子どもの4人に3人が身体的虐待経験あり。ギリシャの虐待防止の取り組み

 日々流れてくる幼い子どもへの虐待のニュース。「虐待するくらいならそもそも子どもを作るな」「虐待親も同じ目に合わせればいい」といったコメントも多く見られるが、虐待した親のほうも、親から「あるべき教育」を受けて来ておらず「自分がされたことをしているだけ」というケースも多々ある。連鎖しがちな虐待問題に、悪戦苦闘している国は多い。ギリシャの例を紹介しよう。

ギリシャで悪化している児童虐待の現状

子どもの虐待に関して、ギリシャ社会の厳しい現実が浮き彫りになった。2020年6月に市場調査会社ニールセン・メディア・ギリシャが実施した調査で、10人中7人が少なくとも1回は子どもの虐待(主には言葉の暴力)を目撃したことがあると回答。また、18〜34歳の若年層、および、幼い子ども(0〜15歳)がいる親たちの50%以上が「子どもに対する暴力が急増している」と回答した*1。

*1 参照:Greeks stand united against child abuse(Eliza)

2007年に欧州評議会で「ランサローテ条約」(子どもの性的搾取および性的虐待からの保護を定めた条約)が締結され、ギリシャでもこれを法制化している。これは、児童虐待の防止、加害者の起訴、被害者保護の制度確立といったさまざまな対策を定めた条約だ。小中高生への性教育の義務化や、子ども向けの司法制度を用意し、被害者が繰り返し証言を求められる「二次被害」にあわないよう配慮することなどが規約に盛り込まれている。しかし実際には、虐待を受けた子どもが、そのつらい体験について証言を求められる回数は、平均で14回にもなる。

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「10年以上にわたって、専門家による調査を28回も受けた事例も実際にありました」と言うのは、児童保健研究所の精神保健社会福祉部門長で精神科医のジョージ・ニコライディス。「加害者を家から追い出す措置を取る国もあるようですが、ギリシャではまだ被害者である子どもを家から逃れさせるのが主流です」

「ある子どもが、父親からの虐待を通報したとしましょう。すでに大きな心理的ストレスを負っているところに、家を出て施設で暮らすことになると、友だちや近所の人と会えなくなり、学校にも行けなくなる」

「子どもの精神や感情を傷つけない施設などないでしょう。それなのに、ギリシャでは、約3000人の子どもが閉鎖的な施設で暮らしています(その大半が虐待の被害者)。そして、こうした子どもたちの85%が、他の子どもから身体的な虐待を受け、25%が性的虐待にさらされるだろうと示唆する調査もあります」

ギリシャではそんなにも児童虐待が多いのか?と驚く人も多いだろう。「当研究所の調査では、子どもの4人に3人が身体的虐待を、6人に1人が性的被害を体験しており、性的な身体的接触を含めると子どもの約7.5%にも上ります。しかし通報されるのは、そのごく一部。身体的虐待が通報される割合は児童人口のわずか0.18%、性的虐待は0.07%です」ニコライディス医師が説明する。

「通報率の低さ」の主因は、児童虐待の85%が子どもたちが信頼している人たち(親や世話をする人)によるものであるため。加害者に対する愛情、または通報することによる悪影響を心配し、子どもたちの多くは口を閉ざす。

虐待の二次被害の防止

「裁判所の決定と“保護のため”を理由に何か月も施設に入れられている被虐待児が大勢います」と訴える、クレタ大学心理学部で犯罪心理学を教えるオルガ・セメリ准教授は、ギリシャが新しい制度を取り入れることを願っている。

世界の多くの国々では、「子どもの権利擁護センター(Child Advocacy Centres)」が設立されている。これは、裁判で子どもが自分の経験を繰り返し証言させられる“二次被害”の防止が目的だ。
「現在、米国には子どもの権利擁護センターが800カ所あります。ヨーロッパでは、1998年に設立されアイスランドのバーンハウス(アイスランド語で“子どもの家”の意)を先駆けに、スカンジナビア諸国に広がり、トルコ、クロアチア、ブルガリアなどバルカン諸国にも次々と同様の団体が設立されました」とセメリは語る。

「ギリシャでは2017年以降、5都市(アテネ、ピレウス、テッサロニキ、パトラ、イラクリオン)に“子どもの家”ができましたが、どれも十分に機能しているとは言えません。 未成年者の保護について、政府がまったく無関心なのです。子どもたちが法廷に引きずり出されて裁判で証言を求められるなんて、あってはならないこと。2019年に、虐待を受けた未成年者の審問に関する条約が起草されましたが、施行には至っていません」

辛い体験と向き合い、何が起きたかを伝えさせる。そんな子どもへの支援は、非常にデリケートなプロセスを必要とする。アテネ警察少年課の警察官で心理学者でもあるコンスタンティーナ・コスタコウ博士によると、最初、子どもたちは自分の身に起きたことを否定したり、出来事の一部しか話さなかったりする可能性がある。また、防御作用がはたらき、事実を過小評価する場合もある。家族が味方してくれないと知るや証言を撤回する子どももいれば、自分の身に起こったことをありのままに正確に伝える子どももいる。「アテネ警察では年間およそ200件の児童虐待案件を扱っており、そのほとんどが性的虐待です。通報件数は増え続けています」

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では、子どもが安心して話せるよう、どんな方法を取り入れているのだろうか。「まずは当たり障りのないことから話し始めます。子どもが負の感情を持たずに話せるような内容です。大変な目にあった子どもには、私たちが守るよと伝えます。あなたを叱るのではなく、守るために、何が起きたか話してほしい、“覚えてない”とか“わからない”と答えてもぜんぜん構わないと伝え、とにかく安心してもらいます。自分が何をされたのかを、ごっこ遊びや人形を使って説明する子もいれば、自分の気持ちを文章で表す子、加害者の絵を描く子、(何が起きたかを)内緒話のように私たちの耳にささやく子もいます」

国際NGO「SOS子どもの村」の活動

子どもの虐待保護に関しては、1949年にオーストリアで設立された国際的な非営利組織「SOS子どもの村」の活動があり、現在、世界136カ国にまで広がっている。ギリシャでも1975年より拠点を設け、今では4つの「SOS子どもの村」を運営し、虐待や育児放棄に遭っている5歳以下の子ども向けに、居住形式の保護プログラムを提供している*2。

*2 参照:https://sos-villages.gr/en/sos-childrens-villages-greece-3/

このプログラムのディレクターで心理学者のアンドレアス・ボゾニスに話を聞いた。「現在は16人の子どもを預かっています。通常は、子どもが家庭から一時的に距離を置くべきと判断され、裁判所の指示で“村”にやってきます。ここでの滞在は最長1年半で、そのあいだに、子どもだけでなく、その家族に対しても治療的アプローチを行います。里親養育が子どものためにならない場合は、実の家族の元へ返すことを最優先します」

「私たちが重視しているのは、子どもと世話をする人(養育者)とのあいだに心を癒す絆が生まれ、子どもが大人への信頼を取り戻すことです。親たちには、子どもと一緒に遊びながら、少しずつそうした役割を担っていくよう促しています」

「よくあるのは、親も虐待を受けて育ち、自分が受けた虐待を子どもにしてしまっているケースです。何が正しくて何が間違っているのか、親自身も分かっていないのです。ですから、まずは親に自分自身のトラウマや、自分自身がニーズを満たされないで育ってきたという事実を認識し、それを自分の子どもとの関係と結びつけるよう働きかけています」

Photo by Gregory Pappas on Unsplash

「4歳や5歳になるのに、うまく話せない子たちがいました。発達の問題ではなく、ひどい育児放棄を受けてきたためです。親が話しかけることすらしていなかったのです。でもここに来て3〜4か月もすると、話せるようになりました。わが子の成長を目にして、親自身も成長する場合も多いです」
「虐待を受けた子どもは、非常に内向的で攻撃的になりやすい。それが人との関わり方だと思い込み、自分の不安を攻撃によって表現するのです。この村では、経験豊かな支援スタッフが、子どもたちの気持ちを切り替え、そうした行動をやめ、本来あるべき人との関わり方を理解できるよう支援しています」

欠かせないのが親への支援

子どもたちの幸せを守るには、親への支援も欠かせない。支援団体「A child, A world」では、ギリシャで児童虐待防止に特化した唯一の団体ELIZAと共同で、親の支援プログラム「STEP」を提供し、家庭での虐待が常態化する前に親の虐待行為をなくすことを目指している。

「これは、5歳以下の子どもの養育に疲弊し、虐待をする可能性が高い母親のためのプログラムです。各家庭に合わせた個別プランを立てます。母親の精神状態を判断するために専門サービスを紹介する場合もあれば、真っ先に食料配給券を用意する場合もあります」プログラムコーディネーターで心理学者のカテリーナ・イドライオが説明する。

「相談のほとんどは、子どもの成長段階に合わせたニーズに関するものです。たとえば、2歳の息子について、『この子は私が疲れていることを理解できなくて、静かにしてと言っても遊ぼうとせがんでくるんです』と相談する母親がいました。その母親は子どもを殴ってしまったそうです。重要なのは、親が自分の役割を担えるようにすることです」

親たちには、子どもの立場に立って、子どもの行動が何を求めているのかをよく考えるよう話すと言う。「親としての役割や自分のしていることが子どものためになっているかどうかをしっかりと見きわめる。客観的な視点を持ち、それを元に考え方を変えましょうと指導しています」

虐待の兆候の早期発見を目指して

アテネ大学第2小児科のアレクサンドラ・ソルダトウ医師は、「虐待や育児放棄に苦しむ子どもたちのニーズを満たすことが極めて重要」と話す。彼が責任者を務めるP&Aキリアコウ小児病院(ELIZAの支援により2018年開院)は、虐待の発見に特化した国内初の病院だ。

「米国の調査によると、集中治療室に入るような大ケガを負った子どもの3人に1人は、それ以前に受診した医師が打撲の痕を目にしていながら何も行動をとっていませんでした。子どもの症状が軽いうちに介入し、家庭内でできる適切なケアを行えば、最悪の事態を避けることができます」ソルダトウは言う。

「当院ではまず、医師たちが虐待に関する認識を深め、虐待やネグレクトを示す症状や兆候に気づけるようにしています。兆候が見られる場合には、児童保護ケアユニットで診察を行います。また、大学の法医学研究所と協力して、大学が運営する外部のクリニックでも診察を行っています」

「虐待が起きていなくても、問題を抱えている家庭への定期訪問をベースにした介入プログラムもつくり、就学前の子どもたちに目を配っていきたいと考えています。家庭訪問する保健師の役割はとても重要で、こうしたプログラムは世界の多くの国で確立されています」

ELIZAの事務局長アフロディテ・スタシは、ここで挙げたプログラムを拡充し、当事者である子どもや家族が必要な支援を受けられるよう、ギリシャの状況を変えていきたいと願っている。

「米国にはこうした虐待にフォーカスした機関が900カ所あり、お隣のトルコにも40カ所あります。ギリシャではELIZAが、2つ目の機関をアティコン大学総合病院に設立中です。12ある大学病院の小児科すべてに同様の機関を設置し、従来は認識されていなかった児童虐待を発見できるようにしていきたいです。専門プログラムを開発し、5000人を超える専門家――医師、教師、警察官、法務担当者、ソーシャルワーカーなどーーへの研修もすすめています」

By Spyros Zonakis
Translation support from Evangelia Batra, Papadakis Stergios and Theodoridou Eirini
Courtesy of Shedia / INSP.ngo

参考
日本では、2020年度中に、全国220か所ある児童相談所が児童虐待相談として対応した件数は205,029件で、過去最多。心理的虐待が43.6%で最も多く、次いで身体的虐待が29.4%となっている。

厚生労働省:児童虐待相談の対応件数及び虐待による死亡事例件数の推移

原因はひとつではなく、様々なリスク要因が複雑に絡んでいることが多い。https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/dv/dl/130823-01c_004.pdf

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