世界保健機関(WHO)によると、女性であること、あるいは女性としてのアイデンティティを持つことは、その人の健康に大きな影響を与える。これには、生物学的な要因もあれば、社会的な性差に起因するものもあるが、とりわけ懸念されるのが、社会や文化に根づく差別的な慣習によって女性や女児の健康がおびやかされていることだ。

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女性が年齢を重ねる中で直面する様々な健康上の懸念は、女性の心と体全般に影響を及ぼす、と米国疾病予防管理センター(CDC)は指摘する。女性は男性に比べて心臓発作になった場合の死亡率が高く*1、うつ病や不安の症状を抱える割合も高いことが、研究で分かっている。

*1 2020年、米国では死亡女性のおよそ5人に1人、31万4,186人が心臓系疾患だった。参照:https://www.cdc.gov/heartdisease/women.htm

女性特有の問題のひとつが妊娠だ。母体への健康リスクが大きい場合、妊婦の命を守るために中絶が必要となることがある。2019年のWHOのデータによれば、望まない妊娠をした十代女子の55%が中絶し、その多くが安全とはいえない状況下で行われていた。

中絶の非合法化が弱者を追い詰める

2022年6月に米国連邦最高裁が「ロー対ウェイド判決*2」を覆して以来、妊娠した女性は以前にも増して深刻な問題を抱えることとなった。中絶が憲法上の裏付けを失ってしまったのだ。今後、中絶を規制する権限は、それぞれの州議会に委ねられることになる。

*2 1973年、それまで多くの州で違法とされていた人工妊娠中絶を、初めて憲法上の権利として認めた米国連邦最高裁の判決。中絶を禁止した当時のテキサス州法に対し、「憲法で保障されている女性の権利を侵害している」などとして違憲判決を下した本判決は、その後の中絶合法化の契機となった。

たとえ中絶を禁止・制限したとしても、中絶がなくなるわけではないことは、研究によって明らかになっている。むしろ禁止することで中絶がアンダーグラウンド化し、安全でない状況下での処置が横行するだけだ。中絶を違法とする今回の判決で、とりわけしわ寄せを被るのは、差別や制度的障壁のためにこれまで充分な医療サービスにアクセスできなかった人々だ。つまり、若者、黒人、先住民、有色人種、貧困層、性的指向や性自認により差別されてきた人たちへの悪影響が懸念される。

安全に中絶が受けられるための支援

オハイオ州トレドを拠点とするボランティア団体アグネス・レイノルズ・ジャクソン基金(アギー基金)*3は、中絶へのアクセスを支援する活動を1992年から実施している。支援対象は、ミシガン州南東部、オハイオ州北西部、そしてトレドから75マイル圏内に住む女性たち。

*3 https://www.aggiefund.org

安全で合法的な中絶を求める女性たちへの金銭的支援と情報提供を主な目的としている。「中絶を巡るオハイオ州の状況は危機的です」と言うのは、2016年から理事を務めるコートニー・マックリンだ。できるだけ多くの女性たちに自分たちの活動を知ってもらいたいと考えている。「お金がない、どのクリニックに行けばいいかわからない、といった理由で、中絶処置を受けられない女性が、地域には大勢います。そんな彼女たちに、我々の活動を知ってもらいたいのです」と、マックリンは語る。

中絶を受けるために長距離移動を余儀なくされる女性を支援することもあるため、デトロイトやクリーブランドなど近郊都市の医療機関と連携し、中絶希望者を最寄りのクリニックにつなぐ活動も行っている。全米中絶基金ネットワークや他の類似機関とも協力し、より多くの人がこの問題に関心を持ってくれるよう取り組んでいる。

中絶希望者と(中絶処置を行う)クリニックとを橋渡しし、患者が金銭的な心配なく中絶できるよう、アビー基金が費用を補填する。一回の費用は約700~2000ドル(約9〜26万円)程度だが、それ以上になることもある。支援は情報提供から始まっている。同基金のウェブサイトに利用可能なクリニックのリストが掲載されているので、当事者はまずはそこへアクセスし、クリニックに予約を入れる。

財源については、「ファンドレイジングのためのイベントを年に3回実施しているほか、地区ごとの募金活動も行っています。長年にわたって毎月の寄付を続けてくださる方々もいます。会員から、単発や断続的な寄付をいただくこともあります」と説明するマックリン。中絶を希望する女性たちが増加する中、資金調達は常に課題だ、とも。

アギー基金のもう一人の理事クリスティン・ハディは、クリニック・エスコートとしてボランティア活動に長年従事した後、運営メンバーに加わった。クリニック・エスコートとは、中絶を希望する女性がクリニックを受診する際の付添人のことだ。活動を通して目の当たりにしてきたことを踏まえ、基金の活動にもっと深く関わりたいと思ったのだ。「クリニックの外には中絶反対派が抗議の声を上げているんです。妊婦が安全に院内に入れるよう、動線を確保しなければならないのです」と憤る。アギー基金は現在も、エスコートのボランティア団体と協力しながら活動を続けている。

いま団体が最も懸念しているのは、ロー対ウェイド判決が覆されたことで将来の見通しが不透明になっている点だ。中絶支援を必要とする人たちが依然後を絶たない中、「これ以上、事態が悪い方向に向かわないとよいのですが」とハディは語る。「難しい仕事ですが、だからこそサービスを利用した方々から感謝の言葉を頂くとき、この仕事をやっていて本当によかったと実感します。私たちが情熱を注げるのは、そんな瞬間があるからです」

差別に立ち向かう意義と難しさ

医療へのアクセスをさらに阻むのが、女性をとりまく多種多様な差別だ。人種差別や女性のエンパワメントの問題に熱心に取り組み、すべての人が平和、正義、自由、尊厳を享受できるよう、地域レベルで活動している団体がある。

そのひとつが、ノースウエストオハイオ州のYWCA(ヤング・ウィメンズ・クリスチャン・アソシエーション)だ。緊急避難用シェルター、無料マンモグラフィー、妊婦への支援と教育、性的暴行やレイプ被害者支援、10代向け妊娠教育など多岐にわたるサービスを提供し、多くの実績を挙げてきた。2021年は3万3,885人を支援し、うち71人の女性と子供はYWCAが提供する住宅に入居している。YWCAの啓発・教育活動のおかげで、10代で親にならずに済んだ学生は4,498名にものぼる。

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米オハイオ州にあるYWCA

「多くの家庭を支えているのは女性ですから、女性が強くなれば家庭全体も強くなる。なので女性にフォーカスをあてた支援には価値があるんです」と語るのは、会長兼最高経営責任者のリサ・マクダフィだ。

「YWCAは、公平性と平等性に重点を置いて活動しています。女性差別、人種差別のために立ち上がることで、派生して起きる問題にも、より適切に対処できます。問題の根本原因に立ち向かい、その過程で発生する他の課題にも対応していくというわけです」。当団体は、1日24時間休みなくオープンしている。「コミュニティ支援の門戸は常時開放しています。私たちを含む支援団体とのあいだに信頼関係が築かれています」とマクダフィは語る。

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YWCAの会長兼最高経営責任者リサ・マクダフィ


マクダフィがYWCAに関わるようになって26年。「活動を続けるにあたり、資金調達は大きな課題です。もっと潤沢な資金があれば、より大きなインパクトを生み出せるのですが。状況は大きく前進しましたが、まだまだ足りません」と、社会に浸透した人種差別をなくすことの難しさ、それが女性の健康に関連する場合はなおさらだと指摘する。

情勢が刻々と変化する中、女性の医療アクセス確保には、これまで以上の取り組みが求められるだろう。アギー基金やYWCAのような団体が、真摯な支援活動によって女性とその健康ニーズを支え続け、正しい方向へと歩みを進めてきたことは間違いない。しかし、この社会で女性の健康を支えるために、やるべきことは山積している。

By Rupal Ramesh Shah
Courtesy of Toledo Streets / International Network of Street Papers
All pics courtesy of Toledo Streets


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中絶を選択する人の4分の3は低所得。“産んだら貧困確定”になってしまう米国の現状


参考:
性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(男女共同参画局)

各都道府県に性暴力被害の当事者を支援するワンストップ支援センターがある。ボランティアで運営している団体は、上記の記事と同様、資金難に苦しんでいる。近隣エリアの支援センターについて知ることも、性暴力被害者支援の第一歩だ。



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