「屋根がない状態だけがホームレスなのか?」/関西日英協会出張講義レポート

有限会社ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や貧困問題、ビッグイシューの活動への理解を深めるため、企業や学校、各種団体から依頼を受け、講義をさせていただくことがあります。

今回の行き先は、関西日英協会(以下、同協会)。1935年設立の同協会は、日本とイギリスの国民間の理解と親善を深める機会を提供することを目的とした団体で、『ビッグイシュー』がイギリス発祥の雑誌であることから、“協会員にもその活動を知ってもらいたい”と社会活動部副部長の伊東正治さんがこの講義を企画してくださいました。


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“屋根がない”場所ですごす人だけがホームレスなのではない

今回の出張講義には、ビッグイシュー日本大阪事務所長・吉田耕一と、販売者・Mさんがお伺い。

ホームレス問題について解説しようと、ホームレス状態になる経緯や事情は人によってさまざまであり、『ホームレス』という言葉は、その人の人格ではなく“状態”を表す言葉である…と話したところで、会場から、「“ホームレス”とは、“屋根がない”状態のことなのですか?」と言葉の定義について質問が。

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普段の講義ではここを気にする人も少ないのですが、さすが日本とイギリスの理解を深める団体です。ご指摘の通り、日本とイギリスでは“ホームレス”の定義は異なり、日本では、いわゆる野宿をしている人がホームレスの定義に当てはまりますが、イギリスでは、屋根はあっても自分の“ホーム”でない場所ですごす人もホームレスと呼んでいます。

吉田はその旨を説明しつつ「たとえば施設やネットカフェなどですね。僕たちビッグイシューでもイギリスの定義のように、野宿している人だけではなく、不安定な居住環境ですごす人も“ホームレス”に当てはまると考えています。」と補足しました。

※厚生労働省による調査結果では、路上生活者数は年々減少傾向にあり、2023年の調査結果では3,065人と発表されています。しかしこの調査では『ホームレス』の定義が「公園、河川、駅舎などで野宿をしている人」に限られていること、調査方法が日中の目視調査であることが課題として指摘されており、ネットカフェなどで過ごす「安定した住まいのない人」はホームレスにカウントできない現状があります。

自分で決めると力が湧く。『セルフヘルプ』を大事にしている

ホームレス状態に至るまでには、仕事を失って収入が得られなくなり、そのうちに家賃が払えず家を出て、家族や頼れる人とのつながりも失い、路上生活を余儀なくされる…というパターンが少なくありません。そして、そうした喪失体験が続くことで、人生をやり直す気力も体力が削がれてしまいがちなのです。

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「“さっさと自立せえよ”と思われるかもしれませんが、一つひとつ階段を落ちるように収入や家を失っていくと、この段差を1人で登ろうとするのは難しいんですね。そうすると、“俺、もういいか”と将来への希望を失ってしまう方もいます。僕たちはそれを“自己肯定感の低下”と呼んでいます。」

どうやって自立に向けたサポートをしていくか。ビッグイシューでは販売者の方に、“街角の本屋の店長さん”として何時から何時まで販売するか、どんな声かけをするか、売り方の工夫や売上の管理なども、販売者さん自身で決めてもらっています。『自分で決めると力が湧く』、“セルフヘルプ”の考え方を大事にしています。」

この説明に対して会場からは、個人の力で立ち直らせるだけではなく、社会を巻き込んでサポートしていくべきでは?との声も。
本当にその通りで、個人の力で自立を目指すということと、社会の力でサポートしていくという、両輪を動かす必要があります。

※認定NPO法人ビッグイシュー基金では、ホームレス状態になり、どこに相談すればよいかわからないという方にも必要な情報が行き渡るよう、『路上脱出・生活SOSガイド』を発行し配布する活動や、行政や空き家の大家さんと連携して、固定資産税分のみで提供された空き物件を活用し、ホームレス状態の方が初期費用や保証人を立てることなく一時的な居所として利用できる「ステップハウス」を運営しています。

派遣切り、ギャンブル依存…Mさんが路上生活に至った理由

続いて、兵庫県出身の販売者、Mさんの半生を語るコーナー。
八百屋を営んでいたMさんの父親は、Mさんが5歳の時に他界。以来、母親との2人きりの生活ながら、部活動に入ったり友人と遊んだりと、ごく普通に少年時代を過ごしたそう。高校卒業後は一年浪人したあと、大学へ進学。アルバイトをして自分で学費を稼いで、楽しく過ごした…と振り返ります。

大学を卒業してからは、段ボールメーカーの営業職→リサイクルの会社に就職。検品作業員として入社したものの、会社の都合でノルマの厳しい営業職となり、退職を選びました。ちょうどその頃、 Mさんは幼馴染みに誘われてスロットにハマりつつありました。

「初めてやってみた時に、ビギナーズラックっていうんでしょうか。そこで勝ってしまって。それが面白くて、スロットに通う毎日になりました。スロットにお金を注ぎ込むための借金までしてしまって。それが親にも知られて、家を出ることになったんです。」

吉田「スロットにハマっていた当時はどんな状態だったんですか?」

Mさん「止まらないという感じでした。勝った時の印象が頭に残ってて、現実では負けてるのに、“あと2000〜3000円で勝てるな”というイメージが先行するんですよね。それでなかなか止められなかったんです。」

こうして地元を離れることになったMさんは、愛知県で派遣社員として働き始めます。寮生活で節約できるはずのお金をスロットに注ぎ込むことを繰り返したそう。その後、リーマンショックを機に派遣切りにあい、家と収入の両方を失い、路上生活になってしまいました。

炊き出しなどを利用するうち、地域の支援団体への相談につながったMさん。生活保護の受給を開始し就職活動も再開しましたが、年齢もあってか就職が決まらず、行政からの就労指導が厳しくなったため、生活保護の利用をやめて関西に戻ることを決めたといいます。

「大阪でホームレス支援団体に相談し施設に入所して、そこでビッグイシューの存在も教えてもらいました。施設のあっせんで、介護の仕事など就職もいくつか決まりました。でも収入を得られるようになっても足を引っ張ったのは…やっぱりスロットだったんです。」

そうして再び路上生活に戻ったMさんですが、ビッグイシューの存在を思い出し、事務所を訪ねたといいます。吉田と相談するうちに、雑誌『ビッグイシュー日本版』の販売者として仕事を始めたMさん。販売の仕事で得たお金をコツコツ貯め、現在はアパートを借りて生活をしています。

そんなMさんに、「現在はギャンブルをやめているのでしょうか?」との質問が。

Mさん「はい。今はやめています。(会社員の頃より)収入が減ったというのもありますが、ビッグイシューの販売の仕事を始めてから、“1,000〜2,000円でもスロットに使うのがもったいないな”とか、“その1,000円があったらもっと美味しいものが食べられるな”と、やっと思えるようになりましたね。キッパリと、もう3年以上はやめています。」と回答しました。

吉田「販売を始めて良かったことはどんなことですか?」

Mさん「買っていただける方は、僕らがホームレス状態にあることを知ってくださるかたが多いので、励ましの言葉をくださることが嬉しいですね。“ホームレス“としてではなく、人間として接してもらえていることがとてもありがたいんです。ビッグイシューの活動を、ぜひみなさんのお知り合いにも伝えてもらえると嬉しいです。」

「本来であれば国が行うべき課題に、日々直面していると知った」

今回の講義を、みなさんどのように受け止めたのでしょうか?
いただいた声の一部をご紹介します。

「個人の責任もあるが、日本の制度(の低さ)に不安・残念に思った」

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「ホームレスが“状態”であり、各個人の性格ではないこと。日本社会において、本来であれば国が行わなければいけないことを、NPO等で日々直面していただいている」

「いとも簡単に、ホームレスになってしまうことがあるのだと驚きました。ホームレスの年齢層が若年化しているのが、これからの社会全体の方向と共に心配になりました。ただその中で、販売員をされてセルフエスティーム(※自尊心)を持たれていることに安心しました。」

ビッグイシューの活動への理解が深まったという感想や、現在の社会や支援制度のあり方に疑問を持ったという声もありました。

「イギリス発祥のこの雑誌をもっと知り、目を通してもらいたい」

今回、この講義を企画してくださった伊東さんは「僕は仕事でイギリスのロンドンに住んでいたことがあり、帰国してから日本で雑誌『ビッグイシュー日本版』が創刊されました。関西日英協会の社会活動部で活動を始めてからは、イギリス発祥のこの雑誌についてもっと紹介したいと思うようになりました。会員の皆さんのなかには、ビッグイシューの存在は知っていても、内容を読んだり購入したことがないという方も多いので、ぜひビッグイシューへの理解を深め、活動を応援してもらいたいという想いがあり、講義を依頼しました。今回は会員の皆さんに対して初めての試みでしたが、これからも続いていくと嬉しいです。」と語りました。

取材・記事作成協力:屋富祖ひかる

格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 

参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」

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