ビッグイシューでは、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、高校や大学・市民団体などでの出張授業をさせていただくことがあります。出張授業では販売者がスタッフとともに現地へお伺いするパターンが多いのですが、今回初めて、広島の会場と大阪事務所をつなぐ形で販売者が「サテライト講演」を実施しました。
PHOTO: Erika Abiko
会場となったのは広島県内で唯一『ビッグイシュー日本版』をショップ販売してくださっている「Social Book Café ハチドリ舎」。広島市の平和記念公園すぐそばにあるカフェで、毎月6のつく日には、被爆者である語り部の方と対話ができる機会を設けたり、さまざまな社会問題をテーマに毎週数々のイベントを開催したりしています。
(2019年1月時点の販売の様子)
広島では2006~2012年前までビッグイシュー販売者による路上販売が行われていましたが、販売者の卒業に伴い販売を休止。以来、ビッグイシュー事務所に「広島ではもう販売していないのですか?」とたびたびお問い合わせをいただいていました。そんな中で「ビッグイシューの仕組みや、日本のホームレス問題についてもっと知りたい」と、会場のハチドリ舎店主・安彦恵里香さんらがビッグイシューの編集部スタッフに声をかけてくださり、トークイベント“ホームレスが売る雑誌「ビッグイシュー」ってなに?”の開催に至りました。
当日は編集部の草間さゆりが会場に赴き、神戸・六甲道の販売者・小川武志さんと販売サポートスタッフの吉田はオンライン中継で登場しました。
厚労省調査では、広島県のホームレス者数は31人
イベントの開催は3月上旬。まだ寒さが残る深夜に広島市内を歩いてみると、10人ほどの方が寝袋で眠っていました。厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査」によると、広島県のホームレス状態の人の数は平成26年に65人、平成30年には44人、平成31年には31人(広島市、福山市、呉市)となっています。
しかし、この調査ではホームレスの定義を「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」としており、こうした場所の目視調査を昼間に行っていることから、昼間は働いている人やネットカフェ・ファストフード店で生活する人など“見えづらいホームレス”の実態までは反映されていない可能性があります。また、そもそも日本におけるホームレスの定義は世界的に見ると狭く、「28日以内に家を失う可能性がある」「(知人の家や車など)自分で占有できるスペースを持っていない人」「家はあっても適切な生活環境でない、何らかの理由で入れない」といった海外の定義(英国の例。国によって異なる)と比べると、その差は一目瞭然です。
※ 厚労省調査の問題点および海外の定義
・「野垂れ死のう」と思っていた元自衛隊員の販売者がインターナショナルハイスクールの高校生たちに伝えたこと
・深夜の路上ホームレス人口調査 ―ARCHによる「東京ストリートカウント」
児童養護施設出身者にとって厳しい高校受験失敗。
中卒で遠く離れた長野県の寮つき工場勤務へ
草間よりビッグイシューの仕組みなどについて説明をした後、オンライン中継で大阪のビッグイシュー事務所とつなぎ、小川武志さんが登場。小中学校を児童養護施設で過ごしたという小川さんは、高校受験に失敗したことをきっかけに、長野県にある寮つきの電子機器工場で働き始めました。
しかし2年後、登録していた派遣会社が工場から撤退することになり、寮と仕事を同時に失い、新宿へ。しばらくは貯金があったのでネットカフェやサウナで過ごしましたが、次の仕事を見つけられず、「どうしよう、どうしよう」と焦る日々。貯金が底をついた時、新宿駅西口で初めて野宿をしたそうです。「西口はバスターミナルがあるので屋根がついていて、ホームレスの方も多いと聞いていました。」
「初めて路上で寝た時はどうでしたか?」とスタッフが質問すると、小川さんは「秋から冬の間のちょっと寒くなりかけた時期で、本当にダンボールだけを敷いてそのまま寝ました。ほとんど眠れなかったですね。緊張もしましたし、人が多くて夜中も街が明るかったので」と話しました。
「本が好き。いつか本に関わる仕事がしたい」
PHOTO: 木下よしひろ
その後、建設現場で日雇いの仕事をしながら、少しお金が貯まるとネットカフェに泊まり、そうでない時は路上で寝る日々……。広島の工場でも派遣労働者として働いていたことがあるそうです。そしてある時、ネットカフェのパソコンでビッグイシューのことを偶然見つけ、後に販売者となります。さまざまな仕事を経験した小川さんは「本が大好きなので、本の取次店で働いていた時が楽しかった」と語りました。
※ JR神戸線六甲道駅の販売者、小川さんのストーリー
・中国の大学生が「ビッグイシュー」のビジネスモデルを学ぶ/関西学院大学梅田キャンパスに出張講義
・本誌347号「今月の人」
現在ステップハウス(※)に住んでいる小川さんは、今の目標について「ビッグイシューでお金を貯めて、アパートを借りて、仕事に就くこと。やっぱり、本にかかわる仕事がしたいですね」と話していました。ビッグイシューの新号が出ると隅から隅まで読み、休みの日には図書館に行って本を読むことが楽しみだそう。好きな作家は「村上春樹です。ほとんどの作品を読みました」と答えると、参加者の顔がほころび、一気に距離が縮まったようでした。
※ 編集部注:
ステップハウスとは、NPO法人ビッグイシュー基金が他の団体や家主と連携して運営する住居。東京で2室、大阪で5室あり、低廉な利用料(1万5000円~)で、初期費用、保証人なしで一定期間(6か月~)利用でき、利用料の一部が利用者本人の積立金となる。この積立金を元手に、アパートへの入居や就職活動など次への「ステップ」を応援している。また、東西で1室ずつは、災害時などの緊急用シェルターとしても運営。
https://bigissue.or.jp/action/stephouse/
「他の仕事をしたほうがいいと思う時はありませんか?」質疑応答で直球質問も
質疑応答では、絶え間なく質問が飛び交いました。
PHOTO: Erika Abiko
Q:路上生活の中で、他の路上生活者との接点やコミュニケーションはありますか?
小川さん:
挨拶くらいはしますが、自分は割と話さないほうですね。あまりお互いのことを「探らない」という、暗黙のルールがある気がします。販売者同士は、事務所でよく話しますが……。
Q:小川さんの場合、ビッグイシューの販売で8~10時間立っていることもあるというお話でしたが、「本にかかわる仕事がしたい」という意味では他の仕事をしたほうがいいんじゃないか、という気持ちが起きたりしませんか?
小川さん:
他の仕事もしたいとは思っています。ただ、まずは(住所を得るためにも ※)お金を貯めなきゃいけないので、ビッグイシューを続けるしかないと思っています。
※ ホームレス状態の人は、「住所がないこと」「仕事がないことや貯金がないこと」が問題でアパートに入ることができないことが多い。そのためまずは保証人不要のステップハウスに入居し、住所を得てお金を貯めることが必要となる。
Q:先ほど「ビッグイシューは支援ではなく応援」という説明がありましたが、販売者の方にとって、どんなことが応援や励みになりますか?
小川さん:
買ってくれる人がたいてい「ありがとう」と言ってくれるので、それが一番うれしいです。
PHOTO: Erika Abiko
Q:このようなイベントで、路上生活の経験などを聞かれるのってどんな気持ちですか?
小川さん:
特に気にしていません。それでもやっぱり聞かれたくないことは多々ありますが……。話をすることで楽しい時もあります。以前もこうして話した時、楽しかったのでまたやりたいと思いました。
Q:小川さんにとって、ビッグイシューのスタッフの方はどんな人ですか?
小川さん:
なんでしょうか……、いつでも受け入れてくれる存在というか、そんな感じがします。
Q:ビッグイシューでずっと働き続けることはできますか?
スタッフ(吉田):
たとえば大阪には77歳の販売者の方がいらっしゃいますが、今から就職先を探そうとしても現実には難しいんです。また、雑誌の販売自体やお客さんとのやりとりに生きがいを感じている人も多いので、(就職をしたくてもできない方のためには)ビッグイシュー一本でもやっていけるようにしたいですね。
「街でホームレスらしき方を見かけたら、どうすればいいですか?」-講演を機に“自分ごと”になっていく社会の問題
終了後に、参加者から次のような感想や質問をいただきました。
PHOTO: Erika Abiko
「むかし数年間、広島で月1~2回夜回りに参加していましたが、最近は機会がなく、少しホームレス問題に距離を感じていましたので、このイベントで再び身近に感じられました。ビッグイシューの購入や声かけを通じて、もっと多様な形態でこの問題にかかわっていきたいと思いました。」
「ホームレスになった経緯として、『理不尽なことに耐えられず仕事を転々とした』という話があったが、この感覚はよくわかると思った。(ホームレスは)誰でもなりうる可能性があるのだと思った。」
「お話を聞いて、ホームレスの方には人生に前向きである人が少なくないことを知りました。小川さんという個人と出会えてよかったです。」
「『やりたいことリスト』に『当事者からビッグイシューを買う』が追加されました! 大阪・神戸方面に行った際は、真っ先に買いに行き、販売者さんと会話してみたいです。こうしたトークイベントやネットを通じて、販売者と隔たりなく近づける機会があればもっと行きたいです」
また、イベントが終わって数日後には、参加者から次のようなメールが届きました。
昨日、広島市内の商店街でホームレスらしき方を見かけましたが、どのように声をかけるのがよいでしょうか? 私がビッグイシューの存在を教え、連絡先を教えることはよいのでしょうか?
これに対し、ビッグイシュースタッフは次のように返事をしました。
①各地域のホームレス支援について調べる
「広島では今すぐにビッグイシューを販売できる状況にあるわけではないので(ビッグイシューの販売サポーターがいない地域 )、他の支援の情報を提供した方がよいかなと思います。お住まいの地域の社会福祉協議会や、ホームレス支援団体がないか調べて、そこにつなぐのはいかがでしょうか。
②警戒されないよう、無理強いしない
とはいえ、いきなり情報だけ教えるのではなく、例えばお茶やおにぎり、テレフォンカードなどをお渡ししつつ、丁寧な姿勢で「こんにちは。何かお困りのことがあったらここで相談に載ってもらえると思うので、よければご覧ください」と言って、情報を印刷したものをお渡ししてはどうでしょうか。
できれば、目線を合わせてお話しし、向こうがあまり手助けを求めていなさそうであったり、受け取らなさそうだったら、無理強いしない方がよいです。
また、一人よりは二人のほうが心強いかもしれませんが、多すぎるとかえって警戒されるので、多くても3人程度で取り囲まないようにして、近づくのはお話しする方だけでよいと思います。
③関係性を作り、支援団体とつながる
あまり手助けを求めない方でも、月に1回程度でも軽くお声がけすれば、ある程度関係性ができて、本当に困ったときに何かお話しいただけるかなとも思います(そういったかたちになりそうであれば、事前に広島であれば社会福祉士会の人などに連絡するほうがよいでしょう)。もしくは、社会福祉士会の夜回りボランティアなどに一度参加してみてもいいかもしれません。」
ホームレス問題は、「ホームレスの人の個人の問題」ではありません。世界各国で共通の「人をホームレス状態にしうる社会の問題」です。ビッグイシューの販売がない地域でも、ホームレス問題を含む社会の問題に関心をもち、問題解決のためにかかわる人が増えてほしい。お近くにホームレスの人や販売者がいなくても、その想いの輪を広げていただくことは可能です。
▼あなたにできること
https://www.bigissue.jp/how_to_support/
格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか
より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。
※資料請求で編集部オススメの号を1冊進呈いたします。
https://www.bigissue.jp/request/