米国中部コロラド州の大都市、デンバーの並木道。
タミー・ヴォーンの朝は、コルファクス・アベニューとブロードウェイ・ストリートの交差点から始まる。出勤日は毎日欠かさず歩道をほうきで掃き、ごみ箱を空にして、このキャピトルヒル地区をきれいな状態に保つことがヴォーンの仕事だ。鮮やかな紫色の制服は、人混みの中でもひときわ目をひく。 

DEN_Fair chance hiring_4
Photos: Courtesy of CSG

ごみの収集、道路の高圧洗浄、クリスマスの飾りつけ、街灯修理

ヴォーンを雇用するのは社会的企業のCSG(Consolidated Services Group)。さまざまな困難に直面する人たちも、分け隔てなく雇用する企業だ。従業員の中には、ヴォーンのようにホームレス状態だった人もいれば、シェルターやテントサイトに住む人、社会復帰を目指す元受刑者もいる。

もともとヴォーンは夜勤で働く看護師だったが、デンバーの住宅費が高騰したため家賃が払えなくなって家を失った。「これまでの人生、ずっとデンバーで暮らし、地域のために尽くしてきたんです。なのにその町の家賃の値上げで、追い出されてしまったことに憤りを感じました」と彼女は言う。

DEN_Fair chance hiring_1
Photos: Courtesy of CSG

「でも私は明るい性格だから、怒るなんて私らしくないと思ったのです。CSGで働き始めて、怒りを感じることが以前よりも少なくなりました。仕事が見つかってうれしいですし、前に進んでいると実感できます」

CSGは2014年から、デンバー市の市街地活性化特区(BID ※)と連携し、公共空間の維持管理に貢献してきた。従業員はごみの収集や日々の清掃にとどまらず、スプレーペイントの除去、道路の高圧洗浄、クリスマスや祭日の飾りつけ、除雪作業、街灯の修理なども担っている。

DEN_Fair chance hiring_3


「清掃は、重要な仕事なんです」と語るのは、CSGで財務部長を務めるリンダ・レンギェルだ。「掃除に大きな力があることは、研究結果からも明らかです。手入れの行き届いた街は、美観的に好ましいだけでなく、住民を大切にする地域社会というイメージを生み出します」

清掃を行うヴォーンのような従業員にとっても、とりわけ大きな意味を持つ。「私って、特使のような存在なんじゃないかって思うこともあるんです。観光客も訪れるような、デンバーの顔ともいえる人気エリアを、清潔で安全に保つのに貢献しているんですからね」

6割が3年以上の長期勤続。連携NPOが一時住居を提供

CSGの使命は、単に雇用するだけでなく、就業を長続きさせるためのツールを提供することだとレンギェルは強調する。同社は健康保険や有給休暇など一般的な福利厚生に加えて、一人ひとりの従業員のニーズに合わせた支援も行う。社内に洗濯機やロッカー、仕事用の電話を完備するほか、公共交通機関のフリーパスも支給。非常勤のソーシャルワーカーを雇用し、時間管理や周囲の人との衝突回避など、ライフスキルに関する研修も充実している。

DEN_Fair chance hiring_2

このような取り組みの効果は、従業員の定着率の高さに表れている。CSGでは、3年以上の長期勤続者を「コア社員」と呼んでいるが、人事部長のネルダ・グリーンによれば、その割合は58%に上るという。

CSGが主に仕事や生活支援を提供する一方、住まいのない従業員に対しては地域のNPOコロラド・ヴィレッジ・コラボレイティブ(CVC)と連携している。CVCは、安全に寝泊まりできる屋外テントサイトや小さな家が建ち並ぶタイニーハウス・ヴィレッジといった、家のない人が恒久的な住居に移るまでの一時的な住まいを提供する。

CVCのプログラム・ディレクター、クイカ・モントーヤは、この事業の使命を誰よりもよく理解している人物だ。彼女自身、かつて家を失ったことがあり、ホームレス状態がもたらす不安定な状況を経験した。「当時は仕事を得るなんて、はるか先のことのように感じられました。でも、家と呼べる場所が提供されて、自分のものが捨てられたり路上のごみと一緒にほうきで掃かれたりすることがないとわかれば、人は前を向いて歩き出せるのです」

CSGで働くヴォーン自身も、このNPOを通じて住む場所を得た一人。20年12月から、女性向けタイニーハウス・ヴィレッジの中心的存在となっている。清掃の仕事で収入を手にし、屋根のある場所に移れたおかげで、将来への期待も膨らんできた。目下のところ、起業に向けた足固めの真っ最中だ。

「一人目の夫とハーブ製品のビジネスをしていたことがあるのですが、その時のラインナップを改良したいんです。当時は髪・頭皮用のトニックや軟膏、薬などを作っていましたが、今後はもっと健康や美容に役立つようなものを作ってみたいと思っています」

CVCのモントーヤは、こう付け加える。「屋根があって、CSGような社会的企業が協力してくれることで、将来に向けた計画づくりが一段と楽になるのです」

※ Business Improvement District。特区内の地権者に課される共同負担金を原資とし、治安改善や不動産価値を高めるために必要なサービス事業を行う組織のこと。米英などで広がっており、デンバーのBIDは「安全でインクルーシブな街」を目指しているが、BIDは家賃高騰の一因になっているとの批判もある。

(Haven Enterman, Denver VOICE/INSP/編集部) 

※上記は『ビッグイシュー日本版』430号からの転載記事です。


あわせて読みたい


「犯罪を減らしたいならフルタイム雇用を増やせ」ー米国の就労支援プログラム「Pathways」

「今までに、有罪判決を受けたことがありますか?」という質問が、就業機会を奪う。世界で広がる「バン・ザ・ボックス」


『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
応援通販サムネイル

3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/



過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。