緊急事態宣言が繰り返されるたびに経済も甚大なダメージを受けており、「現金給付」の必要性がかつてないほど叫ばれている。このような緊急事態においては、速やかな支給があって然るべきだ。困窮者への現金給付の動きは、世界的に広がっているものの、万能薬にはなりえないとドレイク大学の経済学准教授ヒース・ヘンダーソンは指摘する。ヘンダーソン教授がオンラインメディア『The Conversation』で発表した記事を紹介しよう。


近年では、国際機関(世界銀行、アメリカ合衆国国際開発庁、国連など)でも現金給付プロジェクトへの資金提供が積極的に進められ、「ギブ・ダイレクトリー(GiveDirectly)」のような現金給付に特化した慈善団体も設立されている。メキシコ、ブラジル、ケニアを筆頭に、独自のアグレッシブな所得補償プログラムを実施している国もある。


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困窮者に現金給付する政府、支援団体が増えている。
Mayur Kakade/Moment via Getty Images

米国でも、現金給付の試験プログラムが進められている。直近では、1兆9,000億ドルの経済対策案*1が発表され、子どものいる多くの世帯に継続的に給付を行なうとしている。カリフォルニア州ストックトン市では、低所得者に対し、使途を指定せずに現金を給付する2年間の試験プログラムを終えたばかりだ(米国都市として初の試み。無作為に選ばれた住民125名に毎月500ドルを2年間給付した)。こうした取り組みへの支援者として著名人たちが続々と手を挙げる中*2、他の多くの市長たちが後に続こうと動き始めている(過去記事「米国の市長たちが低所得者層にベーシック・インカム導入の試験プログラム推進」)。

*1 2021年3月発表 https://www.washingtonpost.com/business/2021/03/10/what-is-in-the-stimulus/

*2 イーロン・マスクがベーシックインカムを推進する市長たちへの支持を表明
Elon Musk tweeted his support for a universal basic income after a majority-Black coalition of mayors pledge similar schemes in 11 US cities


これらを見ると、貧困には現金給付が最善策とする世論が形成されつつあるようだ。「現金給付」が貧しい生活を送る人々に全体でみるとプラスの影響を与えることは、すでに十分な証拠が出ている。例えば、これまでの165件の研究を再検討した2018年の研究*3では、現金給付により、食料やその他の物品への支出が増えると同時に、教育や健康面の環境改善につながる傾向があることを明らかにしている。また、不労所得があるために働かなくなるといった“望ましくない結果”はほぼ見当たらなかった、としている。

*3The Impact of Cash Transfers: A Review of the Evidence from Low- and Middle-income Countries

同様に、ストックトン市での試験プログラムに関して最近発表された研究*4では、現金給付により受給者の収入が安定し、フルタイムの仕事を得やすくなり、うつ症状や不安症が軽減されたことも分かっている。

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カリフォルニア州ストックトンのベーシックインカム試験プログラム。毎月500ドルが入金されるデビットカードを見せる受給者
AP Photo/Rich Pedroncelli

*4 Employment rose among those in Stockton’s universal basic income experiment: Study

2020年の大統領選挙に出馬し、現在はニューヨーク市長候補に名乗りを上げたアンドリュー・ヤンはじめ、一部の人たちも現金給付が最善の貧困対策だと主張している。

果たして本当にそうだろうか?経済学者として「貧困と開発」を研究テーマとしてきた筆者は、この問いへの解を探求してきたなかで、現金給付は有効な手段となり得るが、“常に最良の策とは限らない” と考える。以下に述べるその根拠について、政策立案者たちには慎重に検討してもらいたい。

「貧困」の人々を正確に特定して届ける難しさ

まず、現金支援を行うにあたり、実際の貧困者の特定が難しい場合が多い。

アフリカのサハラ以南9カ国で導入されている貧困対策プログラムのパフォーマンスを評価したところ、選ばれた世帯の約半数は貧困層ではなかったうえ、実際に貧困層である世帯の半数が選ばれていなかったことが判明した。

このターゲティングの問題は、途上国に限ったことではない。ストックトン市の試験プログラムでは、対象者を市全体の平均所得を下回っている地域居住者に限定した。そのため、これらの地域に住む貧困層ではない人たちも対象となった。おまけに、対象世帯にはオンライン登録を促す通知を郵送で知らせたため、ホームレス状態の人や、オンライン作業に慣れていない人は登録できなかったとも考えられる。

【オンライン編集部補足】
日本でも、新型コロナウイルス対策として1人10万円を支給する特別定額給付金は住民登録を持たないホームレスの人々には届かなかった。

お金を貧困からの脱出に使うとは限らない

もう一つの問題は、貧困の定義に直結している。「貧困」とは、より正確には「幸福が欠如している状態」と定義され、所得が足りない状態ではない。現金給付は、誰かの幸福度を直接的に向上させるものではなく、あくまで、幸福に直接的に貢献するモノ(食料や住居など)を購入するための手段である。

たとえ貧困層をうまく特定できても、給付された現金を自分の幸福度を上げることにうまく役立てられず、一般に考えられる恩恵を受けていない人もいるかもしれない。精神的または身体的な健康上の問題を抱えている人もいるだろう。貧困そのものによって、経済的な意思決定が難しくなる影響を受けている人もいるかもしれない。

同様に、幸福度の向上に貢献するもの(医療や学校など)の中には、そもそも利用できない、または低質であるものもあり、現金があまり役に立たない場合も考えられる。

要するに、お金があれば何でも買える、貧困から脱出できるとはかぎらないのだ。

構造的な問題がそのままでは長期的な効果を期待しにくい

最後の問題は、現金支援を行っても、構造的な問題には対処できないことだ。構造的な問題とは、貧困の根本原因である差別、民主的ガバナンスの弱さ、公正とは言い難い国際取引などである。これらの領域における改革には、国または世界レベルでの変化を生み出す全体としてのアクションが必要である。

また、最近の研究からは、誰が現金給付を受けているかをめぐって争いが起きやすく、現金給付プログラムが逆効果になり得ることも示唆されている。こうなると、コミュニティ内のソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を損ないかねない。

構造的な問題を是正できていないことは、現金給付の長期的な効果が得られにくい理由の一つなのかもしれない。ウガンダでの現金給付の長期的インパクトについて調査した研究では、給付から4年後には雇用と所得にプラスの影響がみられたが、9年後にはその影響は事実上なくなっていたことが判明した。現金給付の長期的インパクトについては、他の研究でも「統計的にほぼ変わらない」とする結果がほとんどだ。

現金給付はあくまで選択肢の1つ、多面的な支援の必要性

現金は確かに一部の人々を助けることができる。これは間違いなく重要な点で、特にパンデミックの際などの緊急支援が不可欠な状況ではなおさらである。

しかし、貧困削減には画一的なアプローチは存在しない。国、地域社会、個人にはそれぞれに独自のニーズがあり、貧困から抜け出す上で直面する障害も異なる。構造改革への投資、食糧支援、現金給付、どれが正しいアプローチかの判断が必要だ。

概して、「現金給付」という総意は大事な点を見逃している。人間形成を促すということは、人々が自分の状況を自身で決断できるようにすることである。自分に適した援助の種類を選べることもその1つだ。

選択肢が与えられたとき、すべての人が必ずしも現金を選ぶわけではない*5。

*5 インドの1200世帯を調査したところ、現金支給派と現物支給派に分かれた。
Cash vs. in-kind transfers: Indian data meets theory

著者
Heath Henderson
Assistant Professor of Economics, Drake University

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年3月17日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。


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