コロナ禍により、これまでになく広い範囲の人が生活困窮に陥っていることは、誰の想像にも明らかだ。しかし困窮者の増加ぶりと比べると、生活保護の利用者は増えていない。その理由について、1万件以上の電話相談で見えた傾向について弁護士・「生活保護問題対策全国会議」事務局長の小久保哲郎さんが解説した。


この記事は、大阪の市民団体「釜ヶ崎講座」(大阪)で2021年8月7日に行われたシンポジウム〈コロナ禍の中での生活困窮者への支援活動をめぐって〉で行われた事例発表のサマリーです。

「いのちとくらしを守るなんでも電話相談会」

2020年4月、コロナ禍による失業者の今後の生活、給付金や学費など、様々な不安や疑問に応えるべく、弁護士、司法書士、社会福祉士ら専門家や支援団体が中心となって相談を受ける「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守る何でも電話相談会」が開かれた。

この電話相談会は全国を対象にしたもので、利用は無料。これまで2ヶ月ごとに、9回実施された(2021年8月末現在。今後、第10回は10月23日に実施予定)。

初回の2020年4月、2日間に渡り、朝10時から夜10時まで相談を受け付けた。結果として42万コールがあり、受付できただけでも5009件あった。NHKがテレビでテロップを流し続けたこと、また第1回目の緊急事態宣言に入った直後だったことも影響した。

このような電話相談会は何度も実施してきたが、ここまで相談が殺到したことはかつて経験がない。1度では終われないと判断、これまで定期的に継続して行なっている。

第8回までの相談件数は、合計10,115件にのぼり、年齢・性別・職業問わず相談があった。これは、派遣労働者からの相談が多かったリーマンショック時とは様相が異なっている。

相談内容と相談者の推移について

(各回の電話相談件数や相談者の属性についての詳細は、「生活保護問題対策全国会議」ウェブサイトの参考資料(PDF)にて閲覧可能)

これまでの推移を見てみると、2020年4月は自営業とフリーランスの方の相談が約3割を占め、最も多かった。「長年経営していたカラオケスナックの売上が急減し、4月は売上6000円、もう生活できない」、「フリーランスで体験販売の仕事をしていたが、完全に仕事がゼロになった。持続化給付金は受けられるか」、「三味線を教えているが、全く仕事がなくなった。月謝は手渡しだが、持続化給付金の減収をどうやって証明すればよいか」といった内容があった。

2020年6月の第2回以降を見ると、次第に労働相談にシフトしていき、正社員、非正規労働者ともに相談件数が増加し、全体の4割を超えた。そのうち非正規労働者が占める割合は約7割となっている。

労働相談の内容は、飲食業では「4月初めから正社員のみの出社になり、パートは休業。休業手当も支払われず、子どもの学費が捻出できない」といった雇用調整の影響をパート・アルバイトがもろに受け、ダブルワーク、あるいは3つ以上の仕事で生計を維持している人の多さが目立つ。

また、年金では足りず、生活費をねん出するため働く70代~80代の高齢者も多く、そうした高齢者の雇用も切られていく実態が見えた。
44%あった労働相談は12月から減少し始め、2021年6月には25%にまで減った。
一方で無職の人からの相談が2021年2月から増加傾向にある。3割あるいは半数を占めつつあり、雇用調整の対象になった後、無職になったと推測される。

コロナ禍で逼迫する生活と、生活保護を推し進める政策の動き

生活費の相談はいずれの期間も多く、さらに増加傾向にもある。
それを受けてか、前首相による2020年6月の「誰でも文化的な生活を送る権利があり、ためらわずに生活保護を申請してほしい」と言う発言や、2020年12月の「生活保護の申請は国民の権利です」と大きく打ち出した厚労省のメッセージなど、これまでにないような変化も現れている。

トップのメッセージに合わせ、現場でも生活保護の申請をためらう原因を解消していく動きが必要となるが、現場の運用にも変化が起こった。

福祉事務所での扶養照会を拒否できる「申出書」の作成

今年3月、厚労省は福祉事務所職員の実務マニュアルである「生活保護手帳 別冊問答集」の内容を変更し、「本人が扶養照会を拒否した場合には、扶養照会しなくてよい場合に当たる事情がないかを特に丁寧に聞き取る」となった。これまで、申請者本人の意思は全く判断の対象にはならなかった。その意向を尊重するという方針変換は非常に大きな変化と言える。

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当日のスライドから。「扶養照会に関する申出書」


福祉事務所での扶養照会が実施されないことを徹底するため、「つくろい東京ファンド」と「生活保護問題対策全国会議」が協力し「扶養照会に関する申出書」を作成した。

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申出書に添付するチェックシート 


これは扶養照会を拒否する理由について、当てはまるものがないか確認する、というチェックシートである。このシートにある項目に沿って一つひとつ検討し、該当するものがある場合は扶養照会を拒否する、という申出書とすることができる。

重要な点は、「仕送りが期待できるかどうか」というチェック項目で、「仕送りが期待できない場合は扶養照会をしなくてもよい」ということになっている。

「つくろい東京ファンド」によると4月以降、この申出書を福祉事務所に提出することによって、100%扶養照会を阻止することができた。

参考資料:
「扶養照会に関する申出書」と「申出書添付シート」。これら2枚をプリントアウトし、記入後、申請時に福祉事務所の職員に提出する。
<扶養照会に関する申出書>
<扶養照会に関する申出書添付シート>

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なぜ生活保護の受給者が減り続けているのか、3つの理由

先述のように、生活保護の受給者は年々増えているのではなく、2015年3月の217万人をピークに減少している。第1回目の緊急事態宣言が出された2020年4月は、206万人。 一番新しい数字では2021年5月の204万人と、やはり減り続けている。

なぜ生活保護の利用者が減り続けているのか、大きく分けて3つの理由がある。

まず、2012年の苛烈な「生活保護バッシング」を政治家が主導したこと。この影響で、世間には生活保護に関する非常に強い忌避感が生まれた。リーマンショック直後は、まだこのような反応はなかったと思われるが、このバッシングによる影響が市民の心の中に強く残ったと考えられる。

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当日のスライドから。生活扶助費の推移

次に、2012年12月、自民党が選挙公約として打ち出した「生活保護の給付水準を10%引き下げる」というものだ。つまりより生活が苦しくないと、受給できなくなるというもの。2013年、生活扶助平均6.5%引き下げ、2015年は住宅扶助の引き下げがあり、2018年には平均して1.8%。このように基準の引き下げが相次ぎ、多人数世帯も単身世帯も、どちらも生活扶助費が大きく下がった。保護が受けにくくなったため、受給者の数も減った。

そしてコロナ禍以降でも、生活保護利用者は増えていない。その原因としては、社会福祉協議会を窓口とした「緊急小口資金」と「総合支援資金」(併せて「特例貸付」という)に多くの申請があり、生活保護ではなく貸付へと流れたことが考えられる。これらの支給決定件数は1年間で247万件、支給決定額が1兆678億円となっている。

さらに住居確保給付金の支給件数も伸び、13万件となった。これは要件が緩和され、支給されやすくなったことが大きい。

生活扶助費の大幅な支給基準引き下げの違憲性を問う裁判

「特例貸付」などの支援期限が切れていく中、最近は、世代に関わらず生活困窮者からの相談が増えている。生活保護に頼るしかない状況の人にいかに生活保護を利用してもらうか、強い忌避感の克服が課題となっている。

なお、2013年からの生活扶助費の大幅な支給基準引き下げに関して、この施策の違憲性を問うため、全国29都道府県で「いのちのとりで裁判」として、1000人を超える原告が立ち上がった。

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当日のスライドから。「いのちのとりで裁判」

この裁判は2021年2月、大阪地方裁判所で勝訴判決を言い渡された。恣意的な操作で保護費が引き下げられたという、その違法性が認められた判決となった。

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当日のスライドから。「いのちのとりで裁判」、大阪では勝訴した

しかし「いのちのとりで裁判」は2020年以来、名古屋、札幌、福岡などで敗訴判決が続いている。これは自民党の政策の影響を認めながらも、国民感情や国の財政事情を理由に容認するという判決だ。

「生活保護バッシング」によって生活保護の利用が押さえつけられ、コロナ禍の中、困窮者を制度利用から遠ざける結果となっている。今年度内にさらにいくつか判決が出る予定となっているが、訴訟の場ではこうした不当性を明らかにするとともに、訴訟外で困窮者の生活保護利用を推進するという、車の両輪としての取り組みが必要だ。

記事作成協力:Y.T

「釜ヶ崎講座シンポジウム〈コロナ禍の中での生活困窮者への支援活動をめぐって〉」イベントレポ
大阪の支援団体が連携し困窮者支援がレベル&スピードアップ/小林大悟さん(NPO法人釜ヶ崎支援機構)
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