通常はホームレスの人たちが路上販売している雑誌『ビッグイシュー日本版』だが、ショップやカフェなど人の集まる場所であれば、ホームレスの人でなくともビッグイシューを販売できる「委託販売制度」がある。
今回は広島でこの委託販売制度を利用している「Social Book Cafeハチドリ舎」店主の安彦恵里香さんに、この場所や委託販売についてお話を伺った。
広島の平和記念公園から本川橋を渡ってほどなくすると、「ハチドリ舎」という文字が見えてきた。木製のその看板は訪ねてきた人をあたたかく迎え入れる雰囲気に満ちている。
平和記念公園からほど近いところにある「ハチドリ舎」
扉を開けると、初めて来たのになんだか懐かしいような不思議な雰囲気。数々の本の間から、『ビッグイシュー日本版』の最新号も顔を覗かせている。「常連さんが購入して行くこともあれば、表紙を見て初めて買われる方もおられますよ。レディオヘッド(393号)やフレディ・マーキュリーの号(351号、SOLD OUTだがPDF版を販売中)が結構出ましたね」
ハチドリ舎の原点は、パレスチナ人ザヘルさんとの出会い
そう語る店主の安彦恵里香さんがこの地に「ハチドリ舎」を開店したのは、2017年のこと。そこに至る道のりには多くの出会いがあったが、その原点とも言えるものがザヘルさんとの出会いだという。店主の安彦恵里香さん
24歳の時に、社会問題を学びながら世界1周の旅をするピースボートに乗船した同世代の若者からガザ地区の現状を聞くこととなった。
「いつ自分の命が奪われるかわからない、いつも自由が制限されているという現状をお聞きして、“心は憎しみで溢れかえっているだろう”と勝手に思い込んでいたんですね。でも個人的にお話ししてみると、たどたどしい英語で話しかけても対話を続けようとしてくれるとても優しい人でした。テレビの中にいる『かわいそうな人』ではなくて、目の前の一人の人間として対話するというのはとても大きな経験でしたね」
そのザヘルさんとの対話は「なぜ、この人がそんな辛い目に合わないといけないんだろう」という疑問へとつながっていく。「私がパレスチナ問題について知らなかったのも一因だ、と気づいたんですね。あまりにも多くの人がパレスチナ問題に無関心に生きている。だからこそ私だけでも、この問題について今後も考え続けていきたいと思わされました。私一人が考え続けたからといって問題が解決されるわけではないけれど、それでもマイナスではなくゼロ以上でありたいと思ったんです」
差を埋めるために、人の話を聞く機会を
このザヘルさんとの出会いによって、もっと社会の問題を知りたいと思った安彦さんは、ピースボートのスタッフとなり、5年間働きながら実践的に学びを重ねた。ピースボート退職後は短期やフリーなどの仕事をこなしたが、30代後半を迎えると次第に仕事が減ってきて、自分の働き方に向き合わざるを得なくなった。「起業するしかないか」と考えた時に思い浮かんだのが、“気になる社会問題をともに語り合うようなブックカフェ”だった。
そして、2017年についに「ハチドリ舎」が誕生。
壁には溢れんばかりの本たち。最初の1冊は知り合いの『世界』の編集者から贈られた。その後は興味の赴くままに購入したり、お客さんから譲ってもらったりして本棚が彩られていった。
本との出合いも楽しみの一つ
『ビッグイシュー日本版』を委託販売するようになったのもある出会いがきっかけだった。「元々、ピースボートを通じて栃木のフェアトレードショップ「コブル」の店主さんと知り合いだったんです。それである日、ふらりとお店を訪ねると、ビッグイシューが販売されているのを見つけて。『え、お店で扱えるの?』『販売者がいない都道府県では扱えるんだよ』*って聞いてから、即ビッグイシューに問い合わせました」と笑う。
*現在はどのエリアでも販売可能。
『ビッグイシュー日本版』も顔を覗かせる
「ハチドリ舎」ではお店にある好きな本を広げながら美味しいカレーを食べ、コーヒーで一息いれることもできる。でも、本領発揮はほぼ毎日開催されているトークイベントだ。「6」のつく日は被爆された語り部の方のお話を聞くイベントが行われているほか、坊主BARに弁護士BARあり、また外科医の方が「人と微生物とウィルス」というテーマで語ったりもする。テーマも集う人々の年代もさまざまだ。そしてそこからまた新たな出会いが、新たなプロジェクトを生み出していく。
2019年3月にはビッグイシューも販売者のトークイベントをオンラインで開催。
「“差を埋める”ということを大切にしているんですね。そのためにも、実際にその人の話を聞くというのは大きな役割を果たします。ホームレスと呼ばれる人たちが日々どんなことを考え、感じているのかを知ってもらいたいと思っていたので、それが実現できたのは嬉しかったですね」
ビッグイシューイベント時の様子(Photo: Erika Abiko)
https://bigissue-online.jp/archives/1074910091.html
講義・講演依頼はビッグイシュー日本のサイトから可能。
イベントに参加した人たちからは「ホームレスの方には人生に前向きである人が少なくないということを知りました」「ホームレスになった経緯として、『理不尽なことに耐えられず仕事を転々とした』という話があったが、この感覚はよくわかると思った。(ホームレスは)誰でもなりうる可能性があるのだと思った」といった感想が寄せられた。
これからも、真面目な話をしてもひかれない場を
開店以来安彦さんが大事にしているコンセプトが「真面目なことを話しても引かれない場所をつくる」というもの。「真面目なことを話す人は孤独になりがちなんですよ。『すごいね』と(引かれながら)言われたり、ウザがられたり(笑)。でも、私にはそういう場所が必要だったんです。だから『ハチドリ舎』は私自身の居場所でもあるし、仕事場でもあるんですね」
開店から5年。これからも、今までどおりのことをしていきたいと安彦さんは言う。「成長・拡大を前提に話をする人が多すぎるなと思っていて。でも私は、この場所で大切だと思える時間を過ごせているし、この場所で癒されている人もいる。ある人は『ありがとう、こんな場所をつくってくれて』と言ってくれるし、ある人にとっては『しんどい』という言葉を吐き出せる場所にもなっている。だから今までやってきたことを、これからも続けていきたいと思っているんですよね」
壁面を彩るハチドリの樹
一呼吸置いて、ふと安彦さんが真面目な表情で語った。「今、“王道”から外れることで生きづらさを抱えている人は相当いると思うんですよね。でも、ホームレスの人たちもこうであるべきという軋轢から抜け出られた人たちのように感じていて。そっちの方がまともに見える時もあるというか。馬車馬のように働かされるとか、優秀ではないと生きてはいけないとか、人が駒のように使われる世の中になってきていますよね。学校も“使える”人間を育てる場でしかなくなってしまっていたり……。でも、そこからこぼれた人たちの方が人間らしさを保って生きているのかもしれないと思ったりもします」
「だから、王道から外れる人を祝福したいなと思っていて。そのレールから降りたって生きていけるよということを伝えたいし、サポートもしたい。そういう場でありたいと思っています」
(文章と写真 八鍬加容子)
ブックカフェ「ハチドリ舎」
イベント会場としても利用可能。
https://hachidorisha.com/
ビッグイシュ―の委託販売制度について
https://www.bigissue.jp/sell/in_your_shop/
**新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急企画第10弾**
2022年6月8日(水)~2022年8月31日(水)まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/06/23648/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。