇用と安定した収入源がその人や家族を支え、あまたのプラス効果があります」とONSEの広報担当者が言う。

社会から排除するのではなく、包摂する仕組みが必要/iStockphoto
犯罪学の多くの理論が、<雇用が犯罪を抑止する>と示唆している。社会学の教授サラ・ラゲソンとクリストファー・ユーゲンの研究では、労働で収入を得ることが金銭目的の犯罪へのモチベーションを下げるとしている。労働が若者たちの犯罪率に及ぼす影響の差異も、他の研究で明らかにしている。特に成人は、「仕事の質」や雇用によって築かれる「人間関係」によって、犯罪に加担する可能性がより効果的に下がることを突き止めている。
ONSEによると、プログラム参加者の25%以上に安定した住居がないため、さまざまな支援も行っている。その他、交通費補助、栄養相談、メンタルヘルス支援等など、数多くのサポートを行なっている。このような充実した人員・サービスの提供のおかげで、今やPathwaysはワシントンD.Cで最も包括的なプログラムとなっている、とマクファデンは自負する。「この仕事には型にはまったやり方がありません。地域が違えばニーズも異なるように、プログラム参加者もそれぞれが違うニーズを持っています」
3年間で99名が参加、33名がフルタイム就業
2015年、ワシントンD.Cの殺人事件数が急増したことを受け、翌年にNEAR Act(Neighborhood Engagement Achieves Results Act) という法案が議会で可決。NEAR Actの目的は、公衆衛生モデル*3 によって暴力を防止し、受刑者数を減らすこと。暴力犯罪を減らすためのさまざまな公共安全策の実施、刑事司法局の刷新、地域と警察組織の関係性向上だ。そして2017年、この法案に基づいてONSEが開設された。*3 科学的手順に基づき、最大多数の人口の利益を追求することを目的としたアプローチ。
「一人一人のニーズに応えるのがわれわれの仕事です」とマクファデン。「支援の拠点を設け、皆が快適に過ごせることを重視しています。いわば駆け込み寺です。週末は私たちに会えないから金曜日は嫌いだと言う人までいます。ここが、本当の家族のような空間になっているんです」
ONSEの開設以来、約25人からなるチームが4つ、Pathwaysプログラムに参加した。総勢99人のうち、第3ステージまで終了したのは33人だ。

Pathwaysプログラムの第4回メンバーとONSEスタッフ
広報担当者によると、ONSEの予算は来年度も同規模を維持でき、Pathwaysプログラムにはこれまで以上の資金が割り当てられる予定だ。プログラムに参加できる人数も50〜100人規模に増やしたい、とマクファデンは意気込む。
実は、Pathwaysプログラムへの追加予算が実現したのには、警察官による残忍行為への抗議活動を受けて、コロンビア特別区首都警察の2021年度予算案から1500万ドル(約15億5500万円)が削減されたことが影響している。削減された予算枠が、警察とは別の公共治安対策に分配されることになったのだ。
「若年者更生局(Department of Youth Rehabilitation Services:DYRS)」など他の機関もONSEに協力し、参加者と関わる人員や専門家を派遣している。この取り組みは、警察の予算削減やBLM(Black Lives Matter)運動への支持にも結びつく、とDYRSの責任者クリントン・レイシーは言う。
「社会にとって正しいことをするにしても、その手段や形、方法を大きく変えなくてはならない段階に来ています」とレイシー。「では、どのようにすべきか? こうやって対話し、Pathwaysのようなプログラムを実施し、その他実質的な活動を行うことが、その答えとなっていくでしょう」
さらなる前進に向け、ONSEではメンタルヘルスの問題にさらに計画的に取り組みたい、とマクファデン。また、スタッフとプログラム参加者が信頼関係を育み、一人一人が秘めた可能性を引き出せる環境づくりが重要だと考えている。「みんな本当に強くて、頭もいい。彼らの成長に資する機会と環境を整えてあげるだけでいいんです。彼らを見ていると、この地域には、まだまだ活かしきれてない強みがあるんだってことが、よく分かります」
事務アシスタントとして働くテリーは、Pathwaysプログラムの実践的アプローチは、いままで経験したものとは大きく違うと断言する。「このプログラムに参加する前の、刑務所から出所して間もない頃でした。あのときの自分は、ちょっとしたきっかけでどんな方向にも転がる状態でした」と振り返る。「そんなときに自治体の人がやってきて、こっちの方向がいいよって教えてくれたんです。おかげで人生が激変しました。いま、ONSEで働いてることが誇らしいです」
By Eunice Sung
Courtesy of Street Sense Media / INSP.ngo
https://onse.dc.gov/page/about-onse
https://onse.dc.gov/sites/default/files/dc/sites/onse/page_content/attachments/ONSE%20Pamphlet.pdf
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