高齢者による運転ミスが起こるたび、高齢者は車の免許を返納せよという声があがる。また若い世代では、経済的に車を持つ余裕がない人や持たない選択をする人も増えている。これからは、車での長距離移動を必要としない、誰もが住みやすいまちづくりを積極的にすすめていく必要があるのかもしれない。まちづくりにおいて「20分生活圏」というコンセプトがあるのをご存知だろうか? シドニー大学運輸・物流研究所の非常勤教授ジョン・スタンレーによる『The Conversation』寄稿記事を紹介しよう。

※下記は2021-10-04公開の記事を再編したものです。

私たちはメルボルン市の長期土地利用計画「プラン・メルボルン2017-2050*1」のコンサル業務に深く関わってきた。その中心コンセプトは、「20分生活圏(20-minute neighborhood)」を実現するまちづくりだ。健康で文化的な暮らしに必要なもののほとんど(すべてではない)――買い物、教育、各種ビジネスサービス、コミュニティ施設、娯楽・スポーツ施設、よくある仕事など――を、自宅から徒歩、自転車、または公共交通機関で20分の範囲内ですませられる街にするとの構想だ。


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図1 ビクトリア州政府. CC BY

計画書には、こう述べられている。

20分生活圏というのは、徒歩、自転車、公共交通機関で、自宅から20分以内で日常生活の大半のニーズを満たせるようにする、“地域に密着した生活”を実現させることである。

*1 https://www.planmelbourne.vic.gov.au

この構想を打ち出したことで、メルボルンは国際的なまちづくりの分野で高い評価を得ている。「20分生活圏」とは、車での移動だけでなく、徒歩や自転車、および公共交通機関での移動をも含むコンセプトだ。これらの移動手段を組み合わせて、仕事やサービス、ならびに娯楽や自然までをも楽しめる、コンパクトなサイズ感のまちづくりを目指す。

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メルボルン。川沿いにサイクリングロードNils Versemann/Shutterstock

*シンガポールの「ランド・トランスポート・マスタープラン2040」でも、「20分タウン&45分シティ」の構想を掲げたまちづくりや交通システムの整備が進められている。
Land Transport Master Plan 2040-Bringing Singapore Together


オーストラリアでは、人口密集エリアおよび中心部に近い地域では、この「20分生活圏」をすでに実現させているところもあるが、中心部から遠く離れた地域で実現させているところはまだほとんどない。ブリスベン(クイーンズランド州州都)のはずれ、スプリングフィールド市などですすめられている開発の今後の成果に期待したい。

「20分生活圏」の主な要素

中心部から遠く離れた地域で「20分生活圏」を実現させるには、2つの主要要件を満たさなければならない。
まず1つ目は、地域の開発密度を高めること。つまり、1ヘクタール(100m×100m)あたりの住宅数を少なくとも25〜30にし、そうすることで地域活動やサービス提供がしやすくなる。メルボルン市中心部から遠く離れた北部の地域で、この数字はおよそ18くらいだ。ほんの10年前には12前後だった。
地域内での利便性を高めるには、開発密度を高めることが不可欠である。人々が暮らしている場所の近くで雇用が生まれ、各種サービスを受けられる。所得水準や年齢層にかかわらず、さまざまな種類の住宅を集約することにもつながる。地域内の土地利用の“多様化”がすすむ。

2つ目は、地域の公共交通サービスを大幅に改善する必要がある。「20分生活圏」を実現するには、平日は朝5時から夜11時ごろ(最終便の発車時間)まで、20分毎かもっと頻繁に、交通機関を運行させる必要がある。これはすなわち、各停車駅で、各方面ごとに、少なくとも1日55本の交通機関が運行していることとなる。メルボルン市の中心部から離れた地域で、このレベルの交通サービスを実現できている地域はほぼない(図2参照)。

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図2 メルボルン市内の公共交通サービス(緑:良い、赤:悪い)
出典:PTV GTFS feed, 著者提供


バスサービス拡充への資金大幅増が必須

ただし、メルボルン市全体の現行のバスサービスを拡充し、この基準を満たすには、資本金をおよそ50%増やす必要があるだろう。年間で約2億5千万豪ドル(約200億円)、長期的には40億豪ドル(約3200億円)の費用が必要になると見積もられている。この金額には、交差点でのバス優先レーンなど、運用スピードを向上させるインフラ開発費が含まれる。

多額に思われるかもしれないが、これは鉄道サービスに投入されている資金300〜400億豪ドル(約2〜3兆円)と比べると控えめなものだ。さらに、政府が提案しているメルボルン近郊を走る環状線「サバーバン・レイル・ループ(SRL)」の開発には、500億豪ドル(約4兆円)かかると見積もられている*3。また、首都圏の鉄道サービスには、さらに11億豪ドル(約880億円)がかかっている。

*3 サバーバン・レイル・ループの建設には25年以上かかり、2050年に全ルート完成予定。

現在、電車の乗客数はバスの2倍でしかないので、バスサービスの拡充に必要となる40億豪ドル(約3200億円)は、鉄道にあてられた資金投入と比べると、非常に控えめなものといえる。トラム網も、乗客数や、数億ドルにとどまっている資金投入を踏まえると、さらなる追加資金を強く求めて然るべきだろう。

メルボルン市は近年、特に交通サービスへの設備投資額を急拡大させている。設備投資の平均額は、2005〜2014年度は50億豪ドル(約4000億円)だったが、2019〜2022年度の州予算では134億ドル(約1兆1千億円)が充てられている。先進国の同規模の都市と比べて人口増加スピードが著しい*4都市だけに、これは必要経費といえよう。

*4 参照:Melbourne: How big, how fast and at what cost?

徒歩アクセスの良さ(ウォーカビリティ)だけでは不十分

「20分生活圏」の試験プログラムが、メルボルン市郊外のストラスモア、クロイドン・サウス、サンシャイン・ウェストの3つの地域で実施されている。しかし、「20分生活圏」のそもそものコンセプトである、徒歩、自転車、公共交通機関をひっくるめた利便性向上よりも、徒歩でのアクセスのしやすさにばかりフォーカスがあてられているきらいがある。

徒歩圏内に何かがあることも重要だが、それはあくまで1つの要素にすぎない。中心地からはなれた地域で「20分生活圏」を実現させるには、開発密度を高めるとともに、徒歩や自転車でのアクセス、公共交通機関の利便性を高め、地域内でさまざまなニーズを満たせるようにすることに、もっと大きな注意を向けていく必要がある。

地域レベルの開発によりフォーカスがあたることで、社会的にも、環境的にも、経済的にも、少額の支出から非常に大きなリターンが得られることになるだろう。本当に「20分生活圏」を実現したいならば、そうした取り組みの優先度を上げていく必要がある。

著者
 John Stanley
Adjunct Professor, Institute of Transport and Logistics Studies, University of Sydney Business School, University of Sydney

Roz Hansen
Adjunct Professor, Deakin University; Professorial Fellow, Faculty of Architecture, Building and Planning, The University of Melbourne

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2020年2月20日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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