ビッグイシューでは、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、高校や大学などで講義をさせていただくことがあります。

今回の行先は早稲田大学の平和学Iの授業。講義を企画してくださったのは、社会科学総合学術院の堀芳枝先生です。国際社会や日本の様々な問題について直接・構造的暴力や文化的暴力の観点から検討し、積極的平和の実現を考え、そのための行動を促す授業を受けている皆さんへ向け、ビッグイシュー日本東京事務所長の佐野未来と、販売者のニシさんがお話しました。



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大教室での講義でした

※今回の記事では講義の内容を編集してそのエッセンスをお届けします。

路上生活者だけが『ホームレス』ではない?

路上生活をしている人は「仕事もせず怠けている」といったイメージを持たれることがあります。しかしこれは大きな誤解だと感じています。また「ホームレス」とは単に安定した住まいのない状態を指す言葉に過ぎず、就労状況やその人の人格や性格を表すものではありません。

厚生労働省による調査結果では、全国の「ホームレス」数は減少傾向にあり、2021年に3,824人だったと発表されています。

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これは、福祉制度の窓口対応の改善や、支援団体の活動により生活保護受給につながる人が増えている結果。
「このまま順調にいけば、路上生活を強いられる人はいなくなるのでは?」と考えられがちですが、厚生労働省の全国調査の方法には課題もあります。

第一に、ホームレスの定義が「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる者」とされていることで、野宿している人に限られること。

※編集部注:東京都では、令和3年冬季、都内における道路・公園・河川敷・駅舎等の路上生活者の概数調査を実施(調査時間はおおむね10時~16時の間)。同時期に初めて昼間だけでなく夜間(6時半~22時)における23区内の道路・公園等の概数調査と、深夜帯(終電前後それぞれ30分)ターミナル駅周辺の概数調査を行った。結果、昼の約1.5倍の人数が確認されている。
参照:令和3年度(冬期) 路上生活者概数調査(東京都)


第二に、日中の目視調査であること。現状の調査では見た目で「ホームレス状態らしき人」と判断するしかなく、着ている衣服や持ち物によってはカウントされない可能性があります。また、その時その場にいなければカウントされません。日中の調査になることも多く、その時間仕事をして不在にしているなど人は調査の対象にならず、夜間の状況と乖離している可能性があります。

東京都は2017年に都内のネットカフェやサウナなど一時的に時間を過ごす場所で夜を過ごす利用者の調査を実施しましたが、その結果「住居を喪失している」と回答した人の人数は、一晩で約4,000人にも登ることがわかっています。*

* 「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査」の結果 より

佐野は「その中には住所喪失不安定就労者が3,000人もいて、就労状況もわかってきたのですが、厚労省の調査のデータには入っていない。これでは『ホームレスの数が減ってきている』という結果をみても、素直に喜べません。厚生労働省が示している定義は野宿の人ですが、実際には路上だけではなく、ネットカフェや”ドヤ”と呼ばれる格安で宿泊できる簡易宿泊所、24時間営業のお店などを転々としながら、非常に不安定な居住環境で暮らしている方が増えていると感じます」と、ホームレス状態が路上生活だけではないことからその実態が把握しづらくなっている現状を伝えていきました。

ホームレス問題は、貧困問題の”氷山の一角”

不安定な居住環境で暮らす人々が増えている現状には非正規雇用や利益追及型の労働環境が増加していることが影響しており、ホームレス問題の背景でもあります。

ホームレス問題は、大きな貧困問題の氷山の一角に過ぎません。
・社員寮などの会社名義の部屋で暮らしている人
→雇い止めになると仕事と住まいを同時に失う可能性がある

・家庭内暴力を受けている人
→住まいを失う可能性がある
上記のように、不安定な居住環境に陥りやすい状況の方々に何かがあった時も、家を失わなくていい仕組みを構築する必要があります。

「自己責任にとらわれていた自分が、初めて“助けて”と言えた」

販売者のニシさんは東京生まれ。両親の期待を背負い、国立大学に入学。その後自衛隊に入隊しましたが、人間関係に苦しみ退職。そこからはダンサーに転身します。

「ダンサーという形で何かできるんじゃないかと思ったんですけど、何か引きずってるんですよね。結局ダンサーも断念したんです。」

その後“人を助ける仕事がしたい”と事業を始めるもうまくいかず、借りたお金の返済のため就職しましたが、精神的に苦しい日々だったと言います。

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「努力でどうにかしたくても、だんだん『働こう』っていう意欲がなくなってくるんです。本当は、人を助けたい気持ちが強かった。だから、人を頼るっていうのが恥だと思ってた。頼るっていう選択肢がなかったんです。全てから逃げたくて身の回りの最低限ものと同居していた猫と一緒にアパートを後にして、路上に出ました。」と、当時を振り返りました。

その後知人を訪ねて東京に辿りついたニシさん。

「新宿のベンチで座ってても誰も気にしないんですよね。このまま野垂れ死ぬのも人生かな、と思っていました。」

しかし3週間水だけで生活した後、急に眠れなくなった。「時間だけがどこまでも重くのしかかってくるような感じで本当につらかった」と語るニシさん。その時、以前ネットカフェに宿泊した時に目にしたビッグイシューが発行している『路上脱出・生活SOSガイド』を思い出したと言います。

「以前に印刷して持ってたことを思い出して。炊き出しとか生活保護の情報とか、色々出てくるんですけど、はじめに見た時はイメージがわかなくて利用できずにいました。でもよく読んでみるとビッグイシュー販売者のページに『1冊180円の収入になる』って書いてあって。それまでは収入0円だったので、この”180円”っていうのが、今の状態をどうにかできるんじゃないかって思ったんです。」

かつては自身が支援を受けるイメージが持てず利用には至らなかったニシさん。
「頑なに自分でなんとかしようと思ってたんですけど、本当に、その時ははじめて『助けてください』とビッグイシューに電話をしました」

佐野は、ニシさんと出会った当時の様子について「多分、“死にきれなかったから来た”って感じだったと思うんです。今はこんなに力強く体験をお話してくださっていますが、その時は言葉少なで、寡黙な人だと思っていました。最後の力を振り絞って来てくださったんですね。生きようとする力や意欲が残ってないと、いくら情報が手元にあっても繋がらないんだなと、ニシさんに気づかされました。」「自分でなんとかしなきゃって思えば思うほど、支援団体にはつながりにくいようなんですが、ビッグイシューの場合、「働ける」んだったらやってみようって来てくれる方、けっこういらっしゃいます」と振り返る。

こうしてビッグイシューに連絡したニシさんですが、つながったのは、雑誌の販売の「仕事」だけではありませんでした。

「自己紹介シートを書いてて。趣味の欄に『踊り』って書いたら、スタッフの人が目を輝かせて教えてくれたんです。プロのダンサーが、路上生活経験者の人たちに踊りを教えているグループがあるって。もうダンスはやめてたんですけど、その話聞いた時に『関わりたい』って思ったんですね。それで『ビッグイシュー、お願いします』ということになりました。」

ニシさんが出会ったのは、「新人Hソリケッサ!」というダンスチーム。路上生活経験者から参加者を募り、ダンスを中心に、路上生活の経験や身体から生まれるパフォーマンスを表現しています。ニシさんは現在、メインダンサーの1人として活動中です。

最後にニシさんから、学生の皆さんへこんなメッセージが。

「人のために頑張る人もいるけど、疲れてしまうと元も子もないので無理をしないで欲しい。1人だと生きていけないし、1人だと失敗した時に誰も助けてくれないので。若い人たちには、色々学んで、遊んで、視野を広げていってほしいです。」

かつて誰かを助けたかった思いや夢を持っていたニシさん。路上生活を経てなお、再び人とつながり、新たな目標と出会った経験から、力強いメッセージを伝えていきました。

路上生活に至る前に使える制度を。失敗してもやり直せる仕組みを。

日本にはさまざまは福祉制度が存在しますが、実は生活保護制度の利用率は他国と比較してもとても低い状況。生活保護の受給が必要とされる人のうち、実際に利用できている人は3割に満たないと言われています。その要因には、過度な水際作戦や、自己責任論の広がりも影響しているでしょう。

佐野は「これから先、何かあった時に親や友人を頼れなくても、社会にセーフティネットがあるって思えれば、安心して生きられると思うのですが、残念ながらうまく機能していない現状がある。『お金が無くなったら、住まいを出ていかなければならない、それが当たり前でいいのか?』とみんなで考えていけたら、ホームレス問題解決につながるのではないかと思います。路上にでるまで放置するのではなくて、そこに至るまでにもっと細やかなセーフティネットを作っていくのも大事だと思います。」と力説します。

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大学生からは「ホームレス問題に対して、ビッグイシューを購入する以外で学生でもできることはありますか?」の質問が。

佐野は、「ホームレス問題の背景には大きな貧困問題があります。貧困を予防する観点から、例えば無料学習塾など貧困家庭のお子さんをサポートする塾のボランティアなども考えられます。貧困問題の解決に取り組んでいる団体を助けていただくことは嬉しいし、ありがたいですね。」

と回答していきました。

「私たちが視野を広げることで、何か変える力を持てるかもしれない」

この日、受講したのは約200人の学生さん。みなさんはどのように受け止めたのでしょうか?実際にいただいたアンケートから、感想をご紹介します。

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上記のように、「イメージの中のホームレスの方と西さんの話は少し違っていて、路上にいる人たちにも様々な背景があることを少し理解できた」という感想や、「それぞれのバッググラウンドがあり、決して概括して見るべきではない」「イメージや考えが大きく変わった。気軽に声をかけていいんだと感じた」といった、ホームレス状態にある方々へのイメージが変わったという声がありました。

また、現在の日本の社会構造に疑問を持つ声も。

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「貧困は罪なのか?という問いが印象的」という声や、上記のように「本当にその人の自己責任なのかということを考えることは大切だと思いました」「私たちにも問題があると思った」という、貧困問題の背景に焦点を当てた感想も。

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上記のように、「私たちの視野を広げることで、何か変える力をもてるかもしれない」といった感想も寄せられました。


格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 



参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」



人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか

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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。