ケニア、マサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。古株の象牙・銃器の探知犬が引退したことから子犬を迎え訓練を始めた(※2)が、追跡犬ユニットでもベテラン追跡犬が引退し、7匹の子犬を迎えることになった。その訓練プログラムとは?














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ケリチョ地方のお茶農場からやってきた子犬たち

※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系を一にする。
※2 『ビッグイシュー日本版』404号ケニア便りvol・19(2021・4・1発売)で記事掲載。

追跡犬モラニの子犬7匹
4ヵ月の追跡訓練を開始


 ケニアの首都ナイロビから車で西へ5時間ほど走ると、紅茶の町ケリチョがある。この町のお茶農場の追跡犬であるブラッドハウンドの雌と、マサイマラの追跡犬モラニを交配して子犬が合計7匹産まれた。私たちの追跡犬ユニットのブラッドハウンドの雌は毎回11〜12匹の子犬を産んでいたので、7匹は少ない数でちょっと驚いてしまった。過去の経験では、11匹ほどの子犬を半年近い訓練を通して4匹まで絞りこんでいったので、訓練を始める時に7匹しかいないとなると、この中からいい追跡犬を2匹育てあげることができればいいほうだと推測している。

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 今回は自分のユニット内で交配できる雌犬がいなかったことから(血縁であるので)、またロックダウンにより移動ができない中、モラニの交配相手を自分の目で確認して探すことが思った以上に困難だったのは残念だった。モラニの追跡能力はちゃんと把握しているが、母犬の追跡能力が十分わかっていないので、とりあえずこれから訓練を開始してみないと、どんな結果が出るかわからない。

 いろいろな意味でギャンブルのようになってしまったが、訓練を通していい追跡犬を選び、がんばって育てるしかない。7匹の子犬は7月にマラトライアングル内のレンジャーステーションに送られ、4ヵ月の追跡訓練を開始した。

追跡犬の子犬は生後8週間から6ヵ月になるまで、基本の追跡訓練に集中させる必要がある。子犬は6ヵ月を過ぎてしまうと、教えられたことの吸収能力が激減してしまうので、それまでにありとあらゆるスキルを教え込まないといけない。6ヵ月を過ぎてしまうと、問題のある子犬がすでに覚えてしまった悪い癖をなくす訓練は大変だし、完全に改善することは難しいのだ。

 ペットなら長い時間をかけて根気よく訓練を続けることも可能だが、労働犬は悪い癖を直している時間がないし、それでは仕事にならない。半年になるまでに、直すのに手間がかかる問題がある犬(音を怖がる、集中力がないなど)は、訓練プログラムから落とさなければならない。

視覚、嗅覚、風向き
必須訓練アイテムが満載

訓練の基本は、まずハンドラー(※犬の調教師)が密猟者の真似をして、子犬が密猟者を追いかけっこして捕まえることを教えることから始まる。そして、目で密猟者を見ながら追いかけることをマスターしたら、次は目隠しをして嗅覚を使うことを教えなければいけない。そして常に嗅覚を使いながら密猟者を探すことを覚えたら、次の段階では密猟者の姿を一切見なくても、トラック(人の足跡)の匂いから追跡することを教えていく。

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ハンドラーと子犬たち

さらに、その次の段階は、子犬にハーネスをつけることである。ハーネスを身体につけることに慣れさせた後、ハーネスにリードをつけてハンドラーがリードを持った時の引き具合に慣れさせる。ハーネスとリードは、トラックを追跡する最中にしなければいけないことを教えるための必須訓練アイテムである。そして次は、追跡させるトラックをつけた後、追跡を開始する時間を15分ごとに長くしていき、匂いが薄くなっていくトラックを追跡する訓練、トラックの長さも数百メートルごとに徐々に長くしていく訓練に入る。

ハンドラーは、自分の子犬がトラックの上を追跡している時の身体の仕草(鼻が地面からどのぐらいの高さか、頭の振り方、尻尾の振り方、リードの引っ張り具合など)を把握することが一番大切である。子犬を訓練するハンドラーはそれによって、正しいトラックか、間違ったトラックかを判断するのだ。
追跡ルートも、平地、丘、草が高くおい茂ったエリア、石や岩の多いエリア、森林、川辺、砂地、アスファルトなど、今まで追跡したことのない環境にも慣らしていく。その他にも早朝の涼しい気温の中での追跡、日中の高い気温の中での追跡、夜間の追跡などと追跡の時間帯も変えていく。

犬がフィールドで追跡する中で一番問題になるのは、風向きである。風の吹く方向によって追跡がかなり影響されるので、違う風向きの中でも追跡できる訓練が必須である。まず訓練するのが一番簡単な“向かい風”の追跡。そして、追跡が左右に移動してしまう“横風”。最後に足跡の匂いが自分の後ろから前に吹いてくるという“追い風”の追跡が一番難しい。

直線のトラックを風向きにかかわらずに追跡できるようになった後は、どのようにしてコーナー(角)を曲がるか、そして、トラックを外れてしまった時にどのようにして正しいトラックに戻るのかを教えなければいけない。コーナーを曲がる時は、直線トラックの追跡の時より風向きに左右される。風によってコーナーから外れてしまった子犬を元のトラックに戻して、よりきついコーナーを曲がれるように、最初はハンドラーが誘導しながら教える必要がある。そして、直線やコーナーでトラックから外れてしまった後にどのようにして元のトラックに戻るかをリードで動きを制御しながら教えていく。

最終訓練は現場で大変な訓練を経て選ばれる子犬


5ヵ月ぐらいまでに以上のことをすべてマスターできれば、最終的な訓練は実際に現場で出合う状況と現場に必要なスキルなどを細かく教えていくことになる。一番大切なのは、追跡を開始したトラックの匂いから違う匂いに移らないことだ。そのため、わざと本来の追跡トラックの上にさらに違う匂いの新鮮な足跡をつけても、犬の注意が元々の足跡からずれないように教え込む。

そして、そもそもトラックがどこにあるかわからない場所からでも追跡を始められるように、ハンドラーが自分の視力に頼らず、自分の犬の行動からトラックを探す訓練もする。他の人間の足跡、それ以外の野生動物の足跡の匂いにも惑わされずに追跡できるようにする訓練だ(「足跡汚染の訓練」と呼ぶ)。

さらに、追跡しているトラックが途中から二つに分かれた時の犬の行動の読み方、そしてその分かれ道にどうやって戻って両方のトラックを追跡できるようになるのか。夜間の暗闇の中でどのようにハンドラーと犬がともに追跡をすることを覚えていけるか。そして、ハンドラーがどのように犬の引き具合のみでトラックを追跡しているのか迷子になっているかを判断できるようになるか、など……。
選ばれる子犬はこのすべてを覚え、さらに性格的にも追跡の最中に野生動物、鳥、大きな音などを無視して追跡を続けることができる子犬でなければならない。今後4ヵ月は大変である。

 (文と写真 滝田明日香)



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以上、ビッグイシュー日本版413号より「滝田明日香のケニア便りvol.20」を転載。

たきた・あすか

1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務する。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。  https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。











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