ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに保護活動している中、追跡犬ユニットにいくつもの試練が降りかかる……。

※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系を一にする。

嘔吐と下痢を繰り返す追跡犬
ツェツェバエ生息地のリスク

 この2ヵ月は追跡犬ユニットにとって、とても大変な時期だった。セレナ・レンジャーステーション(※2)にいるメスの追跡犬のソピアとシャカリアが代わる代わる体調を崩し始めたのが、すべての始まりだった。最初にソピアが食べ物を食べられなくなって、嘔吐と下痢を繰り返し始めた。そのうえ、運の悪いことに、マサイマラの私のオフィスにある顕微鏡のレンズが壊れてしまい、血液検査ができなくなってしまった。

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※2 マサイマラの西側に位置する。

 私もマサイマラにいなかったので、ソピアは急遽ナイロビにある友人の獣医のクリニックに輸送された。マサイマラの僻地で重体になってしまうと、対応できる施設がないので、ナイロビに送らなければならない。ソピアは血液検査の結果、ツェツェバエから感染するトリパノソーマ症だと確認され、トライクィンという薬で治療されることとなった。そして、その1週間後には、シャカリアまでもトリパノソーマ症で倒れてしまい、トライクィンの治療を開始することになった。


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 トライクィンは元々、トリパノソーマ症の予防薬として3ヵ月ごとに犬たちに投与している薬だが、犬たちが引退する年齢近くになると、肝臓に過度の負担を与えるため、投与の期間を3ヵ月ごとから4ヵ月ごとに引きのばすことに挑戦している最中のことだった。しかし、3ヵ月を少し過ぎた時点で、ソピアとシャカリアの2匹がトリパノソーマ症にかかってしまったことで、やはり予防期間は3ヵ月でなければならないと痛感した。

 ツェツェバエが生息している野生動物公園の中で飼われている犬は、公園管理施設の私たちの労働犬しかいない。なので、犬のトリパノソーマ症の予防方法、治療方法などについて調べる文献や資料はほとんどないのである。さらに、アフリカ全土の公園で同じツェツェバエの種類が生息しているわけではない。公園によって、また広大な面積をもつ公園であれば、違う種類のツェツェバエが生息している場合もある。

 よってトリパノソーマ症の予防方法や治療方法は、自分たちの公園の状況にあわせて考え、試行錯誤し失敗を通して学んでいかなければいけない。私も12年前、追跡犬ユニットを開始した半年後に、米国から輸入したブラッドハウンドをトリパノソーマ症によって、数日の間に亡くした経験がある。なので、その恐ろしさは痛感している。トライクィンの長年の投与は肝臓を悪くするが、投与しないと罹患し、数日のうちに昏睡状態になってしまう。

 野生動物を保護するために、労働犬の活躍なしにはやっていけない。そのなかで、犬の健康を保たなければいけないので大変である。

治療薬、服用後もまた嘔吐
さらに強い薬でやっと効果

ソピアとシャカリアはそれぞれトライクィンを投与されて体調が回復に向かったが、10日も経たないうちにまた嘔吐が始まってしまった。通常、トライクィンで治療すると、2日目には目に見えるほど回復するはずなのに、おかしい。

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トライクィンは強い薬で、マラリアの治療薬と同じように、肝臓に負担をかける。なので、短期間に何度も使ってよい薬では決してない。数日様子を見ながら、血液検査でまだトリパノソーマ原虫がいるかをチェックすることにした。しかし結局、トリパノソーマ症とまったく同じような症状が続き、血液検査ではまたまたトリパノソーマ原虫が発見されてしまった。12年間ずっと犬のトリパノソーマ症を見てきて、トライクィンが原虫を殺さなかったのは、初めてのことである。

犬のトリパノソーマ症を頻繁に治療している獣医はあまりいないのだが、実際に治療したことのある年配獣医に相談してみたところ、彼も驚くばかりだった。トライクィンが効かないトリパノソーマ原虫は、マサイマラ地方では聞いたことがないのである。トライクィンに抵抗を持っているトリパノソーマ原虫はマサイマラでは生息していないはずだ。

この状況が理解できなかったので、パトロールチームが前月に行った地域を改めて確認することにした。すると、1週間だけ、チームがタンザニアのセレンゲティ国立公園の北部を通り過ぎて、さらに奥にあるツェツェバエが多く生息している地域に足を踏み入れていることがわかった。ケニアの国境から100km近くの場所である。「これか!」と地図を見て声を上げてしまった。

この地域で、通常のトリパノソーマ原虫を抱えたツェツェバエと違った種類のものに刺されたに違いない。すぐさまトライクィンから違うトリパノソーマ原虫にも対応する薬に変えた。すると数日後には症状が落ち着き、血液検査にも原虫が見られなくなった。これで一安心と思ったのだが、残念なことにトライクィンでの治療とさらに強い薬の治療が短期間に重なったせいで、2匹のうち1匹は肝臓を悪くして、その後の1ヵ月は仕事に復帰できなくなってしまい、今後マサイマラで労働犬としての仕事が続けられるかどうかも怪しくなってしまったのである。

密猟者に切りつけられて怪我
バッファローに追突され岩に

 犬のトリパノソーマ症騒ぎの他にも、この月はハンドラーたち(※3)にもいろいろなハプニングがあった。ハンドラーが2人、仕事中に怪我をしてしまったのである。

※3 犬の調教師。

 ひとりはパトロール中に密猟者によって手をナイフで切りつけられての怪我で、しばらく手が使えない状態。そして、2人目はパトロール中にバッファローに襲われた。なんでも、徒歩パトロール中に茂みから突然飛び出してきたバッファローに追突されて、空中に飛んで頭から岩に着地したのである。耳のすぐ上の頭蓋骨の部分で鋭い岩に着地したため血だらけになったが、不幸中の幸いで頭蓋骨骨折と内出血は逃れたことが、急遽運び込まれた病院でのMRIで確認された。バッファローに襲われて頭部に重傷を負い、命を失わなかっただけでもラッキーなことである。

 以前バッファローによって腹部を割かれて内臓が外に出た同僚をナイロビまで空輸する場につき添ったことがあるが、バッファローが人間にどれだけダメージを加えられるかがよわかった。ハンドラーはしばらく仕事に復帰できないが、100%回復してくれることを祈っている。

 (文と写真 滝田明日香)


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以上、ビッグイシュー日本版419号より「滝田明日香のケニア便りvol.21」を転載。

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務する。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。  https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。











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