民泊サイト を使って旅をする人も一般的になった。ただし民泊の広がりが、家賃の高騰や賃貸物件の不足をもたらし、街の姿を変えてしまったという批判的な声も聞かれる。そういった問題を受け、地元の人々と観光客の出会いをよりいっそう重視し、さらに、地域に貢献する社会事業を支援できる民泊サイトが誕生している。その名も、Fairbnb(フェアビーアンドビー)。設立者に、イタリアのストリート誌『ゼブラ』が話を聞いた。
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Boyloso/iStockphoto

民泊の普及により、ホストとの接触なく宿泊することも可能な宿が増加

ヴェネツィア出身のエマヌエーレ・ダル・カルロは、自分の生まれ育った街が多くの人が訪れる観光地だったこともあり、幼い頃から観光業に魅力を感じていた。「私自身、旅行が大好きです」。旅人は国際的視野を広げられ、受け入れ側は生計を立てる手段を得られる。ダル・カルロにとっての理想的な宿は、「地元の人が経営し、宿泊客に直に地域文化を紹介してくれるような、昔ながらの小さなアルベルゴ(宿屋)です。その土地の個性を残しながら、地域に雇用をもたらせますから」と語る。

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 Fairbnbの創設者 エマヌエーレ・ダル・カルロ Photos by Anna Mayr / zebra.

ヴェネツィア中心部の路地を歩いていると、ダル・カルロがふと立ち止まる。「でもヴェネツィアには別の顔もあるんです」と言って、近くの家の玄関に掛けられたプレートを指差す。「ここも、ほら、あそこも」。そこに書かれている「L.T.」という文字はイタリア語の「Località Turistica」の略で、観光客用のアパートを意味する。プレートの下には暗証番号式の鍵が設置されている。「観光客はこのアパートまでやって来て、メールで受け取った暗証番号を使って、建物に入っていくんです。ホストと一切接触することもなく」。おそらく、Airbnbなど大手の民泊サイトに掲載されている施設なのだろう。

オーバーツーリズムに悩まされる街

米シリコンバレー拠点のAirbnb社は、今やシェアリングエコノミーの代表格だ。部屋を貸す人(ホスト)と宿泊する人(ゲスト)をつなぐオンラインプラットフォームを創設したのは2人の学生。米国のホテル市場が飽和状態にあり、手頃な価格で泊まれる宿が足りていないことがそもそものきっかけだった。

ゲストが宿泊予約代をAirbnbに事前に支払い、ホストは掲載どおりの部屋を提供されたことが確認されると、ゲストの到着から24時間後に宿泊代を受け取る。Airbnb社はゲストから15%、ホストから2~5%の手数料を得る。 すべての取引はプラットフォーム上で完結し、とにかく簡単で安心だ。宿泊業界を変革したAirbnbは、2021年に48億1000万米ドル(約6660億円)の売上高を記録するほどの巨大グローバル企業へと成長した。

自宅の空き部屋を賃貸物件とする以上の「儲かる」仕組みとして注目され、国外の投資家がマンションを一棟丸ごと購入し、Airbnbを通じて観光客に部屋を貸し出す動きも見られる。『ゼブラ』が拠点を置くイタリアの南チロル地方でも、1000軒を超える部屋がAirbnbに掲載されている。ただし、管理体制はないに等しく、長い間、ホストはある種のグレーゾーンで部屋の貸し出しを行っていた。当局も次第にその事態に気づき、多くの宿泊業者に登録と納税の義務を課している。それでも、収益の大部分はAirbnb社に流れている。

民泊ビジネスの広がりで、アムステルダムやバルセロナなどメジャーな観光地の住宅市場は劇変。賃貸アパートの不足がもたらす家賃の高騰により、地元住民や学生たちが手の届く物件を見つけにくくなっている。

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地元の人たちのアパート探しがどんどん難しくなっている Photos by Anna Mayr / zebra.

ヴェネツィアはその影響下にある代表的な街だ。マーケティングを専門としてきたダル・カルロは、観光業の収益がもっと地域社会や街のためになるような他のやり方はないだろうかと興味を持ち、2014年頃からこの問題について調べ始めた。住宅市場や賃貸プラットフォームを詳しく調べてみたところ、衝撃の事実がわかった。2015年時点でヴェネツィアで登録されていた2万7000件の宿泊施設のうち、1万2000件以上がAirbnbに掲載されていたが、その約3分の1は観光用施設として登録されておらず、税金を払っていなかったのだ。「かなりショックでした」とダル・カルロは振り返る。

1960年代以降、ヴェネツィアの人口は減少の一途をたどっている。2006年以降だけでも約1万人が故郷を離れ、2022年には歴史地区の人口が初めて5万人を割ったとのニュースが話題になった*1。 その一方で、ヴェネツィアを訪れる観光客は、パンデミック前で年間3千万人。1日あたり約10万人が訪れていた。この街の人気が衰える気配はないため、この記録もまもなく塗り替えられるだろう。

大量の観光客が発生するマスツーリズムは、地元住人を大いに悩ませてきた。街を歩けば、抗議の意を示す旗がベランダに吊るされていることに気づかされる。観光客にもろに敵意が向けられることも珍しくない。「ヴェネツィアは観光なしではやっていけません。そのことに疑問の余地はありません。問題は、街と観光業をどうやって共存させていくかです」

*1 参照:Venetians fear ‘museum relic’ status as population drops below 50,000

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抗議の意を示し、洗濯物を干して景観を遮ろうとする地元の人たちもいる。Photos by Anna Mayr / zebra.

「フェアな旅」を求める動きがヨーロッパ各地で広がる

Fairbnb事業の創設者、そして最初の出資者でもあるダル・カルロは、調査と分析を経て、新しいビジネスモデルを生み出し、2016年にfairbnb.comのドメインを登録しようとした。すると、オランダですでに同じ名前で活動している団体があることがわかった。アムステルダムで手頃な価格の住まいを見つけられなくなったスペイン、リトアニア、ベルギー出身の若者たちが、ダル・カルロ率いるチームと同じようなアイデアを実行に移そうとしていたのだ。


彼らと連絡を取り合い、2年の歳月をかけて企画立案と民主的な話し合いをすすめ*2、2018年末に協同組合Fairbnbを設立した。そのミッションは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を指針とし、人々とその居住地の健全性の確保だ。イタリアのボローニャに拠点を置いているが、事業は国境を超えて展開している。パンデミック下で一時停止を余儀なくされた事業も、すでに再開。現在、イタリア、ベルギー、スペイン、フランス、ポルトガル、オランダ、そしてドイツの一部を合わせて、計700の宿泊施設が登録されている。(補足:日本にはまだ進出していない。Fairbnb事業を自分の街で展開したい人向けにアンバサダープログラムが提供されている)

*2 ヴェネツィア、アムステルダム、ボローニャほか、ヨーロッパ各地の都市が参加した。

ローカル事情に合わせたフレキシブルな運営方針

Fairbnbのホストになる条件は場所によって異なり、ヴェネツィアでは、現地に住んでいること、ゲストと直接連絡が取れること、複数の宿泊施設を提供していないこととしている。「人口流出が激しい街で、複数の施設を運営することでメリットを受けられる状況であれば、また違ったルールを設けます。街ごとの状況を正しく評価するため、その街の代表者が基準を設定し、ホストならびに支援対象となる社会事業の管理をすすめ、Fairbnbからこれらのサービスに対する対価を受け取ります。ローカルな事情は、地元の人が一番よく分かっていますから」とダル・カルロは話す。

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ヴェネチアのカフェで話を聞いた。Photos by Anna Mayr / zebra.

Fairbnbのホストは手数料の支払い義務はなく、他の宿泊サイトを並行して利用しても構わないとし、ホスト登録を促進している。ゲストには15%の予約手数料がかかり、その半分がFairbnbに、残り半分が地域の社会事業や環境団体の支援にあてられる。どの組織に寄付するかはゲストが選ぶ。事業規模が拡大していけば、Fairbnbに入る金額を減らし、社会事業にあてる資金の割合を増やしていく予定だ。

Fairbnbの今後の展開について、ダル・カルロは至って現実的だ。「大手企業に取って代わるのは難しいでしょう。でも、サステナビリティを重視する人たちに、こんな旅のあり方もあるのだと新たな選択肢を提供していきたいです」

旅で地元NPOを支援できるしくみ

ヴェネツィアに宿泊するゲストが寄付先として選べる社会事業のひとつに、「ヴェニス・コールズ(Venice Calls)」*3という青少年団体がある。代表を務めるセバスティアーノ・コニョラート(26歳)に、運河に浮かぶボートの上で話を聞いた。

*3 ヴェニス・コールズ https://www.venicecalls.com/en/

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セバスティアーノ・コニョラート Photos by Anna Mayr / zebra.

「ヴェネツィアは、“グローバリゼーション”という言葉が生まれるよりも前からその影響を受けてきました」とコニョラート。さまざまな国と貿易関係を結び、世界中から人やモノの交易拠点となったこの街は、常に世界の影響を受けやすい状況にあった。

病気の蔓延や自然災害といった危機が世界のどこかで起こると、この街にも直接的または間接的な影響が及んだ。ヴェネツィアは世界的な問題の映し鏡だ。「この街で育った多くの若者のは、こうした動向に大きな関心を寄せ、自分たちも何かしたいと思っています」

自分たちの声を届けていきたいとの気概を持った若者たちが2018年に設立したのが当団体だ。2019年の洪水*4、そしてパンデミックを受けて団体の知名度も上がり、今やメンバーは130名を超える。定例会を開催し、寄付を集めるほか、ゴミ拾いやビーチの清掃といった地域支援、学校での気候変動や環境問題をテーマにしたワークショップ、歴史的に価値のある建物や施設、工芸品などの保存サポートなどを実施している。「私たちは皆、多かれ少なかれ観光業頼りの生活をしていますから、この街を支えているものたちをおろそかにしてはいけません」とコニョラート。「若者が自分たちの地域づくりにもっと関わっていける機会が必要です。でないと、にぎわっていた街もやがてさびれた野外ミュージアムのようになってしまいます」

*4 ヴェネチア市の水位が過去50年で最高位となり、街の大部分が水没する被害に見舞われた。

Fairbnbでは、その街を訪れる人たちが、街づくりに貢献できるしくみを提供している。地域住民も観光客も守っていくには、旅のあり方を変えていくしかない。

Fairbnb 公式サイト
https://fairbnb.coop

By Lisa Frei
Translated from German via Translators without Borders
Courtesy of zebra / International Network of Street Papers

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