有限会社ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や貧困問題、ビッグイシューの活動への理解を深めるため、企業や学校から依頼を受け、出張講義をさせていただくことがあります。

今回の行き先は、兵庫県神戸市にある灘中学校。この講義を企画してくださったのは、3年生の道徳の授業を担当する片田先生です。ビッグイシューの出張講義を行うのは、今回で3度目。ビッグイシュー日本大阪事務所長・吉田耕一と、販売者・Sさんがお話させていただきました。


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格差社会は社会的弱者だけの問題ではない

はじめに吉田より、ホームレス状態に至るまでの経緯は十人十色であり、一人ひとり抱える事情や性格もそれぞれ異なること、つまり『ホームレス』という言葉は、その人の人格を表すのではなく、『状態』を表す言葉であることをお伝えしました。

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さらに「ホームレスの数は、どのように変化していると思いますか?」と皆さんに投げかけると、「増加している」と答えた生徒さんがほとんど。

吉田「日本では、実はホームレス状態にあるとされている人の数は減っています。」


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※厚生労働省の2023年度調査より

「でも減っていると言われても、社会がよくなったような感じがしないですよね。野宿をしている人は減ったように見えても、実は”ホームレス状態になるリスクの高い人“はとても多い状況なんです。」と解説しました。

続いて、格差社会にも触れていきます。
「貧困状態にある人を『自己責任』『努力不足』と切り捨てるとどうなるか?と、格差社会を調査した研究もあります。その結果、貧困状態にある層と富裕層の格差社会が進むと、どの層でもお互いを信頼できなくなり、大きなストレスがかかると言われています。また、健康水準が低く、暴力的になり、社会的結束力が低くなるという結果も。これはもっと、みんなで“社会のあり方”に目を向けていく必要があるということなんです。」と力説しました。

“家族に迷惑をかけた自分は、姿を消すしかないと思った”

続いて、販売者Sさんの半生を語るコーナー。
大阪府出身のSさんは、“ごく普通の家庭”に生まれ育ちました。大学受験では、国公立大学を受験し合格しましたが、さまざまな仕事を経験したいと考え進学はせず、アルバイトを転々としたそう。バブル経済に翳りが見えた頃、就職の道を選びます。その後は、保険会社に勤務。収入の増減が激しい世界であり、生活も心も不安定だったといいます。そんななかSさんがのめり込んだのは、投資の世界でした。

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「自分のお金だけではなくて、借りたお金や、身内のお金まで投資に注ぎこむようになっていきました。そこで大失敗して、返さないといけないお金も出てきて。自分だけのことではなく周りも巻き込んだので、もう自分が存在してはいけないと思ったんです。」

そうして家族と離れ、ネットカフェで過ごす生活が始まったSさん。「所持金が尽きたら死を選ぶしかないかな…」という考えもよぎりつつ支援団体を探した結果、シェルター(ホームレス緊急一時宿泊施設)につながりました。

「シェルターに入るために、結核の検査結果をもらいに行った場所がビッグイシューと連携している団体だったんです。そこからビッグイシューの販売の仕事を紹介してもらったのが始まりでした。」

こうして雑誌『ビッグイシュー日本版』の販売の仕事を始めたSさん。現在は、NPO法人ビッグイシュー基金の運営する「あまやどりハウス」に入居し、生活をしています。

(※NPO法人ビッグイシュー基金では、公営住宅の空き物件を活用し、ホームレス状態の方が初期費用や保証人を立てることなく一時的な居所として利用できる「あまやどりハウス」を運営しています。https://bigissue.or.jp/2023/03/23033101/

Sさんから生徒の皆さんへ、力強いメッセージを送りました。

Sさん「これから何があるかわかりませんし、僕も”死にたい“と思うこともありましたが、絶対に何か道があると思います。だから『助けてください』『大変なんです』と、声を上げることが大事かなと。僕の話を聞いて、どんな人だと思われるかわからないですが、まずこんなふうに聞いてもらって、知ってもらえることがありがたいなと思います。」

「ビッグイシューの販売は、ホームレス問題の根本的な解決になるのですか?」

最後は、質疑応答コーナー。Sさんの過去や現在の生活、ビッグイシューの運営など、さまざまな質問が寄せられました。

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Q.今の生活で、不足していると思うものはありますか?

Sさん「今の生活でね、“もっとこれ欲しいな““もっとこうだったらいいな“とかは、あんまりないんです。ただ、今は健康だからそう思えているので、この先、怪我や病気したらどうしようか、という不安はあります。」

Q.今までの人生で1番後悔していることはなんですか?

Sさん「結果としてですけど、身の丈に合ってない投資をしたことです。やっぱりそれですね。それがなければ普通に生活できてたと思います。身の丈に合うことをするのが大事だと思いますね。」

Q.『身内に迷惑をかけた』ということですが、具体的にはどういう迷惑をかけたのでしょうか?

Sさん「家族のお金を僕が管理していたのですが、それを使ってしまったんです。また借金の連帯保証人にもなってもらっていたので、僕が支払えないと親族に請求が行ってしまう。そういうふうに迷惑をかけてしまいました。ただお墓参りには、誰にも言わないでこっそり行ったことがありますね。」

※オンライン編集部補足:借金問題などのトラブルを抱えてしまったときに、無料で相談できる窓口があります。(下記は大阪の窓口)
https://bigissue.or.jp/action/guide/tokyo_legal/
https://bigissue.or.jp/action/guide/osaka_legal_advice/

Q.(片田先生よりSさんへ)『死のうと思っていた』ところから、頑張っていこうと思えるまでには、どんないきさつや心境の変化があったのでしょうか?

Sさん「ビッグイシューの販売を知って、”これで生きていける“と思ったのが一つのきっかけでした。1番困っていた、収入源ができたというのは大きかったですね。販売しはじめの頃は、毎日ビッグイシューの事務所に仕入れに行ってたのですが、そこで販売者の仲間に会って話ができるんですね。そうすると、楽しみが出てきて。収入ができて、楽しみができた。ただ生きているよりは、そういう楽しみができたのがありがたかったですね。」

Q.ホームレスの方は50〜60代の方も多いと思うのですが、生活を立て直すのは時間かかると思います。ビッグイシュー販売を続けていても、結局収入が少なくて自立できなかったりと、ホームレスを減らすための根本的な解決にならないのではないでしょうか?

吉田「とてもいい質問ですね、ありがとうございます。まず今困っているホームレス状態の方が食べていける収入を得られる仕事を提供できるということ、それに販売者が路上に立ってお客さんと接することで、ホームレス状態にある方の生活を知ってもらい、貧困問題を知ってもらうことにつながっていると思います。販売者のなかには高齢の方もいて、就職にすぐに結びつくのは簡単ではないのですが、生活保護受給や、仕事が見つかる人はそうした道につながることもあります。すぐに根本的な解決にはならないかもしれませんが、目の前で仕事を希望する方のサポートを通して解決に向かいたいです。」

片田先生「ビッグイシューのようなストリートペーパーは日本だけではなく、世界各国で販売されています。ビッグイシュー販売だけが解決になるというより、社会復帰の最初のステップなのかもしれないですね。」

<オンライン編集部補足>
ホームレス問題はあらゆる社会問題の中でも最も解決が難しい問題のひとつだといわれています。福祉や法律、ホームレス支援組織など、単体の問題であれば、成功している国や団体に倣えばよいはずですが、世界中のどの国でも、ひとつの福祉や法律・支援モデルだけでホームレス問題を解決しきったケースはありません。

なぜなら、雇用・貧困・福祉・教育など、そもそも解決が難しい社会問題が複雑に絡まり合っていて、社会全体が真剣に取り組んで社会の構造を変える必要があるうえに、何か施策を打ったところですぐに効果の出るものではないからです。

昨今よく言われる「コスパ」や「タイパ」視点で判断する人にとっては、「すぐに解決しない問題には取り組まない」が正解になるかもしれませんが、そもそもホームレス問題を含む社会課題はそのような視点で判断するものではありません。

▼目前の困窮者を支援する役割という視点

まず、目の前の苦しんでいる人たちを「いないこと」にできるでしょうか。自分の目の前で人が倒れたら、「大丈夫ですか?」と尋ねませんか。ケガをしていたり、意識がなかったら救急車を呼びませんか? 
その延長線上に、さまざまな支援活動があります。炊き出しや食料配布といった食の支援をする団体もあれば、すぐにできる仕事の提供としてビッグイシューのような活動、住居や就職・医療のサポートに励む団体など、それぞれができることに取り組んでいます。

*ビッグイシュー基金では、行政や各種支援団体と連携し、ホームレス化の予防や脱出に役立つ情報提供も行っています。
参考)路上脱出・生活SOSガイド
https://bigissue.or.jp/action/guide/

▼問題を社会に訴えていく役割という視点
困窮者は社会的な繫がりが希薄なケースや、助けを求めることが苦手なケースが少なくありません。ビッグイシューのような日々当事者と接し寄り添う組織には、当事者の置かれている状況や原因となってしまう社会課題を世に広める役割もあります。
今回のような出張講義もそれに当てはまりますし、国や行政に訴えることもあります*。

例)生活困窮者の方々への支援の強化を求める緊急要望書を東京都福祉保健局に提出 https://www.bigissue.jp/2020/04/12881/

年末年始にかかる住居喪失者への支援を求め、東京都に要望書を提出
https://www.bigissue.jp/2020/11/17140/

また、ビッグイシューの場合は一人ひとりの販売者が路上に立ち、お客さんと交流することで、貧困問題がいまだ解決していないことを伝えています。

ビッグイシューでは、ドラスティックな根本解決を目指すことも、目の前の地道な活動も、同じくらい大事な活動だと考えています。

「努力したくてもできない人がいる状況は、どうにかしなくてはいけない。」

今回、約160名の生徒のみなさんが出張講義に参加してくれました。授業後のアンケートには、「自殺を考えたらしいが、僕だって死んだ方がいいと思ってしまう」「こうなって生きていける自信がないので尊敬する」といった感想もありましたが、社会のあり方に疑問を持つ声や、これからできることに目をむけた感想もありました。アンケートの一部をご紹介します。

「格差社会はよくないが、努力した人が報われない方もよくないと思った。でも努力したくてもできない人がいる状況はどうにかしなくてはいけない。」

「自己責任の格差社会にどちらかというと肯定的だったが、どの階層の人にもストレスがかかることを知った。」

「『努力不足』『自己責任』と切り捨てると、どの階層にもストレスが増えるということを初めて知った。Sさんのこれまでの生き方を知って、途中まで普通の仕事をして暮らしていても、とあるきっかけで簡単に崩れるんだなと思いました。」

「(助けてと)声をあげたり行動をすることが大事で、声をあげている人がいたら手を差しのべるのは難しくても話を聞いたりしようと思いました。」

講義を企画した片田先生は、「この授業のねらいは、ビッグイシューのような社会的企業があることや、その取り組みを知ってほしいということです。生徒には、ホームレス状態にある人にも親近感をもち、貧困は社会問題だという認識や、雑誌購入など自分にもできることがあると感じてもらいたいという思いがあります。」と、講義への想いを語ってくださいました。


取材・記事作成協力:屋富祖ひかる

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格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 



参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」



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https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/



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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。