雑誌『ビッグイシュー日本版』の第1号が世に出たのは2003年のこと。来年の創刊20周年を記念した企画の第一弾として、ビッグイシューで大人気連載中の「マムアンちゃん」を一冊に取りまとめた単行本、愛蔵版『ビッグ マムアンちゃん』が発売となった。

2022年12月3日に行われたオンラインイベント『BIG ISUUE LIVE』では、「マムアンちゃん」の作者であるタイの漫画家、ウィスット・ポンミニットさん(通称・タムさん)をお迎えし、ビッグイシュー日本編集長・水越洋子と、ビッグイシュー日本東京事務所長・佐野未来がお話を伺った。


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タムさんとビッグイシューの出会い

水越「ある雑誌のインタビュー記事でタムさんを知ってから、ずっと気になっていました。その後、大阪のギャラリーでタムさんが展示会をされたんですね。その時、漫画の展示だけではなくて、アニメーションを映写しながら、キーボードを弾くライブをされたんです。言葉のないアニメなんですけど、キーボードの音に物語や感情をのせている姿がすごく印象的で、感動しました。ちょっと泣いてる人もいて。」

タム「日本語がうまくできなかったから、セリフがない話しかできなかった。字幕とかも難しくて。それならキーボードを弾きながらサイレントムービーのアニメーションでやろうと思って。」

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水越「でもね、言葉がなくても、ストーリーはよくわかった。その時に取材もさせていただいて、2005年10月1日発売の36号、『アジア漫画事情』と言う特集で初めてタムさんに登場していただきました。それが、とても素敵なインタビューで。そこから『タムさんにビッグイシューで漫画を描いてほしいな』と思って、マネージャーさんにも相談しました。『何か、連載していただけないですか?』と。それから2年くらい経って、81号から「マムアンちゃん」の連載開始。連載第1回目は、2007年の10月でした。」

以来、創刊15周年記念企画ではマムアンちゃんがビッグイシューの表紙を飾り、記念Tシャツも販売。ビッグイシューの節目には、マムアンちゃんが登場し、盛り上げてくれるようになった。

マムアンちゃん誕生秘話「コントロールできない、マムアンちゃんは僕の3%」

そして話題は、マムアンちゃん誕生について。
2005年に発売されたタムさんの短編集『everybodyeverything』に、マムアンちゃんの前身となるキャラクターが登場すると、タムさんは語る。

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タム「この漫画の他のキャラクターは気合い入れて考えたし、この漫画を面白くしよう!って、すごい頑張ってた。でも、結局みんな気に入ってくれるのは、マムアンちゃん。マムアンちゃんはあんまり気合い入れてない感じだったのに、みんなが可愛いっていう。」

「四コマ漫画は、ビッグイシューで連載するまでは描いたことなかったんです。もっとストーリーがあって、ロボットが出てきたり、エキサイティングな激しいストーリーが多かった。僕はそういう人なんです。マムアンちゃんは僕じゃないけど、結局、僕の一部分かも。隠れている部分かな。マムアンちゃんは、僕の3%くらい。」

佐野「マムアンちゃんを描いてるのは自分なのに、自分じゃないという感覚でしょうか?キャラクターが勝手に動きだすような。」

タム「例えば、『今日、これ食べよう』とか考えると思うんだけど、人生ってそれだけじゃなくて。夢とか、自分のものなのにコントロールできないものもある。マムアンちゃんは、そんな感じ。僕のものなんだけど、勝手に出てくる、コントロールできないもの。」

水越「タムさんの、コントロールできないっていうのは、自分の意識してない“自分”が出ているっていうことなんじゃないかなと思います。今回、愛蔵版ができて、ずっとマムアンちゃんを読んでいたんですが、やっぱり173編あると、マムアンちゃんワールドってすごいんですよ。迫力があるんです。マムアンちゃんっていう女の子は、何気ない日常、周りの友達とか、自然とか動物しか出てこない。けれども、私や読者が普段意識していないことを思い出させてくれるというか。16年前に描かれたものを今読んでも、古いと思わない。やっぱり普遍性というか、人間の変わらない心とか感情が、そこに秘められていると思いますね。あまり考えて描いてないとおっしゃったけど、心が手に描かせているというか。」

身の回りの変化、吉本ばななさんの存在。タムさんの作品を支えているもの

そして話題は、愛蔵版『ビッグ マムアンちゃん』へ。この対談の前日に完成したばかりの『ビッグ マムアンちゃん』実物を紹介しながら、内容についてふれた。

水越「2007年から2021年の漫画を掲載しているんですが、15年を5年ずつ3つのパートに分けています。読者さんや販売者からタムさんへのQ&Aのコーナーや、付録にはA3のポスターも。今回、書き下ろしの漫画や最後には、小説家の吉本ばななさんとの対談もあります。」

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佐野「吉本ばななさんも、タムさんのファンだとお聞きしました。吉本さんは、タムさんにとってどういう存在なのでしょう?」

タム「ばななさんは、いつもサポートしてくれて、いつも優しい。なんでそんなに優しいんだろうって思うけど、親戚みたいに、なんで優しいのか理由がないんだと思う。僕が日本語がしっかりできないから、ばななさんの本が読めてなくて、悪いなと思ってる。それでも優しいんだよね。毎日会ってるとか、相手のことを細かく覚えてるわけじゃないんだけど、『なんかあったら手伝うよ』とか、そういうふうに気にかけてくれてるんだと思う。」

佐野「タムさんの漫画に、途中から猫が出てくるようになりましたよね。タムさんの身の回りの変化が、作品にも影響しているのかなと思ったのですが?」

タム「ずっと犬を飼ってたんだけど、ここ10年くらい猫と暮らしてて。猫は、飼い始めてすぐは漫画に描けなかった。猫を飼ってても、猫のことわかってないから。でも最近は、猫の記憶が溜まってきて。ちょっと時間はかかったけど、自動的に、猫がたくさん出てくるようになった。犬のマナオくんは、出るチャンスが少なくなって寂しいんだけど、『まあ、いいや』って思って。自然に出てくるものだから、変化があるね。」

視聴者からの質問「タムさんの想像する未来は、どんな未来?」

最後に、Q&Aコーナー。

佐野「『タムくんにとって、今年はどんな1年でしたか?』という質問がきています。」

タム「どんな1年、か。昔は、外の世界から逃げてたなと思うの。俺の世界は、世界と関係ない、あなたのことは関係ないって。でもこの1年は、そういう考え方は古いと思って。みんなのことも、俺のことも繋がってるじゃんって。『お前と俺は関係ない』『俺がハッピーであれば大丈夫』って考え方をやめた。それを、重くならないような感じで、繋がってるなと意識しながら、ハッピーでいられるようにマネジメントしてる。最近は、若い人は何考えてるのかな?とか、みんなの気持ちを知りたいと思う。若い人、なんで髪染めてるんだろう?と思って、髪を染めてみたりね。LGBTのこととか、自分がわからないことを、もう無視できない。嫌いか好きかはわからないけど、まず、知る。そういう1年だったかなと思う。」

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続いて、こんな質問も。

佐野「『タムさんの想像する未来は、どんな未来ですか?』と、これはいかがでしょう?」

この質問にタムさんは、「未来は、今よりもロボットが関わってくると思う。」と回答。
ロボットが活躍して、過度に正確性やスピードだけを求められたり、予め決められた基準に当てはめられることが正しい世の中になるのではと懸念があるそう。

タム「そういう状態だと、心がどんどん忘れられちゃう。僕は漫画家なんだけど、できれば心のことを忘れないようにする。生きている間は。」

佐野「人間も、ロボットみたいにならなきゃって思うと辛いと思いますが、人間がもっと楽しくハッピーになれるようにロボットに協力してもらえたらいいですね。」

タム「ロボットに反対しないけど、心もあるからね。ラッキーなことに、心は消えないと思うから。どうしても、消えない。どんな時代でも。ただ、それに気づくかどうかだけだと思う。」

佐野「これからの、マムアンちゃんや、タムさんの作品にもロボットが登場する日がくるのかもしれないなと思いました。」

タム「ある、ある。もう頭のなかでは本になってるよ。まだ描いていないけど。」

記事作成協力:屋富祖ひかる


●ウィスット・ポンミニット
1976年、タイ・バンコク生まれ。愛称はタム。1998年バンコクでマンガ家としてデビューし、2003年から2006年まで神戸に滞在。2009年『ヒーシーイットアクア』により文化庁メディア芸術祭マンガ部門奨励賞受賞。現在はバンコクを拠点にマンガ家・アーティストとして活躍の傍ら、アニメーション制作・音楽活動など多方面で活躍する。
(OFFICIAL WEB SITEより)
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●愛蔵版『ビッグマムアンちゃん』先行販売について

連載「マムアンちゃん」15年分!愛蔵版『ビッグ マムアンちゃん』を12月6日から全国の路上でビッグイシュー販売者が先行販売しています。(書店や直販は23年1月7日から)
 ※販売者から購入いただくと、定価3,200円のうち1,450円が販売者の収入となります。

https://www.bigissue.jp/shop/mamuang/



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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。