2021年5月、北朝鮮でスキニージーンズが禁止されたと報じられた*1。資本主義の「派手で退廃的なライフスタイル」を象徴しているから、という理由らしい。この“反社会主義的な行動”の取り締まりには、マレットヘア(襟足だけ長くのばした髪型)やスパイキーヘア(毛先をツンツン立たせた髪型)、髪のカラーリング、ピアスも対象だという。

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今回の禁止に関する公式声明は確認されていないが、北朝鮮で個人の服装が取り締まりの対象になるのは今回が初めてではない。メルボルン大学カルチュラル・スタディーズの研究員ハリエット・リチャードが『The Conversations』に寄稿した記事を紹介しよう。

*1 North Korea bans skinny jeans as symbol of ‘capitalistic lifestyle’

政治指導者たちは昔から、ファッションが持つ表現の力を意識している。服飾文化研究者のジュルジャ・バートレットは著書『Fashion and Politics(ファッションと政治)』の中で、「早くも1920年代には、ボリシェヴィキ(ソ連共産党の前身)が西側のファッションとアールデコの豪華さに不快感を示していた」と述べている。

国家への忠誠心を高めるために服装を用いる方法としては、制服の導入、または、宗教的、思想的、政治的な信念を象徴する服装の排除がある。旧ソ連での欧米ファッションの禁止令にせよ、フランスのブルカ禁止令(イスラム教徒の女性が用いるヴェール。2011年に法律施行)にせよ、国家が服装を管理しようとするときは、必ず議論が巻き起こる。

ジーンズをめぐる流行の変遷

脚にぴったりフィットするスリムなズボンの元祖は、1800年代に男性が着用した細身のズボン「ブリーチズ」にあるとされている。そして、1950年代に登場したジーンズは、カウンターカルチャー運動の象徴にもなった。濃紺ジーンズの裾を折って履くスタイルは、エルビス・プレスリーやマーロン・ブランドなどのスターも愛用し、戦後の新しいライフスタイルを象徴する服装となった。

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映画『乱暴者』でジーンズを着るマーロン・ブランド/Stanley Kramer Productions

60年代は超細身のブラックジーンズ「ドレインパイプ(排水管)」がロックンロールの代名詞となり、70〜80年代にはパンク・ムーブメントが英国を席巻、ボロボロに破けて汚れたスリムジーンズに安全ピンを止めたスタイルなどが登場した。90年代はレイヴカルチャーの影響で、バギージーンズやブーツカット、レトロなフレアジーンズが流行したが、2000年代には“エモ・ファッション”や“ゴス・ファッション”と呼ばれるサブカルチャー・シーンで、ローライズのタイトジーンズが定番となった。2010年代には、英王室のキャサリン妃、ミシェル・オバマ、ケイト・モスといったセレブたちも、好んでスキニージーンズを履いた*2。

*2According To Kate Middleton’s Latest Look, Skinny Jeans Aren’t Over

しかし、2010年代の終わりごろから変化の兆しが見られだした。ファッションジャーナリストたちが予告したとおり、90年代ファッションの人気が再燃、太めのジーンズを腰履きするスタイルが復活した。2019年には、腰回りのゆったりした“マムジーンズ”が人気に。そして2020年以降は、コロナ禍によるステイホームの世の中となり、シルエットよりも快適さが優先されている。2021年には、今をときめくティックトッカー(動画アプリTikTokで発信する若者)が、スキニージーンズはもう古い!とからかう動画がバズった。



では、流行中というわけでもないスキニージーンズを、今さら禁止する北朝鮮のねらいはどこにあるのか?

ジーンズの政治的意味合い。今や、支持政党で好きなブランドが違う?

昔からズボンを履くことは政治的な意味を帯び、階級や性別を見分けるものとして用いられてきた。 フランス革命中は、労働者階級の履く長ズボンが「自由、平等、友愛」の代名詞となった。ただし、当時ズボンを履いたのは男性だけだった。旧体制に縛られたままの女性は、ズボンを履くことも、認められたはずの社会的自由を謳歌することも許されなかった。

その後、女性の参政権を求める闘いのなかで、ズボンは「女性解放」という政治的課題を象徴するようになる。1960年代には、ブルージーンズがアメリカの市民権運動を象徴し、1978年にはリーバイス社が、東西を分断する「鉄のカーテン」の向こう側にジーンズを大量に出荷し始めた。

米国の最近の調査では、特定のジーンズブランドを好む層と支持政党が一致する傾向があると分析された。つまり、アメリカの民主党支持者はリーバイスを、共和党支持者はラングラーのジーンズを選ぶ傾向があるのだと。ブランド側としても、特定の社会問題への支持を表明することで、消費者との連携を模索することがある*3。

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オーストラリアのカウボーイ競技ショーにて、ラングラーの露店。米国の最近の調査では、共和党に投票する人は民主党に投票する人よりもラングラーのジーンズを履く傾向が高いとされた。Jordan Baker/AAP

*3 参照:How Buying Jeans Became a Political Act

つい最近では、インドのウッタラカンド州の首相が、女性が膝の見えるダメージジーンズを履くのは不道徳であるとツイッターで発言し、非難が殺到した。インドの女性たちは、ダメージジーンズを履いた自撮り写真に、#RippedJeans(破れたジーンズ)のハッシュタグをつけてSNSに投稿し、怒りを表明する動きが起きている。

ジーンズはいまだに、権力者の神経を逆なでする存在のようだ。しかし、北朝鮮がスキニージーンズを禁止したという報道が本当なのであれば、権力に対抗したい人が着るべきものがより明確になったと言えるかもしれない。

著者
Harriette Richards
Research Associate, Cultural Studies, The University of Melbourne
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年6月1日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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