『ビッグイシュー英国版』では、ペイパル社が提供するモバイル決済サービス「ゼトル(Zettle)*1」を利用し、販売者のキャッシュレス支払い対応をすすめている。世界各地のストリート誌が、デジタル支払いに期待をしては導入のハードルの高さに断念しているが、早くもその効果が出ているという『ビッグイシュー英国版』の2021年5月時点のレポートを紹介しよう。


*1 2011年スウェーデンでiZettle社創業。2018年にペイパルが買収し、2021年からは「Zettle by PayPal」の名称でサービス提供中。

英国は以前からキャッシュレス化(クレジットカードやスマホでの支払い)が進んでいたが、昨年からのパンデミックによって、いっそう広まった感がある。カードでの支払いしか受け付けない大手小売店もあるほどだ。

「パンデミックの影響で、販売者がキャッシュレス決済に対応する必要性は高まるばかりでしたので、ロックダウン(都市封鎖)中から、一部の販売者と準備を始めました」と語るのは、『ビッグイシュー英国版』のパートナーシップ・プログラム代表のベス・トマス。 「準備とは、販売者の身分証明書の取得(時に、非常に困難なケースもある)や、銀行口座の開設サポートなどです」。 最初は多くの販売者がキャッシュレス決済の導入に気が進まない様子だった、とベスは言う。「テクノロジーに対する恐怖心や、そもそもキャッシュレス決済の必要性を感じないなど、理由はさまざまです」

「しかしパンデミックによって、販売者たちの考え方がずいぶん変わりました。ソーシャルディスタンスなどの感染症対策の結果、一般の人々の消費活動が変化したことで、英国全体でキャッシュレス化が加速し、それまで消極的だった販売者たちもキャッシュレス対応の必要性を実感したのか、一歩を踏み出しつつあります」

キャッシュレス対応の販売者はコロナ禍で3倍に

2020年3月時点で、キャッシュレス決済に対応していた販売者は193人だったが、現在は594人と、その数は増え続けている*2。 そして、売り上げには歴然とした差が出始めている。キャッシュレス決済に対応した人は、そうでない人よりも平均で売上が30%以上多いのだ。ワクチン接種が進み、経済活動が再開している英国では、さらにキャッシュレス化が加速するとみられているため、今後この差はますます広がるだろう。

*2 ビッグイシュー英国版の販売者は現在約1500人なので、約3分の1にあたる。
https://www.bigissue.com/about/


キャッシュレス決済をいち早く取り入れた販売者の一人デイブは、以前から「非接触型販売」のメリットに気づいていた。 「パンデミック前からカード支払いの人が増えていました。そこで事務所スタッフも販売促進のため、販売者にゼトルのカードリーダー*3の手配を進めていました」と話す。「銀行口座の開設やゼトルへの登録を、スタッフに手伝ってもらってすすめました。間違いなく売り上げに役立っています。パンデミック以降は、カード支払いがいっそう増えていますよ」

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キャッシュレス対応で売り上げが増加したと言う販売者のデイブ
Credit: The Big Issue / Louise Haywood-Schiefer

*3 クレジットカードで支払いができる、ゼトルのカードリーダー
https://www.zettle.com/gb/payments/card-reader


「コロナ禍を経て、人々の買い物の頻度が減り、オンラインで買うことが増え、外出自体を恐れています。 社会との関わり合いが減り、とかく内に籠りがちです。最近はキャッシュレス決済ができると知ってる人は、ほぼ現金を使いませんね」とデイブは付け加えた。

迅速かつ安全なキャッシュレス決済なら、ソーシャルディスタンスも保ちやすい。 デイブいわく、現金支払いに不安を感じるお客さんもいれば(現金やりとりによるウイルス感染リスクは最小とされているが)、単にキャッシュレス決済が早くて簡単だからと、現金支払を止めた人もいるという。

モバイル決済サービス「ゼトル」との強固なパートナーシップ関係

販売者のキャッシュレス決済対応を速やかに進められたのは、ゼトルとの確固たるパートナーシップ関係があったからこそだ。「当社ではずいぶん前からビッグイシューの活動を支援していますが、パンデミックによって、“ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)な社会の実現”という私たちの目標が、これまで以上に重要となっています」ゼトルの共同創業者の1人で、社長を務めるジェイコブ・デ・ギアは語る。

「パンデミックによって、零細企業は甚大な影響を受け、消費者の行動はデジタル最優先に大きくかじを切りました。 英国の経済活動が再開され、今後はデジタル決済に対応していることがよりいっそう重要になります。弊社は、ビッグイシュー販売者が販売チャンスを逃さないよう、サポートしていければと考えています。カードリーダーやPayPal QRコードを使えば、数秒で決済できます」

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mohamed Hassan/Pixabay

「PayPal QRコード決済*4」というのは、ゼトル社のアプリを利用し、販売者のスマホに表示されたQRコードを読み取ると、お客さんのペイパルアカウントから支払われる仕組みで、わずか数秒で支払いができる。最近はこれを導入する販売者も増えつつある。

*4 QRコード読み取りだけで支払いができるPayPal QR Code
 https://www.zettle.com/gb/payments/qr-code


もちろん、新しい技術を取り入れることに腰が重い販売者たちもいるため、適切なサポートや指導を行い、段階を踏んでキャッシュレス対応をすすめていく必要がある。しかし、キャッシュレス対応を取り入れた販売者たちのあいだで販売が伸び、自信を高めていく人が増えれば、これまでにはない活気や前向きさが生まれ、自分もやってみようと背中を押されるだろう。

勇気ある一歩を踏み出したことで、大きな成果を上げている販売者たちがいる、とベスは言う。「つい先日まで、“新しい技術にはめっぽう弱くて苦戦しているよ”と語っていたある販売者が、昨日売れた25冊のうち23冊がカードリーダー決済によるものでした。 彼自身も、そして彼をサポートしてきたスタッフも、とても感激しました。皆の努力が実を結んだのです」

お客さんからキャッシュレス決済のニーズがあるのは明らかだ。 「販売者からも、現金を持ち歩かないお客さんが増えているとの声が多数寄せられていますし、実際に売り上げの大半が非接触型になってきています」

「ゼトル社とのパートナーシップを活用し、すべての販売者がキャッシュレス決済に対応できるよう、できる限りのサポートを続けていきます」ビッグイシューのセールス&オペレーション部門の責任者クリス・ファルチ・ステッドは言った。

By Vicky Carroll
Courtesy of INSP.ngo / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue



【編集部補足】
ビッグイシュー日本版は現在キャッシュレス未対応。
対応が遅れている理由として、スタッフは下記を挙げている。

・銀行口座や、口座開設に必要な身分証明書や電話を持っていない販売者も多い
・導入にかかるパワーを捻出できない(人手が足りず、事務スタッフを募集中

なお日本版では、第6次「コロナ緊急3ヵ月通信販売」で6冊分を通販し、(主に雑誌販売で自活している)販売者に還元している。
第6次「コロナ緊急3ヵ月通信販売」

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**新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急企画第6弾**


2021年6月4日(金)~2021年8月31日(火)まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2021/06/19544/








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