*映画「ダーク・デイズ」
ニューヨーク・マンハッタンの地下鉄トンネルに住む地下住人たちを16mmモノクロフィルムで撮影したドキュメンタリー。暗闇の中で、辛い過去に葛藤する人々を、ある日突然鉄道会社が強制退去させる——。この作品は、トンネルに住む住民自らが制作。
https://madegood.com/dark-days/
「“そうするしかない”と思い込んでいるから路上にいたけれど、やっぱり不自然だった」/西さん
路上生活経験のある西さんが映画「ダーク・デイズ」で最も印象に残ったのは、ラストでホームレス状態だった人たちが家に入り、ベッドに倒れ込んで「ふ~!」となるシーンだったと言います。
その変貌ぶりが唐突すぎるのではと指摘するレビューもあるようですが、西さんは「ずっと路上生活をしている人でも、ちょっとしたことで考え方が大きく変わることって、本当にあるんです。僕の場合は、当時新宿のバスターミナルの堅いベンチで2年くらい座ったまま眠る生活をしていて、その状態にも慣れていたし、自分が選んだ道だからこれで良いと思い込んでいたんだけれど、『新人Hソケリッサ!』のダンサーとしてマンチェスター(UK)に招待されたとき、ホテルに泊まれることになって本当にひさしぶりにベッドで寝たんです。そしたら、翌日ビックリするくらい調子がよくて、英語もしゃべれないのに、いつもはしない散歩なんかに出かけて。その時に初めて、『路上生活って、不自然なんだ』と感じたんです。バスターミナルのベンチで寝る生活は良くないことだ、と(笑)
だから、これしかないと思い込んでいるホームレス状態の人も、いくつもの選択肢がドーン!とあったら、一気に変わることもあるんだと思います。」と自身の体験と重ね合わせて語りました。
西さんが出演したドキュメンタリー映画『ダンシング・ホームレス』
ビッグイシュー日本の立ち上げにかかわった佐野未来が印象的だったのは、映画の冒頭で地下に住むホームレスの人たちが「ここ(地下)は天国。電気代も払わなくていいし」というセリフだったと言います。
その背景として佐野は「ビッグイシューの販売者の中にも『俺はもう、路上生活がいいんだよ、気楽だし』『ここでのたれ死ぬからいいんだ』という人もいますが、“路上がいい”というのは、家で暮らしていた時につらすぎることがあって、その状態に戻りたくない、という過去のつらい体験との比較なんじゃないかなって思うんです。多くの人は、もし家賃なしで自由に休んでていいよって言われたら、路上じゃなくて家に住むんじゃないかなあって感じています。」と語りました。
「ずっとホームレスだった人は、家に入っても順応できないってこともあるのでは?」
西さんと佐野のトークの後、参加者の方から「ずっとホームレスだった人は、家に入っても順応できないってこともあるのでは?」との質問が出ました。
西さんは「“家がない”ってことだけが問題の人は、すぐ順応できると思います。でも路上生活に至る人は、大抵それまでにそれ以外の問題を抱えているから、その問題を解決する必要がある。だから誰でもすぐ順応できるわけじゃないとは思います。
僕自身もマンチェスターのベッドに寝て変わったって話をしましたが、それでも問題を抱えていたのでいきなりじゃないです。今の生活状況を変えていかないといけないなと感じたあと、まずはネットカフェで段々と眠るようになり、その後コロナ禍で大幅値下げしていた外国人向けのドミトリーに泊まるようにもなって。そこはハチの巣みたいな場所でしたけど、布団だったから横になれるし、ネットカフェみたいに時間で追い出されることもなく快適だと感じていました。
その後、自分の活動を応援してくれている方のご好意があってアパートに入れるようになったんですが、自分の家があるというのは、玄関があるとか天井があるとか壁があるとか、物を持ち歩かなくていいとか、路上やドミトリーより断然いい(笑)。」とコメント。
これを受けて佐野は、「西さんの場合は自力で段階的に適応されましたが、路上生活をしていた人がいきなりアパートに入ると、『路上では仲間と一緒に過ごせたけれど、ひとりぼっちになってしまった』と心を病んでしまう人もいます。それまでのコミュニティから引きはがして、家さえあればいい、というものではない。また、障がいや疾患などが原因で、人とのつながりや家を失った場合は、その課題の解決が必要となります。
たとえば、ハウジングファーストという支援のやりかたがあります。まず安心できる個室の住まいを用意して、そこをベースに医療や生活サポートなどの必要な支援と繋げていく。アメリカなどでかなり実績を上げているやり方なので、興味のある方は注目いただければと思います。
あと、映画にも出てきましたが、アメリカには、低収入で条件を満たせば家賃補助が出るというセクション8という制度があります。これが、ホームレス状態になることを防いでいます。
ただ、いったんホームレス状態に陥ってしまうと、助けてという声が届きにくかったり、自力で契約できる住まいを見つけることがより困難になるため、セクション8でも解決できないのでは、と思います。この映画の制作にかかわったホームレスの人たちの背景は様々なんだけれど、この映画があったから、数字や統計ではなく、一人ひとり人間として置かれた状況がリアルに伝わったし、それが住まいを取り戻すことにつながったのかもしれないと思うと、当事者が声を上げ、問題解決にかかわることの力と大切さを感じました。私たちももっといろんなことに取り組んでいかなきゃいけないと思います。」と語りました。
MadeGood Films
OUTCAST映画祭<公式サイト>
https://madegood.com/outcast/
西篤近さんプロフィール
「人の役に立ちたい」と大学を辞めて陸上自衛官となるも、東日本大震災の復興で限界を感じ、沖縄でダンサーになろうと退職。しかし思うようにいかず、ホームレス状態に。廃ビルで1か月ほど過ごしたのち、恩人に会いに行った東京で帰れなくなり、その後2年以上転々とした路上生活が続き、「もうのたれ死ぬしかないかな」と思ったところで頼ったビッグイシューで、一線級で活動していたプロのダンサーがホームレス状態の人たちとつくりあげるダンスチーム『新人Hソケリッサ!』を知り、参加。以来ビッグイシュー販売者とダンサーの仕事を両立させている。
Photos:横関一浩
佐野未来プロフィール
地元大阪のあちらこちらの路上で生活する人が目につくようになった頃、「質の高い雑誌を発行し、ホームレス状態にある人の独占販売とすることで、すぐにできる仕事をつくる」というビッグイシューUKの仕組みに出会い、日本一路上生活者の多かった大阪で2003年にビッグイシュー日本を3人で創業。 2024年5月、『ビッグイシュー日本版』の累計販売冊数は1000万冊突破。販売者には16億2371万円の収入を提供した。
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