オーストリアで家を失う恐れが急速に高まっているのが「55歳以上の女性」だ。いったいどんな事情があって、高齢女性がホームレス状態に至るのか。『ビッグイシュー・オーストラリア』が、3人の女性の住まいを失うまでの経緯を聞いた。
Illustrations by Luci Everett
ジョージナ(仮名)は19歳でメルボルンの実家からシドニーに引っ越し、人生で初めて“ホームレス”を目にした。シドニー中央駅で野宿している人たちだ。「過保護に育てられてきた私が見たことのない世界で、大きなショックを受けました」。しかし、それもずいぶん昔の話。78歳になったジョージナは今、自身がホームレス状態にある。
「説明しづらいですが、私の体験談は決して珍しいものではありません。いろんなことが複雑にからまっていて、とてもひと言では説明できません」
2030年までに、55歳以上の女性1万5千人が家を失うとの予測
エスカレートする住宅危機の矢面に立たされている高齢女性たち。こんな状況がもう何年も続いている。55歳以上の女性でホームレス状態にある人は、2011〜2016年で31%増えた(オーストラリア統計局)。さらに2030年までに、55歳以上の女性1万5千人が家を失うと予測されている。だが、この問題は十分に理解されてこなかった。というのも、高齢女性は住宅不安に直面したとき、若い人や男性とは違う対処法を取る傾向にあるからだ。路上生活をする人は少ない。車中生活、知り合いの家を泊まり歩く、他の人の敷地内にまにあわせで作った掘っ立て小屋で眠るケースが多く、ホームレス状態が可視化されにくい、“隠れたホームレス”なのだ。Illustrations by Luci Everett
DVで離婚、再婚した夫の難病介護で貯金を失ったマリアのケース
住宅支援団体によると、50〜60代で緊急一時宿泊施設を求めている女性たちは、これまでずっと安定した住環境にあったにもかかわらず、人生で初めて支援を求める立場になっているという。マリア(仮名)もそうだ。社会に出てからずっとフルタイムの仕事をしてきた。自分で会社を経営していたこともある。だが2022年から、アデレード(南オーストラリア州の州都。オーストラリアで5番目に大きな都市)で賃貸物件を見つけられずにいる。「賃貸歴もクレジットカード履歴も問題ないのに、どこにいってもはねつけられる。住宅の需要と供給が見合ってないんです……ある日、目を覚まして気づいたんです。『ああ、私はホームレスなんだ。こうやって統計の一人に入るんだ』って」 住宅危機に直面したのは初めてだが、人生の危機にさらされたのは初めてではない。何年も前に、暴力をふるう夫の元を逃げ出したことがあるのだ。経済的にも大きな打撃を受けたが、なんとか立ち直り、40代後半で再婚した。2019年、新しい夫のビジネスのマネージャーとして働きながら、アリススプリングス(ノーザンテリトリーで2番目に人口の多い都市)で暮らしていた。しかし夫が末期患者となり、医療を受けるためにアデレードに戻らなければならなかった。「夫が亡くなるまで、介護にかかりっきりでした」とマリアは言う。「精神的にも浮き沈みが激しく、うつ状態に。しんどい時期がさらにつらく感じられました」
アリススプリングスの家を売り払ったお金は、夫の(前妻との)子どもたちの手に渡った。マリアは夫が経営していたスーパーマーケットを譲り受けたが、それも長くは続かなかった。夫を亡くした悲しみに暮れながら、家賃の支払いと職探しに追われた。自身の貯金は、夫の闘病中にほぼ底をついていた。「夫が亡くなって7ヶ月経った頃、家賃を上げると言われ、すぐに仕事を見つけないと!となったのですが、経歴書にブランクもあり……。飼っていたシェパード2匹の引き取り手も探す必要がありました。ペットOKの賃貸物件はなかなかありませんから」 「幸い、犬の引き取り手は見つかったのですが、それでも自分の住まいが決まらず、うつ症状はますます ひどくなりました」
限界を感じたマリアは、ついに精神疾患者の短期滞在施設に入ることに。施設への入所・退所を何度かくり返し、投薬治療も安定してきたところで、ホームレス状態にある女性の支援施設キャサリンハウスにたどり着いた。「ホームレス状態というと、『お酒の飲みすぎ』『まともな仕事ができないのはだらしないから』なんて言われがちですが、仕事を見つけて新しい住まいを手に入れるのは、まったくもって容易ではありません」
家庭内暴力、精神疾患、介護、住宅供給と需要のアンバランス、いくつもの問題がからみあう。マリアの場合は、夫の看病のために仕事を中断せざるをえず、事態がどんどん悪化した。でも他にどんなやりようがあったというのか。
育児や介護で離職を強いられても補償はない
マリアがしていたような無報酬の介護を、経済学者は「インフォーマルケア」と呼ぶ。デロイト・コンサルティングの2020年度報告書によると、オーストラリア国内のインフォーマルケアをコスト換算すると779億ドルに達するという。こうした労働の大半――少なくとも60%――は女性が担っている。もちろん、無報酬の育児も大きな割合を占めている。2017年、プライスウォーターハウスクーパース(世界最大級のコンサルティング企業)は、オーストラリア国内のすべての無報酬労働(育児、家事を含む)の72%を女性が担っているとした。無報酬の労働の大半を担い、賃金労働はとかく後回しになる女性たち。もちろん、退職金の額は男性より低い。60〜64歳の男性の老齢退職金の中央値は20万4,107ドル、同年齢層の女性は14万6,900ドルだ。
ジョージナのケース:母親の介護と娘の病気で生活苦に
介護は、ジョージナの経済事情や住まいにも甚大な影響をもたらした。長年、会社員としてフルタイムで働いてきた彼女は、40代前半でシングルマザーになった。子どもがまだ幼かった頃に、自分の母親が重病を患い、介護生活が11年続いた。「母は動脈瘤を発症し、心臓にも疾患がありと次々に病魔におかされ、つきっきりの看病が必要でした」とジョージナは振り返る。その間、フリーランスでちょっとした仕事は請けられたが、幼い娘と母親という二人の扶養家族がいる状況では、給料が上がる仕事に就くことも、貯金することも、家の修繕にお金をかけることもできなかった。「介護は人を孤立させます。生活に大きな影響があり、とても疲れますし、気分も落ち込み、囚人のような気分にもなりました」とこぼす。母親が亡くなってから、ジョージナと娘はあちこちを転々とする生活が何年も続いた。安宿に滞在したり、分不相応に高額な賃貸物件に入ったこともあった。「娘も私も健康上の問題を抱えていました。子どもが病気で専門医に診てもらうとなると、お金は飛ぶように消えていきます」久しく、安定した賃金労働に就いていなかった。「もういい年になってましたしね」と苦笑する。「ある日、鏡に映る自分を見て、思わず『うわっ、誰これ?』となりました」。今は、短期滞在型ホテルで暮らしている。年金受給額よりも高い賃料は、いつも滞納気味だ。冷暖房はない。しかし、危険なことの方が問題だ。住人の中に恐い系の人がいて、薬物取引がはびこっている。「不法占拠した場所みたいで、路上よりもひどい環境かもしれません。自分の身にゆっくりと着実に何かが落ちてくるのを目にしているようです」
カイリーのケース:夫からのDVで精神が不安定に
無報酬のケアワークが生活を困難にする一方、オーストラリアで女性や子どもが住まいを失う主な原因は家庭内暴力である。バリナ(ニューサウスウェールズ州北部)出身のカイリーは4人の子を持つシングルマザーで、家庭内暴力のサバイバーと、二重の打撃に見舞われた。夫とは何年も前に別れたが、結婚生活で受け続けた暴力の影響はいまも続く。「暴力を受けるとどうなるのか、実際に自分の身に起きるまでわかっていませんでした」と話す。「暴力を受けたことからくる不安感や精神的ストレスはすさまじく、仕事はずっと続けて生活は安定しているものの、かれこれ22年ストレスに苦しみ続けています」離婚後の数年間は、“夫からの保護”命令により、実家に住み続けられたが、家主が物件を手放すことに。「近くに引っ越しましたが、家賃は週に約600ドル。半月の収入が1500ドルの身で、子育てもあって、悪夢でした」
住宅危機がオーストラリア各地を襲っている。風光明媚な渓谷とビーチで有名なノーザン・リバース地域(ニューサウスウェールズ州最北東部)は特に、不動産価格の高騰と家賃上昇で知られ、カイリーのように自分の生まれ育った街で住まいを持てない人々が出てきている。コロナ禍で都市部から労働者の移住が推進されたが、状況はあまり変わらない。「建物の現況調査に行くと、仲介業者ににじり寄り、『家賃を6ヶ月前払いし、週あたり50ドル追加で払います』なんて言う輩がいるんです。私のような者には出る幕なしです」
2021年7月、事態は山場を迎えた。カイリーの家主が改築を決めたのだ。公営住宅の順番待ちリストに登録して、すでに10年以上が経つ。他に行くあてなどない。50代になり、高校生を含む4人の子どもがいるカイリーは、リズモア(ニューサウスウェールズ州北東部の都市)にある一時宿泊施設に入ることに。洪水被害で貴重品を失い、路上生活寸前のところで、地元のコミュニティサービス「ソーシャルフューチャーズ*1」が、アルストンビル(同州北部の町)にあるトレーラー用駐車場にある小さな独立型住居を手配してくれた。「こんな場所を用意してもらえて安堵しています。ダイニングルームの床で寝ていますが、もうしばらくここにいさせてもらうつもりです」
*1 https://socialfutures.org.au
カイリーはバレリーナの教育を受け、児童書を書き、歌手でもある。ここにいる間に、いくつか達成したいことがある。「いつか出身地のバリナに戻りたいです。子どもたちはあの町で学校に通ってアルバイトをしていましたし、私の高齢の母親もいますから。いつか、自分の音楽ライブもしたいです」
By Sophie Quick
Courtesy of The Big Issue Australia / International Network of Street Papers
あわせて読みたい
・ホームレス高齢女性のリアルに迫るドキュメンタリー映画『アンダーカバー』*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。
ビッグイシュー・オンラインサポーターについて
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
過去記事を検索して読む
ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。