昨今、気候危機、貧困、ジェンダー不平等などの社会問題はもはや多くの人々に認知されるようになってきている。また、コロナ禍以降は中小企業や個人への経済的な補償や失業対策、医療体制の充実などの問題も可視化されている。
そうした状況にもかかわらず、昨年秋の衆議院議員選挙では戦後3番目に低い投票率になり、人々の政治への関心の低さは年々深刻になっている。しかし、私たちが自らの社会に意見を表明し、実際に行動に移す手段は決して投票だけではない。これまで20年以上、アメリカ国内における市民運動を取材し続ける文筆家の佐久間裕美子さんはトランプ政権発足後から活発化した「消費」に着目し、昨年12月に『Weの市民革命』(朝日出版社)を出版し、アメリカで沸きあがる新たなムーブメントのリアルを伝えている。今回のオンラインイベントBIG ISSUE LIVE #9は佐久間さんをゲストにお迎えし、「社会が変わらない」という無力感が支配的な世の中で、私たちが日常から実践できることについてお話し頂いた。
2021/12/21 にオンラインイベントBIG ISSUE LIVE #9「日々の行動が社会を変える 消費アクティビズム」を開催。
企業に「消費行動」で訴える動き
環境保全、賃金・所得格差、フルタイムで働いていても家賃がどんどん上がって住まいの心配がいつでも付きまとう、医療コストがかかりすぎて病気になったら自己破産、10数年でホームレス人口はどんどん増加―市場の自由にまかせたことが原因によってアメリカで起こってきたことの数々は、かつては一部だけが注目していた社会課題だった。人口の1%が富の大半を支配し、企業が政治家への献金を通じてその権力を拡大・補強してきた状況を前に、市井の市民たちは、消費者にアピールする企業に対して自分の財布を行使して訴えかける方法論を培ってきた。
特に、ドナルド・トランプが大統領になってからは、Z世代・デジタルネイティブと呼ばれる世代の人たちが、SNS上でハッシュタグをうまく使ったボイコット活動や、多様性を大切にしている企業を支持する応援経済というアクティビズムを展開し始めた。
行動変容を促した例:「#UBERアカウントを削除せよ」「一人ひとりは、ただの1ユーザーだけれども、それがうまくSNSで人々の気持ちと合致したときに大きな効果を持つ」と佐久間さんは語る。
トランプ大統領が就任直後に出した、イスラム教国7カ国の入国を禁止する入国禁止令。発令の翌日、中東にルーツを持つ運転手の多いニューヨークのタクシー業界で、イエローキャブの従業員団体がストを起こした。
そこを商機と捉えたUBERが実質値下げのキャンペーンを展開したことについて「人権侵害に対するデモを妨害する行為」として「#deleteuber(UBERアカウントを削除せよ)」という抗議運動がSNS上で勃発。のちに判明したことには、この運動を機に何百万ものアプリが削除されていた。
佐久間さんによる参考記事:トランプの移民政策をめぐる「ウーバー」と「リフト」の争い(文春オンライン)
パンデミックで「従業員を大切にしない会社」が対岸の火事ではなくなった
株主の利益を優先するために従業員の福祉を後回しにする企業はもともとたくさんあったが、アメリカではパンデミックを受けて内部告発が増えたと佐久間さんは言う。「**はバックヤード(倉庫など従業員しかはいれないお客様の目につかない場所)でソーシャルディスタンスを保っていない」とか「具合が悪い従業員に休みを認めてない」など。それまでは対岸の火事だった「労働者の問題」が、コロナ禍により「従業員を大切にしてない=顧客である自分たちの安全も危ない」という認識に繋がり、選べるなら労働者を大切にする会社のほうがいいという認識が広がったというのだ。「自分たちの不自由ない暮らしは、運送業の人たちなどがライフラインを確保してくれるから成り立っている。その人たちが大切にされていないという事態が自分にとっても問題になる、という環境ができた。例えば、コロナに感染した疑いがあるときには休める環境であってほしい。パンデミックでよりクリアに感じるようになった」と佐久間さんは話す。
企業の方針が確認できるアプリ「Buycott - Barcode Scanner Vote」
2014年にアメリカで登場したアプリ。なんらかの環境破壊や人権侵害に直接的・間接的に関与しているかどうかなどを確認できるので、買い物が慎重になる。
「Buycott - Barcode Scanner Vote」
佐久間さんによる参考記事:私たちは購買で企業を選別できる。アメリカで広がったバイコット運動
「経済優先の社会」は持続性が低い
アメリカでは、企業の業績次第で突然リストラが起きたり、解雇されたりすることも珍しくない。また、国民皆保険制度がなく、持病や失業などで医療保険に入ることができない人は医療をあきらめたり高額の医療費が払えず破産したりというケースも多かった。しかしパンデミックを受けて、「みんながきちんと医療を受けなければ、結局の社会全体の総額コストは高くつく」という認識が広がり、たとえばニューヨーク州では年に1度しか加入の機会がなかった医療保険加入のチャンスが広がるなど、少なくとも一時的に問題が緩和された。
ニューヨークでは、近年、劣悪な集団生活のシェルターですら常に満杯状態で、行政がホテルを借り上げてホームレスの人たちに過ごしてもらうという対策を取るようになっていたが、コロナ禍による失職や経済の停滞により、家を失った人たちに対応しながら感染拡大の抑制するために、行政が借り上げるホテルの数を増やして対応した。
佐久間さんは「パンデミックにより、社会の持続性が欠落した部分が可視化されたが、危機が起こった際に行政が社会全体を守るために緊急的にやったことの結果。これを“全員が守られてる方が社会的コストが低い”という長期的な教訓として伝えていけたら」と話す。
資本主義社会ではより多くの利益を上げることがもっとも優先される。どれだけコストを抑えて儲けを増やすかを重視すると、ともすれば労働者や市民にかかるコストは看過される。しかし、その考え方では、環境や教育、人々の健康や安全などお金には換算しづらいけれど、長期的な社会の成長や環境を守るためには欠かせない視点が抜け落ちてしまう。
つまり、働く人や環境守ることをコストとして削減すれば、結果として労働者の健康状態や環境の悪化というツケを社会全体に回すことになり、結局は(税金でカバーしなければならない)社会的コストが高くつくということになるのだ。
市場の原理に任せて「大企業や資本家など富める者が富めば、貧しい者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなる」というトリクルダウンは幻想であり、再分配の仕組みを意識的に作らなければ格差が広がり、経済成長をも抑制するといわれている。一方で社会的コストは膨らむため、結果としてそのままにしておくと社会の持続可能性は低下する。
「株式会社は儲かっても利益は株主に還元されるため、労働者に自動的に還元されることはない。だからこそ、私たち一人ひとりが『社会の一員として責任を持った経営をしているかどうか』に目を光らせる必要がある」
「健康や教育、安全、環境保全といった社会全体にかかわる公共サービスは公的な機関やNPO的な機関が、利益のためではなく、サービスを利用する人たちのために行う仕組みが必要」と佐久間さんは言う。
行き過ぎた経済至上主義を調整する機能を持つ社会が必要というが、経営者でも政治家ででもない私たちに何ができるのだろうか。
消費者としてできることは?
今日からすぐに実践できることがある。それは、モノを買う時にできる限り自分にとって過ごしやすい社会づくりに貢献している企業を選ぶことだ。どう選べばよいのか。佐久間さんは「大資本のスーパーより、地域の商店街。地域に根づいた店で使ったお金は大企業資本のスーパーで使うお金の6倍が地域に残ります。こうした小さな努力が地域コミュニティを活性化させる」と話す。
地域を循環するお金を人体と血液に例えてみるとわかりやすいかもしれない。
大資本より、中小の資本。中小の資本より個人商店。そうすれば大資本に吸収されて地域の外にいる株主にどんどん流れ出ていくお金は少なくなる。そして、地域内でお金が循環するとその地域には新たなビジネスや助け合いの余裕が生まれたり、活気が生まれやすくなる。
また、コンビニで買い物をするにしても、より環境に配慮しているチェーンを選ぶ。
役員の女性割合を参考にするなど、自分が「あるべき社会」「住みよい社会」に近い企業を選ぶことで、その企業がより元気になるよう応援するという手もある。
まずは私たち一人ひとりの日々の行動が社会の形をつくっていると認識することが大切と佐久間さんは言う。
「何かしたいけれど何をすればよいのかわからない」という声にこたえて、佐久間さんと勉強会を開催する仲間が「私は社会がよくなるように、こんなことをしているよ!」を集めた冊子が「We Act!」だ。
「できることは必ずある:わたしたちのアクション集」と題された小さな冊子には、「ジェンダー」「環境」「暮らし」「仕事」「人権」「コレクティブ」といったテーマでそれぞれのアクションとアウトカム(その結果)がまとめられている。「キッチンペーパーを使うのをやめた」「パワーシフトした」「Twitterデモに参加した」「ビッグイシューを買うようになった」などの、それぞれの「できたこと」を眺めていると自分もできることがあると思えてくる。
https://sakumag.katalok.ooo/ja/items/43454
「変わらない世の中とか、将来に対する不安とか、落ち込む理由は今の時代いくらでもありますが、だからといって指を加えて見ているだけでは、福祉や社会システムがどんどん骨抜きにされて、さらに個人にとっては苦しい世の中になってしまう。私自身、社会活動を取材し続け、参加する中で、自分の孤独感が払拭されたり、不安が軽減する体験をしてきました。一人ひとりの力は小さくても、束になれば大きな力にすることができるし、与えられた環境のなかで何ができるか?と、いたわりあいながらもみんなで考えることが、それぞれのメンタルセイフティにもつながる。一緒にやる人たちを見て、一人じゃないという気持ちも持てる。 だから、私は自分のアクション(できること)として、こんな活動があるよ、と伝えて続けていきたい」と佐久間さんは話す。
簡単にできるソーシャルアクション「エコジア」
『We Act!』を読んだビッグイシュー日本東京事務所所長の佐野未来が最近始めたアクションは「検索エンジンとして“エコジア”を使う」というもの。気候変動の問題解決を掲げてスタートしたドイツの社会的企業の提供する検索エンジンで、広告収入の80%を植林や森林再生活動を行う団体に寄付している。検索回数に応じて植樹された数が表示されるといった楽しいしかけもある。https://www.ecosia.org/
「経済を回さなきゃ」の結果が今の世の中。コミュニティとしての助け合いを
最後にメッセージを、と促されると佐久間さんは、「自分自身、災害時に行政のヘルプがやってくるのが遅いなどの問題を抱える、市民運動が盛んな地域に暮らしてきて、コミュニティ活動に参加することで生きることの不安感を払拭できてきた経験があります。同じような場所を作りたいという気持ちから、読者とのコレクティブを作ったことで、自分自身もまた孤独感から救われています。最近の日本では、自己責任や“自助の時代”とのメッセージが優勢ですが、行政の免責の言い訳として使われ、コミュニティによる共助に負担がかかりすぎているように思えます。企業の社会責任や行政が責務を果たすことを求めながら、互いのメンタルセーフティを気遣い、精神のよりどころを提供することこそがコミュニティの役割なのかな、と思っています」と話した。佐久間裕美子さん プロフィール
ニューヨークを拠点とした文筆家。1996年にアメリカに留学。2003年、フリーのライターとして独立。服や音楽などのカルチャーについて執筆する傍ら、社会の正義や不平等などにも注目。アメリカ国内の市民活動を取材し、2014年、「ヒップな生活革命」、2020年「Weの市民革命」などを執筆。
**新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急企画第8弾**
2021年12月6日(月)~2022年2月28日(月)まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2021/12/21589/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。