スペインは、欧州連合(EU)の中でも指折りの青果物産地。国内最南端に位置するアンダルシア地方は欧州最大級の有機農地面積を誇り、農園労働者は引っ張りだこだ。しかしハードな労働の割に低賃金のため、この分野で働きたいと考えるスペイン人は、特に若い世代では少ない。

またスペインは、その地理的条件から、欧州亡命を目指す難民たちの「玄関口」となっている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2021年1月1日〜11月30日の間にスペインが受理した亡命申請は5万8,540件で、そのうち承認されたのはわずか1割。申請が却下された場合、「20日以内の国外退去」が命じられるが、実際に退去する者は4割以下で、残りは「不法状態」で国内に留まっている。正式な就労は認められていないが、何とか生き延びなければならない。ここに、農業分野の労働搾取という落とし穴がある。オーストリアのストリート誌『メガフォン』が現地で取材した。


ナイジェリアから来た青年クリントンのストーリー

畑を大股で歩く青年クリントン。その筋肉質な腕に、先っぽを切り落とした緑色の靴下をはめ、その上から白い革の手袋をはめている。40℃の灼熱の中でもこうしていないと、作業で皮膚がむけてしまう。胸にぶら下げた紺色のビニールバッグは今にも破れそうだが、ほかの作業道具と一緒に自腹で買ったものなので、長持ちしてもらわないと困る。

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Photos by Lluvia Estudio Creativo and Emilia Rauti

オレンジに手を伸ばし、もぎ取り、ポケットに入れる。この動作を、一日に数えきれないくらい繰り返す。賃金は時給制ではなく、収穫量で支払われる。32箱(トラック1台分)を満杯にして40ユーロ(約5700円)。「大変だけど、できなくはない」と話すクリントンのTシャツには“Energy”の文字。少ない睡眠と食事で働ける彼のような体力は、アンダルシアの農園では重宝される。しかし話を聞くと、かなりタフでなければこなせない仕事のようだ。

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Photos by Lluvia Estudio Creativo and Emilia Rauti

「給料が2ヶ月支払われなかったことがある」と話すクリントンの声に非難の色はない。ある日、彼が所属するホッケーチームのコーチが、めずらしく練習に集中できていないクリントンのようすに気がついた。事情を話すと、コーチが労働仲介業者の代表に電話をしてくれた。“弁護士”“裁判所”といった言葉をちらつかせると相手も動き、翌日、クリントンは賃金を手にした。しかし、今後の支払いについては不安が残る。なぜ自分で催促しなかったのかと尋ねると、クリントンは笑って首を横に振り、「(ここで働くことは)失うものも大きいけど、得られるものも大きい」と言った。

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Photos by Lluvia Estudio Creativo and Emilia Rauti

定期的にアンダルシアに派遣団を送り、ビニールハウスや農園で働く者たちの権利保護を求めているNPO「インテルブリガダス(Interbrigadas)」を訪ね、詳しい話を聞いた。するとアンダルシアの農業では、クリントンのようなケースは珍しくないことがすぐに分かった。

書類上では最低賃金が支払われることになっているが、実際には長時間労働が課せられ、時間給換算すると最低賃金を下回っていること、作業中の身の安全を守るための備品は何ひとつ提供されないこと、硫酸塩などの化学薬品を高温下で使用させられること、休憩時間は確保されておらず支払い対象でないこと、(トイレに行くだけでも)いやがらせを受け、労働条件の改善に取り組む労働組合が機能していないこと。

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Photos by Lluvia Estudio Creativo and Emilia Rauti

アンダルシア労働組合「SAT(Sindicato Andaluz de Trabajadores/as)」の報告書を見ると、この地域で行われている慣行はもはや「労働」ではなく「搾取」なのは明らかで、「奴隷制のようだ」とも指摘している。労働法上、極めて問題性の高いことがアンダルシアの農園ではまかり通っているようだ。なにかと規制の厳しい欧州で、なぜこのようなことが行われているのかーー。

スペインの特例「アライゴ・ソシアル」が強者と弱者を生んでいる!?

欧州では亡命や移民に関する法律の厳格化がすすみ、不法滞在に追い込まれる人がますます増えている。そんな中、スペインの法律には「アライゴ・ソシアル(社会への定着)」という抜け穴が用意されている*1。スペイン国内に住民登録なしに3年間滞在し、犯罪歴がなく、雇用主と1年以上の労働契約を結んだことを証明できる者は、亡命は認められないものの(ビザ取得は不可)、在留資格を申請できるのだ。一見、スペインによる友好的な譲歩に見えるが、実際は諸刃の剣であり、雇用主による完全支配下に置かれる者たちを大勢生んでもいる。雇用主とは、その多くが利益を中心に動く企業だ。

*1 参照:Arraigo Social - Guide

スペインの農地の大部分は、少数の支配者の手中にある。欧州の農業関連企業の3%が農地の約半分を支配し、地価は高騰。小規模農家では太刀打ちできない。さらに、価格にも大きな圧力がかかる(例:ズッキーニ1kgが8セント(約11円)、ナス1kgが15セント(約21円))。「持続可能で公正な農業」など夢物語なのか、大型スーパーはおおむね責任を回避している。大型スーパーや仲介業者、大地主、企業にばかり“優しい”政治家たちのネットワークと、困窮者たち。明らかに不公平な戦いだ。この構造に依存してしまっているため、国も企業家の利益を優先させる。査察などないに等しく、法的手続きは煩雑で手が出ない。無法の“グレーゾーン”が広がっている。その背景には、極右ボピュリスト政党VOX(ボックス)の大躍進もあるようだ。

農業経済のオルタナティブ「ビオ・アルヴェルデ農園」の取り組み

そんな中、同じくアンダルシア州のセビリアの街なかから車で20分ほどのところにあるNPO農園「ビオ・アルヴェルデ(BioAlverde)」は、利益最優先とは一線を画す方針を取っている。慈善事業を行うカトリック教会組織「カリタス(Caritas)」が、労働・居住許可のない弱者たちに適正な雇用を創出すべく設立した事業だ。

プロジェクトマネージャーを務めるフェルナンド・ロドリゲスに話を聞くと、前述のクリントンとは対照的な労働条件がここにはあった。農園には小さなオーガニックショップも併設され、公正な方法で採れた有機栽培を使った食材が並んでいる。ロドリゲスの事務所から外を眺めていると、遠くに2人の作業員の働く姿が見える。時間がゆったりと流れ、作業場にそぐわない静けさもある。

「現在、従業員は34人で、うち21人が社会的弱者とされる人たちです。契約、有給休暇、病気休暇など、一般的な労働法に従っています」とロドリゲスが説明する。ただし、ここで働くには、“正式に亡命申請中”のステータスでなければならない。「不合理ではありますが、不法滞在者を助けることは禁じられていますから」

30ヘクタールに広がる畑を一緒に歩いた。ブロッコリー、ホウレンソウ、レタス、フェンネル......2~3列の畝ごとにいろんな野菜が栽培されている。単一品種を大規模に栽培するかたちはとらず、農薬も使わない。労働者だけでなく、自然に対しても責任ある行動をとるために。

昨年の冬は、過去50年で最大のカタツムリの異常発生に見舞われた。「有機農業でなければ、農薬散布で済む問題です」とロドリゲス。でもビオ・アルヴェルデでは、労働者たちが一列一列、作物からカタツムリを手で取っていった。私は思わず、ホテルの朝食で食べたアンダルシア州ウエルバ県産の美しいイチゴを思い出した。あの実があんなに完璧な出来だったのは農薬を使っていたからですかと聞くと、「搾取された労働力のおかげですよ」とロドリゲスは苦笑いしながら、真剣な目でこちらを見た。

ビオ・アルヴェルデ農園


道具小屋に着くと、作業着姿の長身の男性カディルを紹介された。2016年からビオ・アルヴェルデで働くベテランだ。「この仕事が大好きです」とウインクすると、ロドリゲスもほほ笑む。アフリカから来たこの若者がこの農園にたどり着けたのは、じつに幸運だった。「ファーストクラス待遇を受けられる労働者とそうでない労働者、権利を手にできる労働者とそうでない労働者。彼らの身に何が起きているのか、私たちには分かりえないことの方が多いです」とロドリゲス。

「よりよい未来を求める権利は、すべての人に認められるべき」。社会的不公正の是正を目指すロドリゲスには、納得できないことがある。「私たちはグローバル化した世界に住んでいますが、都合の良いところばかりがグローバル化され、生活条件やさまざまな機会には世界的基準が共有されていません」

ビオ・アルヴェルデのような労働環境があれば多くの人の人生を変えられるのだろうが、まだまだ社会的不公正という砂漠の中のオアシス的存在だ。そのため、ロドリゲスはこの取り組みをほかの農園にも広げる活動にも着手している。「貧困や気候災害など、いたし方ない理由から避難してくる人たちがいるということ。私たちは地球、そして同じ世界に生きる仲間に責任を負えるようにならないと。社会的な変革が必要です」。夕日に輝くビオ・アルヴェルデの畑を眺めながら、そんな話を聞いた。

「労働」が誕生日のプレゼント

朝4時、クリントンの目覚まし時計が鳴る。睡眠は3~4時間で十分だという。ほかの労働者と一緒に仲介エージェントの車に揺られて、それぞれの農園に向かう。ときにお隣のポルトガルまで働きに行くこともあり、2~3時間かかることもあるそうだ。「国境を越えるのは難しくないのか」と尋ねると、「まったく」という。こういう場合は身分証明書がなくても“問題なし”、ダブルスタンダードがはたらいているようだ。

当分、クリントンには身分証明書がない。ナイジェリア人のスペイン亡命は事実上認められないのが現状だ。そんなクリントンに残された唯一の希望は「アライゴ・ソシアル」で居住・労働許可を取得すること、そのために日々精を出している。昨年同様、週6日働きたいのだが、最近はあまり働かせてもらえない。誕生日だけは特別で、たくさん働くことが許される。

「今週は人手不足で急きょ私に声がかかりましたが、いつもは上司が労働時間を制限しています。契約が必要になりますからね」。雇用者には、労働者を2シーズン続けて雇うと、「断続的な常勤スタッフ」として雇用する「フィホス・ディスコンティヌオス」という義務が課せられる。解雇の保護や勤続年数にもとづく賞与などの追加費用がかかってくる。クリントンにとっては、アライゴ・ソシアル取得の可能性が高まるのだが......。農園の不法労働者である彼は、生産チェーンの中で最も過酷な労働をこなしながら、最も弱い存在だ。クリントンがまた1つ、オレンジを収穫する。雇い主の利益だ。強者による支配は終わらない。

By Julia Reiter
Translated from German via Translators without Borders
Courtesy of Megaphon / International Network of Street Papers
サムネイル画像:alfbel/Pixabay

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